鬼王様と茂

 ひとしきりおしゃべりを楽しんだ後、うめばあちゃんとポチは再び電動車椅子と電動機付きスケボーでビュンビュン帰っていった。

 ももとさくらもパティオに帰った。


 そして、茂はお店で一人になった。


 夕ご飯は本家から、ごんちゃんの妻であり頭が上がらない人物であり、片腕ともいえるすみれおばあちゃんが、ごんちゃんの持ってきたお野菜を使って夕食を作ってくれる事になっているから安心だ。

 スマホを見ると刈谷も直帰するとのメールが入っている。


 今日はもういいか…茂はそう思い、お店のシャッターを閉めると、鬼王神社に向かう事にした。


『良くないもの』──それが一体何なのか、鬼王神社に祀られた鬼王様に聞きに行くのだ。


 鬼王様は人がこの町で生活を始める随分昔からこの町一帯を見守ってきた産土神うぶさながみだ。

 人が生活するようになって、影になり日向になり進化を促してきた。邪悪なものが入り込まないように結界を張り護ってきた。

 そして更なる進化と成長を促すために、結界を取り去り、その代わりにこの町一体を取り仕切っていた神馬一族の遺伝子に、特殊な能力を授け、自らは鬼王神社にある白い球に入った。

 神馬一族はその時から鬼王様の代わりにこの町一帯を邪悪なものから護り、更なる発展と成長を託されたのだ。

 その本家の末裔である茂は、たとえ些細な事であっても気にかけておかないといけなかった。


 夕暮れ時の空がオレンジから濃紺のグラデーションに染まっている中、茂は一人歩いている。

 鬼王神社についた頃には、すっかり暗くなり、月灯りがそよ風にざわめく木々を照らしていた。


 鬼王神社はアーケード街から少し離れたところにある。

 森閑とした鎮守の森に囲まれて建てられている。境内の中に建てられた『鬼王幼稚園』にはもう誰もいない。

 茂は静粛な気持ちで、神殿の前に立った。

 この神社には神鏡の代わりに、鬼王様が乗り移った白い球が置かれている。


 と突然、


──ガチャン!


 格子状の赤い扉にかけられた南京錠が、誰も触らずとも開いた。


──ギギギー


 そして、ゆっくりゆっくりと、扉が観音開きに広がると、小さな紫の座布団におかれた、中心にある白い球が光り輝きはじめた。

 眩い光は辺りを昼間のように照らした。


「茂よ」


 鬼王様の声が茂の脳内に直接響く。


「はっ、御目通りいただきありがとうございます」

「いい、いい、堅っ苦しいのは嫌いだ、フランクにせえ、フランクだ」

「ああ、神様も英語を使うのですか…」

「そういうインターナショナルな時代じゃ、わしも時代の流れで楽しむ…ごほん…時代に沿って進化している」

「はあ…」

「何を聞きに来た? 」

「はあ、もうご存知かと」

「わかっているが、まずは聞いてみろ。聞いてこないと答えられんのが、神様ってものだ」

「あ、はい」

「うむ、聞いてみよ」

「今朝ももとさくらがポン三郎とコン姐からお聞きした…」


「わからんのじゃ」


 突然茂を遮った。


「き、鬼王様、まだ何も聞いてませんが…」

「そ、そうか…聞いてみよ」

「…」

「うむ、もっともったいぶらんといけないのじゃ、神様は…ぶつぶつ…」

「はあ、良くないも…」

「それじゃそれそれ、わからんのじゃ」

 またもや遮った 。

「はぁ…」

「考えてること分かっちゃうからなぁ、もったいぶるのも面倒くさいものなぁ」

「もういいです、お話し下さい」

「まいっか、形式にとらわれんでもいいんじゃね、茂とワシの仲だもんなあ」

「仲って言われても…」

「じゃあマジになるぞマジだぞ、ここから真剣だ」


「はい」


 背筋をシャンとする茂。


「実は、数日前から邪気を持った連中がこの町を右往左往しているのじゃ」

「邪気ですか…」

「そうじゃ、プンプン臭う」

「…」

「だがな、大概の人間の心は読めるのだが、此奴らの心が読めないのだ」

「鬼王様がですか…」

「うむ、いつもはよっぽどの事がない限り、良くも悪くも成長の妨げになるので、人間たちにはその事は伝えないが、大概は読めている。だがその連中の心にはシールドがかけられている」

「シ、シールドですか、これまた英語が…」

「左様である。昔のヒーローものでいうバリアだな、見えない壁に囲まれて心が読めないんじゃ」


「…! 」


「おそらくその親方らしき人物がそういう能力を持っているのだろう」

「邪気が満々で心が閉ざされていて、何をする気か全くわからないが、危険きまわりないのですね」

「うむ」

「つまり何もわからないのですか、鬼王様ともあろうお方が…」


「ふふん…」


「…」


「ごほん! 今は猫又のボスに尾行させているが、ついさっき見失ったと連絡が入ってきた」

「なんと…厄介ですね」

「相当厄介じゃ、とにかく茂も気をつけておいてほしいのじゃ、何も起こさんとは思えないからの」

「承知致しました」

「うむ、それじゃねー」


──バタン!


 鬼王様は自分で扉を閉めると、


──ガッチャン!


 自分で南京錠をかけて、光を閉ざした。


「はあ、バイなら」茂はそういった。


 ──昔々、昭和の時代にこういう挨拶が流行った事があった。

 そして、茂は神殿を見つめ、しばし考え事をしていたが、大切な事を思い出した。


「あ、そういや今夜『国際会議』の日だっけ、早く帰ろう…」

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