第4話四人の男

優は翁の家に運ばれたが、丸一日眠ったままだった。


恐怖からの幻聴だろうか?


「又すぐ会える、ハル…」


銀髪のあの男の声が聞こえ、風のような何かにささやかに頬を撫でられた気がした。


そして…


何もかも夢ならいいのに…


そう考えながら目覚めるのは、何回目だろうか?


一番最初に目に入ったのは、傍らで寝ていた小寿郎と座っていた朝霧で、よく見渡すと、西宮、定吉、観月と、翁夫婦、皆心配そうに近くで優を見ていた。


「ケガは?…」


優は第一声、今はきれいになり、艶っぽくかかる前髪の間から見える朝霧の額を見た。


朝霧は、その心配に一度少し目を瞠ったが、すぐに冷静な表情になった。


「私なら、大丈夫です。それより、御気分はいかがですか?」


低く、でも張りのある甘い甘い声。


聞き覚えのあるような。


「でも、あんなに血が…!」


優が眉間に皺を寄せ声を上げと、朝霧は少し、ほんの少し微笑んだ様に見えた。


こんな風に、笑うんだ?


絶対笑わなさそうなのに…


不思議そうに優はそれを見た。


「大丈夫です…。血は出ましたが、傷は大したありません。それより、もう少しゆっくりとお休みください」


「俺も、大丈夫です」


そう言い動き出した優の肩を朝霧は掴んだが、優はそのまま起き上がった。


さっき会ったばかりの青年達に優が戸惑っていると、朝霧も含め四人が、布団の縁沿いに回って優の正面に端座して、いきなり平伏した。


ギョッとする優を尻目に、優から向かって一番左手から順に顔を上げ名を名乗り再び畳に頭をつけた。


「観月頼光(よりみつ)にございます」


「西宮雅臣(まさおみ)にございます」


「定吉勝吾にございます」


「朝霧貴継にございます」


四人言い終えると、皆顔を上げて優を見た。


なんの冗談だろうか?と。


優からすれば誰も皆、高貴な武士のようで、年上で、自分のような人間にこんな態度をとっていいように見えない。


だが、まずは助けてもらった礼を言うべきだろう。


優は上布団の上に出て正座して、同じように頭を下げた。


「摩耶優です。助けていただいて、本当にありがとうございました」


何故か唖然と硬直した青年達だったが、すぐ慌てて、まるで小さい子供の親の様に寄って来たのは西宮だった。


「どうかお顔を上げて。さっ、お身体が冷えます。どうか布団の中に…」


そう言うと西宮は、優の肩を抱いてそっと布団の中に導いた。


その腕は西宮の面差し同様とても優しくて、でも、逞しくて、ふと優が西宮を見ると、目尻を下げて微笑みすぐ横に座った。


言われるがまま落ち着くと、観月が口を開いた。


何故か翁夫婦に、優と話しがしたいから暫くこの家を出るよう告げた。


「もう少し待て。まだ目覚められたばかりだぞ!」


西宮が不服そうな声を上げると、観月は冷たい視線を西宮に向けた。


「観月…」


朝霧も優を見据えたまま、威圧するような声を出した。


定吉も眉根を寄せ、男四人にピリピリとした空気が流れる。


「本当に、お身体は大丈夫ですか?」


一応、聞いてみてやる…


観月はそう言っている様な感じで、表情を変えず優に問うた。


「本当に大丈夫です」


優は、即答した。


「だそうだ…」


そう言うと、観月は夫婦に目配せした。


「え、あの…」


心配気に出て行く夫婦の顔を見ながら優が戸惑うと、観月は事務的な口調で、二人には先程了承を得ていると告げた。


その後ほんの一時、男五人の、気まずい沈黙だけの間が空いた。


だが、それを破ったのは、又観月だった。


「我らは、貴方様をお迎えに参りました」


そう言うと四人の男達は、再び優に向かってひれ伏し顔を上げた。


「迎え…に?」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る