烏団と神馬町長対面する 2

「ええ、テレビでも散々取り上げていましたし、この町も集中豪雨が一瞬で止みましたから…」

「そうです、正確には午後一時五十九分から雨雲が消え始め、午後二時丁度には関東一帯の雨雲が全て消え去った」

「ええそうでした」


 ──その時、「うっめー! 」酒田が鬼もちを食べて大声をあげた」

「こら、酒田お行儀悪い」

「あ、だって、甘くてとろっとろで、もう一個頂こう」

 ぱくり。

「やっぱりうっめ…」

 酒田を睨む烏親方。

「いえいえ、美味しゅうございます」

 小さくなる酒田。

「あはは、そうですか、この町自慢の逸品です、中道商店街鬼王神社参道にある和菓子屋十年堂で売ってますので、お土産にでもお買い求め頂けたら嬉しいです」

「ごほん、話しを続けますが、その気象情報を全て集め、当研究所で解析したんですな」

 ──正確には酒田が気象庁のデータにインターネットを通じて入り込み、勝手に解析したのだが…


「うむ」

 真剣な顔つきに変わるごんちゃん。

「その中心点こそがこの町の…」

「…」

「野川にかかる翼橋だったのです」

「…」

「雨雲が翼橋を中心点とする一点に吸い込まれるようにして消え去った事が分かったのです、それに…」

「それに…」

「それと同時刻、全くの同時刻ですが、東京湾のとある場所の水位が上がりました。この二ヶ所の出来事は関連があるとしか思えないのです。現在調査中ですがね」

 流石に天才的科学者の烏破李阿である、只者じゃない。

「うーん」ごんちゃんは唸った。

 烏親方は続ける。

「更にいうならば、その少し前に翼橋を起点として水柱が立ち上がり、雲を切り裂くと、これまた雨雲と一緒に消えた、これも気象衛星の映像データを解析して分かったのですが…」

 このデータも酒田が秘密裏に入手していた。

 気象データは通常広く公開されているが、今回の現象は余りにも不可解で、公表すれば混乱を招くとの判断のもと、気象庁の分析が済むまで非公開にされているのだ。

 それもそのはず、物理の法則、地球の法則を全て無視したかのような現象である。

 だが、この二人には気象庁のセキュリティいやバリアを──烏親方はセキュリティをバリアと呼ぶ、なにせ名前がバリアなのだから──壊せたのだ。

 酒田も実は天才的なハッカーなのだ。

 だから助手として十年も付き合って、いや、強引に付き合わせられている。報酬も悪くないし…


「(どうするべきか)」


 ごんちゃんは烏の話しを聞きながら考えていた。なぜなら全ては孫の小学四年生のももと幼稚園年長組さくらが、神馬一族の遺伝子に組み込まれた特殊な能力を使ってやった事だからだ。

 さくらが濁流になった野川の水を天高く弾き飛ばし、それをももが東京湾に瞬間移動させたのだ。その時、厚い雨雲が水柱に絡み取られるようにして、無くなった。

 鬼王様に授かったこの能力は外部の人間に決して知られてはいけない。

 知られたらももとさくらに、利用したがる大人たちが危害が及ばすだろう事は容易に想像がつく。

 かと言って知らぬ存ぜぬでは、不審がられてしつこくこの町に居座りそうだ。それも厄介だ。

「その時の様子についてどんな些細な事でもよろしいので、お聞きしたいのです」

「ごほん」ごんちゃんは咳払いを一つすると、烏親方の顔を見た。

 丸眼鏡の奥には澄んだブルーの瞳が、一分の隙もなく見返している。

 不思議な存在だ…そう思った。

「実はですな」

「はい」

「この町には、要所要所に町が設置した監視カメラがあるのですが」

「ほう、町で独自に監視カメラを設置しているのですか」

 感心する烏親方の隣で酒田の目が光った。

「はい、警察が設置するものとは全く別で、独立した監視カメラです。なに、もう随分昔になりますが、野川が氾濫した時死傷者が出たので、いや、野川は普段は農業用水に使われているだけの、水かさも普段は足首くらいの深さの小さな川ですが…」

「それが濁流になったのですね、あの時の集中豪雨も凄かったみたいですな」烏親方はこの町の事は、全て知っていた。

「よくご存知で」

「まあ、気象に携わる人間ですので、その後、町のあちこちに設置された監視カメラの映像が、『町役場三階にある防災対策本部』に直結しているのですな」


「! 」


 受付から十階にある町長室まで、エレベーターで案内されてきたのに、なぜ、防災本部の事を知っているのだ。外部の人間には分からない場所にあるのに…怪訝そうな表情をしたごんちゃんを見て烏親方は続けた。


「全ての監視カメラの映像も中道商店街のパティオの防犯カメラの映像もそのシステムの奥に厳重なバリアをかけて、保存されているのですね」


「プライバシーにも関わる大変重要なデータですからね」


 烏親方は畳み掛けるように続ける。


「そして、中道商店街のパティオにこそ、自然災害を食い止めたが住んでいると…」


 えっ! ごんちゃんは驚いた、そして思わず呟いた。


「な・ぜ・そ・れ・を・知って…」


 まずい! ごんちゃんは咄嗟に口を閉じた。


 烏親方の目が光った──やはり肯定した。

 酒田はこの町に来る前にすでに町のシステムに入り込んでいた。町のネットワークの様子を調べあげ、町役場の見取り図や一部の人間しか知らない内部の様子も把握していた。

 その結果、二人は中道商店街のパティオと呼ばれる場所に何かあるとあたりをつけていたのだ。なぜなら、映像データを保存しているシステムやパティオのセキュリティシステムにはもう一段厳重なセキュリティが設置されていてどうやっても酒田は入り込なめかったからだ。


 限られた人間──神馬一族のみしかそのバリアの解除方法は知らない。いや、もう一人いた、けんじいちゃんだ。


 勿論、神馬ももとさくらは中道商店街のパティオに建てられた白い洋館に住んでいる。


 しまった! 肯定した──ブルーの瞳が光ったのを見て直感的にごんちゃんは身構えた。何者なんだこいつら…

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