烏団は何者だ!?

 烏親方は、一転して穏やかな表情に変わった。


「監視カメラにはどんな様子が映っていたのですか? 特に翼橋周辺のカメラが捉えた内容を知りたいのです。差し支えない範囲でいいのですが…」

「…」

「あくまでも、差し支えない範囲でよろしいのでお聞きしたいのです」

「ふー」ごんちゃんは息をはくと、ハンカチで額の汗を拭った。

「分からんのです」平静を取り戻すと予定通りの言葉を口にした。

「ほう、分からないとは…」

「はい、上流を映していた二台の映像は画面全体が吹き上げる水で埋まっていました。烏さんがおっしゃっていた水柱ですな、しかし、下流を映していた二台の映像は…」

「…」

「防犯カメラが豪雨の中で大破して映像が残っていないのです」

「大破したのですか…」

「はい、石とブロック塀の破片が突然飛んできてカメラを壊しました」

「カメラは低い位置に設置されていたのですか? 」

「いや、電柱の上部につけられていたので相当高い位置にあります」

「電柱自体に損壊は? 」

「全くありません」

「付近の家や構造物の損壊は? 」

「付近のブロック塀が壊れただけです」


 ──ほう…烏親方は考えた、どうしてそんなものが高い位置まで飛んできたのか…間違いない『誰・か・が・飛・ば・し・た』のだ──天才的科学者はそう結論つけた。そしてチラリとごんちゃんを見た。視線を合わそうとしない。もういいか、これ以上話さんだろう。


「いや町長、貴重なお話をお聞きできて大変ありがとうございました。もうしばらくこちらの町を調査させて頂くと思いますが、ご協力頂けると幸いです」

「いえいえ、私どもにできる事はご協力いたします」

 そして烏親方と酒田は立ち上がると、再び丁寧にお辞儀をして町長室から出ていった。


 ふー、ごんちゃんは立ち上がれない。二人の背中を目で追うのが精一杯だ。


 バタン!


 町長室のドアが閉められ、姿が見えなくなると、ソファーの背もたれに背中を押し付け、力なく天井を見上げた。


 そして、ハッとした。


 ──今、誰と話していたんだ?


 ごんちゃんは咄嗟に背を伸ばすと、テーブルの向こうに置かれたソファをみた。

 今は誰も座っていない。

 しかし、誰か居たはずだ。テーブルの上には飲みかけの麦茶が入ったグラスが二つ、鬼もちがのった小皿が一つ、食べ終わって何ものってない小皿が一つ。

 翼橋と7月の災害について話した、それも覚えている。


 でも、どんな人間がこの部屋にいたのか、どんな姿、顔をしていたのか、全く、


『思・い・出・せ・な・い』のだ。


 誰かがいた、そして、テーブルに置いた名刺を見る、そこには

『気象庁異常気象研究班_外郭団体特殊調査班電子工学研究部天文現象及び人間工学及び特殊機材研究所所長 烏 破李阿』と書かれている。

 裏をみた、大きな文字で『弁護士』と書かれている。

 そうだ、烏 破李阿という男と話しをしたのだ、でもどんな顔でどんな風体だったのか、全く、全く、全く…


『思・い・出・せ・な・い』


 そこにグラスと小皿を下げに女性が入ってきた。さっきと同じ職員だ。


「ごんちゃんどうしたんですか、お顔が真っ青ですよ」

「そうか…ちょっと疲れたものだから」

「働きすぎはいけませんよ」

 そういうとテーブルの上を片付けはじめた。

「そうだ英子さん、客人の顔を覚えているかい? 」

「変な事を聞かないで下さい、勿論…」


 考える英子さん。


「どうした? 」

「あれ、あれ、あれ…」

「どうした? 」

「あれれ…」

「…」

「こんな事…」


「覚えていないか? 」


「うーん、全然思い出せません」

「じっくり考えてほしい」

「うーんとですね、人間だったと思いますが…」

「私もそう思う」

「目と鼻と口があったかなぁ、服装は…」

「…」

「駄目ですねすっかり忘れました、すみません」

「そうか! 謝らんでもいい、私も同じだ」

「…」

「ちょっと行ってくる」


 そういうとごんちゃんは、名刺を持ったままソファから立ち上がりドアに駆け出した。


「どちらへ」

「すぐ戻る」


 そして、町長室から飛び出し、エレベーターに乗り込むと一階の受付へ向かった。

 受付には先程の受付嬢がいた。

「ちょっとちょっと星見ちゃん」

 ごんちゃんは声をかけた。

「なんでしょう? 」

「君は先ほどの客人の名刺を持っているかい」

「はい、保管しております」

 そういうと名刺ファイルを開けた。

「うむ」

 ごんちゃんは自分持っている名刺と照らし合わせる──全く同じだ。


「星見ちゃんは、どんな人だったか覚えているかい? 」

「えーっとですね、んんん」

「覚えていないか? 」

「へへ、全く思い出せません」


「! 」


「一度会った人の顔は忘れないほうなんですが、烏さんがどんな方だったか、さっぱり覚えていません」

「やっぱりか! 私もだ」

「どうしてでしょうね」

「誰も覚えていないのだ、英子さんすら忘れている」

「英子さんがですか! よっぽど影が薄い方たちなんですね」


「影が──薄い、か…」


 ごんちゃんの眉間にシワが寄った。

 持っている名刺を凝視していると、突然!


 ──ゾゾゾ!


 背中に悪寒が走った。


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