恋愛系 短編置き場
灰色毛玉
第1話 ファースト・キス
今日は、クリスマス直前の日曜日。
私はとうとう、この春からお付き合いを始めたアイラのことをお家デートに誘うことに成功した。妹のティアが一緒なら――という留保条件付きだけど、そんなことは関係ない。
彼女を、家に招けることが重要です。
鼻歌交じりに、ケーキにデコレーションしていると、ティアがあくび混じりに起き出してきて、作成中のケーキを見て目を輝かせる。
「ヤダ、レイちゃん。ソレ――」
双子と言えども、一応、私のほうがお兄ちゃん。
「お兄ちゃん」
「レイちゃん」
「お兄ちゃん」
「鬼―ちゃーん」
「お兄ちゃん」
毎度おなじみの問答を繰り返し、最終的にティアが織れるまでがいつもの流れ。
私にとって、『レイちゃん』呼ばわりしていいのは、アイラだけなのだ。
「はいはい、お兄ちゃん。そのケーキ、まさかティーのために作ってる?」
双子の妹のティアは、私と違って甘いものが大好きだ。
ワクワクウズウズした表情で、私の顔とケーキを見てる。
「残念ながら、コレはアイラのために作ってます」
「え、食べちゃダメなの!?」
そんな、酷い!
と泣き崩れるフリをする妹に、苦笑しながら「彼女が来たら一緒に食べて」と告げると、パァッと顔を輝かせた。ウチの妹も、アイラに負けず劣らずメッチャ可愛い。
「でも、アイラを呼ぶのかぁ……もしかして、卒業予定?」
「まだ、私、高2だけど……」
「ソッチじゃなくって、どーてーそつぎょー?」
「~~~!!」
危うく、クリームを一気に全部ぶち撒けるところだ。
目を閉じて、呼吸を整えるために深く息を吸うと、いつもの表情を消してティアの目に視線を据える。
「女の子がそんなことを言うのは、私、好きじゃないって知ってるでしょう?」
「だって、男の家に招かれるんだよ。アッチもその気に決まってる」
「そんな決まりは、ありません」
妹がブーブー言い出すのにジト目を向けて、「ティアが一緒だから来るんだよ」と告げると、彼女は目を丸くして文句を言い始めた。
「わたし、おねーさま方と遊びに行く約束してるのに!」
「……仕方がないから、おねーさま方に来てもらって。ドタキャンとか嫌だから」
「いいけど……遊ばれるよ?」
「アイラがウチに遊びに来てくれるんだもの、多少遊ばれるくらい、耐えてみせる」
プラホで、お姉様方に連絡し始める妹を見ながら、ちょっとだけやらかしたかなと言う気持ちが頭をよぎる。
――いやいや、考えすぎ。
お姉様方にはティアを与えておけば、多分アイラにちょっかいは出さないだろう。
多分。
きっと。
そうだといいな。
アイラにも、ティアの友達が増えたと連絡をしてから、最後の仕上げにかかる。
「……そこまでするんだ?」
「一人だけ、別のものを食べてたら気になるでしょ」
「わたしも気になるんだけど」
「みんなが帰ってからなら、食べていいよ」
ティアが気になるのは、十中八九、私の分のフェイクケーキの味だろう。
「わーい! お夕飯に一品増えた!」
「人のことは言えないけど、ティアも大概食いしん坊だよね」
「レイちゃんもね」
「お兄ちゃん、です」
甘いものが苦手な、私の分のケーキは特別製。
スポンジ部分は見た目は一緒だけど、味はほぼ食パンで、イチゴのかわりにスモークサーモン。生クリームの代用品は、クリームチーズだ。
見た目は割と、イチゴケーキに近くなった。
上にイチゴを乗せれば、出来上がり!
「お兄ちゃん、フルーツはイケるのにね」
酸味があるから……なんとか?
「焼き芋も平気じゃない」
甘すぎるのは、無理でござる。
呼び鈴が鳴って、お客さんのご到着。
いの一番にやってきたのがアイラだったことが、メチャクチャ嬉しい。
「ごめん、早く来すぎちゃった……」
「そんなことないよ。私、アイラに早く会えて、すごく嬉しい」
そう言って笑いかけると、彼女の頬がほんのり桜色に染まる。
可愛い。
メチャクチャ可愛い。
いつもと違って、リップを塗ってるらしく、ぷっくりとした唇が艷やかで――ちょっと、胸がドキドキする。
――ああ……もう!
私服姿も制服姿も、いつでも彼女は可愛らしいけれど、なんでウチに招いたその日に限って、更に可愛く装ってくるんだろう?
――障りたいな。
――触りたい。
わざと流したサイドの髪に口付けでも落とす?
ダメだ。そのまま押し倒しそう。
手をとって――ああ、そのまま抱き寄せる未来しか見えない!
あんまり過度な接触は、ダメだ。
私の理性が、仕事をしなくなってしまう。
そうでなくとも、仄かに熱を帯びたその頬に、唇を押し当てられたらどんなにいいだろうと思ってしまうのに……これも、そのまま押し倒してしまいそうだな。
心の中でそんな葛藤をしつつ、彼女には中に上がってもらう。
ちなみに、そんなことをしたら昇天する自信があるのでやれません。幸せすぎて、心臓が止まる。そうでなきゃ、青い性が暴走してしまいます。
間違いない。
そして、そう言うことは、結婚するまでダメ、絶対。
一応、クリスマスパーティーを名目にしたので、用意したのはローストチキンに、サラダにスープ。それから摘みやすい軽食系。
「コレ、妹さんが作ったの?」
「ティアも作れるけど――ほぼ、食べるの専門。ちょっと、お茶を入れてくるね」
キッチンに移動してお茶を淹れていると、ティアがアイラに挨拶をしている声が聞こえてきた。
「はじめまして、レイの妹のセレスティア――ティアって呼んでくれると嬉しいな」
「えっと、清水愛良です。レイちゃんとはクラスが一緒で……んぅ!?」
妹が、女子校向けの王子様仮面を被ってるなと思いつつ居間に戻ると、ソコには、ソファーの上で、ティアに押し倒されているアイラの姿。
「えぅ……?」
チュッとリップ音がして、ティアがアイラの上から体を離す。
「ごちそーさま」
手の中から、用意してきたティーセットが落ちて、ガチャンと割れる音が遠くに聞こえた。
――え?
なに?
今、ティアは、アイラになにを、やってたの?
「やだ、おにーちゃん! 床が大変なことになってるよ」
いつもの調子で言ってくる妹の唇には、さっきまでと違う光沢が移ってる。
「い、いいいいいいいいいいまっ」
「アイラちゃんにチューしてた」
「わ、わわわわわわた、私もまだなのに……!?」
「え、ホントに?」
流石にちょっと、気まずそうな表情を浮かべてから、ティアはフッと達観したような笑みを浮かべて呟く。
「女同士は、ノーカンってことで」
「そ、そんなわけ、あるかぁああああああああ!」
アイラの絶叫が、部屋の中にこだました。
ええ、私も同じ気持ちでしたとも。
後からやってきた、葵さんと翠さんのお二人がその話を聞いてキャラキャラと笑い出す。
「それでレイったら、そんな顔をしてたのね」
と、翠さん。葵さんに至っては、こんなことまで言い出した。
「私も、味見させていただこうかしら?」
「何を!?」
唇を押さえて問い返すアイラに、彼女は婉然と笑ってみせる。
「あら、分かってるじゃない」
「ダメダメダメダメ! 絶対、ダメです! 私の! 私のだから!!」
思わず彼女を抱きしめて、首を激しく振ると、葵さんは楽しげに笑い出す。
「レイは、独占欲が強いのね?」
「そんなんじゃ、彼女に愛そ尽かされちゃうわよ」
フフフと笑み交わす二人を眺めてたティアが、深いため息とともに嘆きの言葉を吐き出した。
「わたしはむしろ、付き合い始めてから、お誕生日イベントが二回もあったにも関わらず、お兄ちゃんが恋人繋ぎから先に進んでなかったことを大いに嘆きたい。今どき、初等部の子でも、もう少し進んでるんじゃないかな?」
「――他の人は、関係ありません」
プイッとそっぽを向くのと同時に、頬に触れた感触に思考が止まる。
――あれ……?
いつの間にやら腕の中に抱き込んだものに、恐る恐る視線を落とす。
ソコには、真っ赤になった状態でカチンコチンに固まった、アイラ。その頬は、熟れたりんごを通り越し、酢だこレベルにまっかっか。
怒ってはいないけど、思考がショートしているのは見て取れる。
「ぅわ!? お兄ちゃん、鼻血!」
こんなに至近距離でアイラを見るのも、抱きしめるのも初めてで、私の脳もショートした。
「あらやだ、何を考えたのかしら?」
「想定外の純情さ……むしろ、ヘタレって言ったほうがいいかしらね、葵?」
「ここは前者にしておきましょう。イジメすぎるのも可哀想」
お姉様方のそんなお声を聞きながら、後片付けと称してキッチンに引っ込んで、恥ずかしさのあまり、ひっそり泣いた。
――今日一日で、かっこ悪いとこばっかり見られてる。
もう、死にたい。
相模麗、17歳。思春期の真っ只中です。
日が暮れるまで、みんなでカードゲームに興じたり、シアタールームで映画を見たりして過ごした後、アイラを近くの駅まで送る。
恋人繋ぎはちょっぴり気恥ずかしくて、軽く、包み込むだけだ。
「今日は、楽しかったわ」
「……そう」
私は、かっこ悪いとこばっかり見せてしまって、ベコンベコンに凹んでる。
「レイちゃんの、色んな顔が見られたし」
「……そう」
「ティアちゃんて、レイちゃんのことすごく好きなんだなぁと思ったわ」
「それは――どこいらへんで?」
「あたし、レイちゃんが、甘いもの嫌いだって知らなかった」
しんみりとした口調で言われて、彼女の顔に視線を落とす。少し、しょげた表情だったのは一瞬だけで、私と視線を合わせるとすぐにいつもの不敵な笑顔に変わる。
「今度は、美味しいビュッフェ・バイキングにでも行きましょうか。レイちゃん、ビックリするくらい食べるそうだし」
「ティアか……」
――バラされた。ナイショにしてたのに。
「いいじゃない。美味しく、たくさん食べたって」
言いながら、彼女は私の腕を抱き込んでそっと頭をもたせかける。
「レイちゃんは、お料理上手で気配りやさん。兄妹がとっても大好きで、甘え下手。それから――」
次々に口から飛び出す、私情報に、足が止まった。
「――あたし、レイちゃんの家に遊びに行って良かった」
「私は、呼ばなきゃ良かったと思ってました」
「なんで?」
「カッコ悪いとこばっかりみせたし――」
アイラには、カッコいいって、思ってほしいのに。
「そんなの……むしろ、可愛いと思ったし、今朝よりずっと好きになったわよ」
「情けない部分ばっかりで……」
「ソコもひっくるめて、全部知りたい。……変?」
熱のこもった目でまっすぐ見つめられて、視線が泳ぐ。
「私ばっかり知られるのは、不公平だ……」
表情が、子供っぽく拗ねたものになるのが自分でも分かった。
でも、私も、アイラのことがもっと知りたい。可愛いとこも、意外と気が強いとこも知ってるけど、もっと、もっと。ずっと深く、彼女を知りたい。
「じゃあ、今度はウチに呼べるようにしなきゃね」
「……いいの?」
「ただ、素が出ちゃいそうで、それは微妙な気分」
むぅうと唸りつつ、尖らせた唇に目が吸い寄せられて、『アレ?』と思う。
「リップ、変えた?」
「ああ、さっきティアちゃんに貰ったの。似合う?」
「とっても。うちに来た時に付けてたのも良かったけど、いつも以上に魅力的」
嬉しそうに頬を染めて笑ったアイラに腕を引かれ、少し屈むと、彼女が少し背伸びして――彼女の薄紅色の唇が私のソレとそっと重なる。
「今日は、ここまででいいわ。じゃ、明日学校で!」
アイラはサッと離れると、鏡掛けた姿勢のまま固まる私を残して、答えも待たずにその場から逃げ出した。彼女の姿がすっかり見えなくなった後、ノロノロと口元に手を当て、ストンとその場にしゃがみ込む。
――柔らかかった。
ほんの一瞬のことだった感触を思い返し、赤面する。
――キス、されちゃった。
好きな子に。
胸に手を当て、心を強いて深呼吸。
危ない、うっかり呼吸が止まるとこだった。
不意打ちは危険です、アイラさん。
――ファースト・キスは、ミントの香り。
……私、ミントティーは出してなかったよね?
妹に、ファースト・キスを仕組まれたと気付いたのは、この後すぐのことだった。
嬉しいけど、なんか、素直に感謝ができないこの気持ち……!
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