245 フレンド召喚会議
シャイナを保護してから一ヶ月ほどが経った。
アサイラムはさらに収容人数を増やし、昨日は施設の拡張に追われていた。
ダンジョン内空間であるアサイラムの物理的な拡張は、ダンジョンマスターである俺にしかできない。
内装に関しても、権能でできる範囲のことは俺がやったほうが手っ取り早い。
外から資材を運び込む場合にも、アイテムボックスの容量の関係で、俺にしか運べないものもある。
情報科は地上で活動できる情報員の育成を急いでるが、日本の中では異世界人はどうしても目立ってしまう。
日本人の中に紛れ込める容姿と高いスカウト技能(スキルを含む)を併せ持つ人材を見つけ出すのは難しい。
よって、地上での情報収集も俺の仕事になるわけだ。
異世界人の保護のためには、なるべく多くのダンジョンを俺の支配下に置き、「逃げる」ポータルの発動対象にしたい。
要は、ダンジョンのボスをレベルレイズして周回しまくり、ダンジョン資源を一度枯渇させる必要があるのだ。
そんなことができるのはやはり俺しかいないので、これもまた、俺の仕事になってくる。
「逃げる」ポータルが発動した時の救護の問題もある。
たいていの場合はミニスライムたちとからくり兵に任せればいいのだが、救護対象者の雇用主である探索者のレベルが高い場合には、俺が出張ったほうが安全だ。
シャイナを「雇用」していた「ヘカトンケイル」のようなSランクギルドが相手だと、モンスターだけではまさかの事態もあるからな。
さらには、「逃げる」クリスタルを育てるために、俺自身の稼ぎ作業も捨てられない。
アサイラム探索科の探索者たちの活動からも一定の「あがり」をもらってはいるが、俺がSランクダンジョンをアタックするのが結局いちばん早いのだ。
ダンジョントラベルを駆使して国内各地のSランクダンジョンを片っ端から攻略してるんだが、さすがにSランクダンジョンともなると時間がかかる。
モンスターを倒すだけならどうとでもなるが、複雑なギミックもあるからな。
それらの活動のあいまに、アサイラムの各科からの報告を聞き、芹香や灰谷さんと情報を共有し、各科の活動方針の相談にも乗っている。
はっきり言って、時間が足りない。
「疲れてるみたいだけど……大丈夫?」
と、芹香が俺に訊いてくる。
場所はアサイラムの会議室だ。
Sランクダンジョンのソロ踏破ボーナスとして手に入れたスキル「フレンド召喚」を使って、会議室に一時的に芹香と灰谷さんを「召喚」したのだ。
「パラディンナイツ」のマスターとサブマスである芹香、灰谷さんには厳しい監視の目がついているが、「フレンド召喚」を使えば密会することは簡単だ。
もちろん、元の場所に送り返すこともできるから、帰り道の心配もない。
「正直、かなりしんどい」
と弱音を吐く俺。
今の俺の忙しさは、総理大臣である凍崎誠二とどっこいかもしれないな。
奴は大企業の会長でもあるわけで、忙しさに耐えながら働く能力という意味では俺の完敗だろう。
そんなしょうもないことを考えてしまうのは気持ちが弱ってる証拠だろうか。
「無理はしないでね」
「そういう状況じゃないだろ?」
「それでも、だよ。アサイラムの活動の重要性はわかってるけど、それでも私は悠人のほうが大切だから。悠人が全部投げ出したいと思ったら、遠慮なく言って」
「俺抜きじゃどうしようもないじゃないか」
「アサイラムはたしかに悠人ありきの活動だけど、悠人抜きで成り立たないのは私も一緒だから。その気になれば、すべて投げ出して一緒に国外に逃げることだってできるんだよ。今なら異世界でもいいし」
「そう言ってくれるのはありがたいが、現実的じゃない。あまり誘惑しないでくれよ」
無限ループしかける会話に、灰谷さんが割り込んだ。
「蔵式さんも芹香さんもその辺で。『フレンド召喚』の時間は限られているのですから、蔵式さんの負担を減らす現実的な方法を考えましょう」
「と言ってもな。俺としては、長期持久戦を避けて、短期決戦にしたいってくらいか。クリスタルにリソースを貯めないといけないのがネックだけどな」
「リソースは順調に貯まっています。このペースなら、二月までには計画を実行に移せるかと」
「二月、か」
今が十二月の初頭であることを考えると、短いようで長い。
疲労のピーク、忙しさのピークにあると、時間感覚が歪んでくるからな。
いくらがんばっても時間が経たず、未来永劫このしんどさが続くように感じがちだ。
「シャイナたちが開発中の『ダンジョンドレイン』の魔導装置はどうなんだ?」
「蔵式さんの支配下にないダンジョンが抱えるリソースを直接クリスタルに吸い出す装置ですね。今の段階では効率が芳しくありません。効率は向上可能と思いますが、やりすぎればダンジョン資源を枯らせる結果にもなります」
「普通の探索者の飯の種を奪う可能性があるんだよな……」
「だとしても、凍崎総理の『作戦』を解除するのが優先だよ。ダンジョン資源は時間の経過で回復するんでしょ? それで悠人の負担が軽くなるならそうすべきだと思う」
「計画の規模を縮小してはどうですか? 都内のAランクダンジョンはすべて蔵式さんの支配下に置かれています。対象を東京近郊の住人に限定しても、計画のもたらす効果はさほど劣らないのではないでしょうか?」
「いや、国内のSランクダンジョンをすべて抑えることができれば、リソースは足りるはずなんだ。事態の混乱を避けるためには、やはり計画は全国一斉にしたほうがいい。それくらいはがんばれるよ」
ひさしぶりに芹香と会って話したおかげか、気分が徐々に上向いてきた。
「そう言うならもうこれ以上は言わないけど……今日はこれから彼に会うんでしょ? 本当に信用できるの、その、春原さんは?」
地上には協力者もいるって話はしたよな。
その一人からの情報で、俺にとっては縁の深い人物が浮上してきた。
――春原
ジョブ世界での俺’の無二の親友にしてパーティメンバーだったあいつだ。
「悪い奴じゃないはずだけどな」
「でも、それは平行世界での春原さんなんだよね? この世界での春原さんが悠人の味方とは限らない」
「それはわかってる。だけど、マスコミへの貴重な接点になるかもしれないしな」
この世界での春原は、週刊文秋の記者になってるらしい。
文秋と言えば、奥多摩湖ダンジョン崩壊騒動の時に政府が秘匿した核危機をすっぱ抜いたのが記憶に新しい。
その情報は官邸関係者からのリークだったらしいのだが、そのことがかえって、春原に凍崎への疑念を植え付けた。
凍崎は情報を意図的に漏らし、前政権の転覆に利用したのではないか?
春原は今のこの国の状況に一端の責任があるように感じていて、執念深い取材を行っている。
そして、凍崎誠二の政治的弱点を探る中で、「黒天狗」「召喚師」などと呼ばれる謎の探索者――つまり、俺に興味を持ったのだ。
「あいつがジョブ世界のあいつと変わってないかどうかはちゃんと見極める。その上で、協力が得られるなら協力してもらう」
「……大丈夫なの? 高校のクラスメイト……だよね?」
春原は、俺の暗黒時代と言える高校のときの同級生だ。
調べてもらったところでは、凍崎純恋――当時の氷室純恋によるいじめが始まる前に春原は学校を辞めてたらしく、例の事件への関与はない。
ジョブ世界での春原の言動からしても、ダンジョン出現が高校の時に起こらなかったこちらの世界で、春原が高校を中退したというのは納得だ。
あっちが当時の俺のことを覚えてるかどうかはわからないけどな。
「単に情報がほしいだけの記者なら相手にしないほうがいいと思うけど、相当突っ込んだ取材をしてるらしいからな。いざという時には保護する必要があるかもしれない。こういう言い方はなんだが、計画の広報担当に仕立て上げられるかもしれないしな」
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