第3話銀髪の男


優は、暫く言葉も無く呆然と見詰めた。


「久しいな。ハル…私は、お前に会いたくて、会いたくて…一度死んでも又、地獄の底から還って来たぞ…そして…」


銀髪の青年は、朝霧と、彼と同様に優の近くに出て来ていた、観月と西宮と定吉を見て目を眇め、くくっと笑うと続けた。


「又、相も変わらず忠義なお前の犬共よなぁ…ハル…」


その言葉に朝霧は、優の身体を左腕で抱き込み、犬呼ばわりされた4人は腰の二口の内の一口の刀を抜こうと手を伸ばすが、どれも鞘から抜けない事を確認すると舌打ちをして、仕方ないとばかりにもう一口の方を抜いて構えた。


当の優は、この状況が理解出来ずにだだ呆然としていたが、そんな彼を抱く腕に力を込める朝霧を見て、銀髪の男の柳眉がイライラとしていくのがわかった。


「まさか、私を覚えていないのか?」


無論、優には覚えが無かった。


だが、あの青い瞳、自分と同じ色のそれには、何故か引っかかるものがあった。


ただ、それだけ…


「ふふっ、ふふふふっ…そうか…」


口元を歪ませて笑うと、銀髪の男は優を睨んだ。


「私を忘れるなど…なら、思いださせるまでよ!」


突然、銀髪の男が右腕を上げると、何本もの太い蔦が優と朝霧に向かって空をきた。


「うわっ!」


優が叫ぶと、朝霧は彼を肩に担いて走りだした。


「紫煙(しえん)!」


ほぼ同時に観月も叫ぶと、突然どこからか鷹が飛んできて、羽ばたきながら結界を張り、暴れる蔦を食い止めようとした。


ぶつかりあった所が、バチバチと激しい火花を出して光る。


「早く行け!」


観月は、自分はその場に留まり、優と朝霧、西宮、定吉に逃げるよう声を振り絞った。


だが、彼等が走ろうとした方向がいつの間にか霧に包まれていると思ったら、その中から、蠢く人影の様な物が何体もこちらへ向かってゆっくり、身体を不気味に振るわせながらやって来る。


「なに?」


思わず、後ろ向きに担がれていた優が振り返ると、そこに居たのは、紛れもなく映画で良く見るようなミイラだった。


「馬鹿な…」


優は、脳が現実に追いつかない。


突然、あんなにゆっくりとした動きだったミイラ達が四つん這いになったかと思えば、素早く風を切って優達の前に踊り出て、切り裂いてやるとばかりに長い爪を見せびらかした。


ヒュッと言う音に続き、刃で斬る音がニ回した。


優と朝霧を後ろに守り、自分達が盾になった西宮と定吉が、飛びかかって来たミイラをそれぞれが一太刀で切り裂いた。


上下に別れた身体は地面に倒れ、そのまま藻屑となると思いきや、その断面はすぐ様お互いを引き合い、やがて何もなかったかのようにぴたりと接合した。


そして、そればかりでなく、再び立ち上がりこちらへむかって爪を見せる。


「普通の剣ではやはり駄目だ!」


定吉が叫んだ。


「バカデカイ図体で泣き事か、勝吾(しょうご)!」


西宮が、大きく唸った。


ふと、優が、定吉を朝霧の肩から振り返って見た。


定吉は優と目が合うと、こんな状況なのに強張った表情を引っ込めてニコリとした。


そして、柄を握り直し、前を向いて叫んだ。


「誰が、泣き事など!」


素早く地面を蹴り、干からびた化け物に向かって行き、我武者羅に斬って行く。


「さっ、早く行け!」


優達に近づいて、西宮が促す。


彼に何と言えば言いのか分からない優は、唇を戦慄かせる。


「大丈夫です」


汗に塗れた優しげな顔を優に向け、西宮も笑みを浮かべた。


朝霧は、優を担いだまま走りだしたが…


「…!」


優は、思わず、残した彼の名前を呼びそうになった。


喉まで出かかっているのに、分からない、知っているような気がするのに。


西宮も走って、定吉に加勢して斬りまくる。


だがやはり、斬っても斬っても甦り、優達を逃がす時間稼ぎくらいしかできない。


「ちっ!」


観月の舌打ちと同時に、蔦の一本が結界を破り、定吉等の横を素早く通り過ぎ、朝霧の走る足を狙った。


朝霧は、優を抱えているにもかかわらず、さも馴れたような身軽さで緑の先端を刀で斬り落とし前に進む。


だが、続けて侵入した二本の蔦が朝霧の左足と刀を握る右腕を捕え、彼は優を肩から下ろすと叫んだ。


「走れ!早く!」


必死の形相に、考える隙も与えられず、優は前を向いて走りだそうとした。


「は!?」


そう思った瞬間、優の身体は無数の蔦に絡まれて、そのまま宙を飛んだ。


「主!」


ほぼ同時に、朝霧ら四人が叫んだ。


だが、それぞれ目の前の化け物をどうにかしなければいけない。


ドシャっと音を立てて、優が雁字搦めの身体を地面に落とされると、目の前に、あの銀髪の男が立っていた。


優が身体を強張らせると、男は微笑み少し身体を屈めて、優の顎を美しい手で掬いあげた。


「ハル…」


氷の様に冷たい指先なのに、銀髪の男の声は妙に熱っぽい。


「人違いだ。俺は、ハルじゃない!」


人を畏怖させるような男の容姿だったが、優は無性に怒りが込み上げて睨みつけた。


それを見て何が楽しいのか、男が愉快そうに笑うのが更に腹立たしい。


「お前は、ハルだ。私が間違うはずが無い…」


そう言うと、男はぐいっと優に自分の顔を近づけた。


優だけでなく、戦いながら彼の近くに集まって来ていた朝霧達も目を瞠る。


「ハル、お前を食らって、私は元の身体を一瞬で取り戻すぞ」


にっと笑った男の薄い唇の間から、二本の長い牙が瞬時に出た。


そして、爪も獣の様に鋭く伸び、まるで口付けするかの様に更に顔が接近する。


「食われる!」


恐怖で思わず目を瞑った優だったが、鈍い音と共に銀髪の男の顎の手が外れ、その身体が左へ僅かによろけた気配を掴む。


ゆっくりと、恐る恐る瞼を上げるると、稲妻の如く走り来た朝霧が、銀髪の男の心臓に己の刀を突き刺していた。


西宮、定吉、観月も、朝霧と同じ事を考え傍に来たが、朝霧の方が一瞬速かった。


優は、不思議と血一滴ながれないその光景を、ただ唖然と見上げた。


「ふっ…」


銀髪の男は、苦しみを微塵も見せず笑った。


そんな彼を睨んだまま、朝霧は一度も視線を逸らさない。


突然、銀髪の男は、おもむろに自分の胸の刃を素手で握って余裕気に言った。


「こんな物は、私には効かないぞ、朝霧…その腰の、もう一つは使えないのか?貴様の主人がこんな風に呆けているから…」


「くっ…」


茶化すようなもの言いに、益々朝霧の目は、激しい怒りの色を増した。


鋭利な刃を握る手と更に突き刺そうとする力が拮抗していたが、余裕があるのは、明らかに銀髪の男の方だった。


このままでは…


優が深く憂慮した瞬間、優の身体から激しい閃光が出て、その近くの西宮等や木、あらゆる物を吹き飛ばし、その上化け物をも全て飛ばし消した。


優自身がふっ飛ばされずその場に居られ、落ちてきた木片や大きな石の破片から守られたのは、優より大きい朝霧が覆いかぶさってきて来て抱いてくれたお陰と、もう一つ、何か、何かの力。


今、俺何かした?


突然、カタカタと優は震えだした。


本当に、自分が何かしたのかさえ分からないのだ。


だが、地面に仰向けで倒れたまま、恐る恐る首だけ上げて銀髪の男の居た方をみる。


あの男の姿は、もう無かった。


そして更に視線を移すと安堵する間も無く、優と向かい合う形で優の上にいた朝霧の顔があった。


寡黙そうな青年の額から、何筋もの血が流れていて、ぽたぽたと優の顔に落ちてくる。


それを朝霧は、見た目に似合わず優しく指先で拭い取るが、それは後から後から落ちてくる。


その仕草と感触に、優の背筋がゾワリとした。


血への恐怖と共に、それとは別に違う何かが優の肌を妖しく粟立たせる。


不謹慎だが、まるで本当にたまにしかしない自分でする時の様な。


「あなたは…」


誰なのか?


でも、ここまで名前がでかかっているかのような不思議な感覚。


そして、鼻を付く、昔から大嫌いで苦手な血の臭いとその色。


腹の底から気持ちが悪い。


そして、天がぐらっと傾ぐ。


優は、そのまま気を失った。



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