うめばあちゃんとけんじいちゃん
この町に広がった中道商店街の中心となるアーケード街に、神馬茂の経営する神馬不動産はある。茂が社長でごんちゃんは会長となり、経営には口出ししないというか、ほったらかしで頼まれないと何もしない。
そのアーケード街を数百メートルいったところに『頑固爺いの堅焼き煎餅美味すぎ堂』という煎餅屋がある。
お店で焼いている煎餅は、あまからやら、うま塩やら、ソフト煎餅やらおかきや、金平糖や駄菓子まで扱っていて、子どもたちの憩いの場になっている。
店を切り盛りしているのが、伊集院 うめ :通称『うめばあちゃん』──85歳になるおばあちゃんだ。
店名の由来となった夫の頑固じじいは二十年ほど前に亡くなって、今は一人で続けている。
うめばあちゃんは焼きたての、『お店自慢のうまうま煎餅ミックス』を袋詰めしていた。
『お店自慢のうまうま煎餅ミックス』はあまから、うすしお、からからなど味の違う煎餅を1パックにした人気商品。
──パッリーン!
一口目はいい音で硬さを楽しめる、そして食べ進めると口の中でトロトロになりじーんわり旨味が口いっぱいに広がる。
裏口にある倉庫では、店を手伝いにきている佐々木 健 :通称『けんじいちゃん』年齢不詳が、電動車椅子をいじっていた。
けんじいちゃんが電動車椅子のスイッチを入れた。
ウィーン!
ピピピッ!
びょん!
カタカタ!
と、車椅子に収納されていた液晶画面のついたバーが定位置に伸びてきた。
そして画面が光った。
ナビコンピュータが声を出す。
「エネルギーチェック! 異常なし
タイヤチェック! 異常なし
ブレーキチェック! 異常なし
モーターチェック! 異常なし
けんじいちゃんコンニチハ、本日はどこへ行きますか? 」
「神馬不動産」
けんじいちゃんがマイクに向かって話す。
「了解しました、目的地をセットします」
ピピピッ…
「セット完了、安全運転で走行願います」
「はいよ、おーいうめばあちゃん今日もバッチリだ」
「はいよ、今行く」
うめばあちゃんはお店から裏の倉庫に煎餅の入ったビニール袋を持ってくると、車椅子の背についたボックスに入れた。
「けんちゃんの作ったこいつ最高だね、ケン一号って名前つけた」
「あったりめーよ、ワシすごいんだから、惚れ直したかい、ガハハ」
長いモヒカン頭を揺れ動かして、白いランニングシャツに迷彩色のパンツ、黒い編み上げブーツを履いたけんじいちゃんが豪快に笑う。
「まあ、あと六十歳若けりゃね」
「ガハハ! ちげえねぇ」
けんじいちゃんは街の外れで佐々木工務店を営む発明家である。工務店はとっくに息子に譲り、悠々自適に好きなことをして過ごしている。このハイテク電動車椅子も、設計、開発したのはけんじいちゃんだ。
その昔、日本でも有数の発明家として名が知られ、なんやかんやとあちこちの企業から引っ張りだこだった人物だ。
「さていくかい」
うめばあちゃんは電動車椅子に座った。
「ああ、ももとさくらの大切なおやつだ、遅れちゃいけねえ」
「ふふふ、そうだね、店番頼むよ」
「あいよ」
一方うめばあちゃんは、どこも体は悪くない。それどころか、朝晩十キロのランニングを欠かさず、風邪ひとつひいた事がない。入れ歯など一本もなく、自分で焼いた超堅焼き煎餅をバリバリ食べられるほどだ。
その実態は藍染の和服を粋に着こなす、小さな可愛らしいおばあちゃんだ。
じゃあなぜ車椅子など乗っているのか? ──格好いいし速いからだ。
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