244 アサイラム案内(2)

 アサイラムが何に似ているかといえば、ひとつにはやはり核シェルターだ。

 終末的な核戦争が起きた時に自国民を生き残らせるために造られたシェルターには、人間が生活するのに必要なインフラや機能がひと通り揃ってる。

 まあ、終末的な核戦争なんてもんが起きてしまった世界で地下シェルターの中で生き残ったとして、その後何を希望に生きていくのかって問題はあると思うんだが。


 アサイラムも厳しい戦いを強いられるという意味では核シェルターに似ているが、さすがに核戦争に比べれば希望もある。

 その希望がほぼほぼ俺の働き次第というのが、俺にとってはとてつもない重荷なわけだけどな。


 ダンジョンに潜り始めた頃の俺には、どこか自暴自棄なところがあったのは否めない。

 どうせこのままひきこもっていても俺の人生は終わってる。失って困る命でもないし、一か八かの可能性に賭けてやろう――そんな投げやりな気持ちが確かにあった。


 だが、今の俺の肩にかかっているのは、自分の命だけじゃない。

 アサイラムに保護した異世界人たち。アサイラムの活動に助力してくれる外部の協力者たち。そしてもちろん、芹香、ほのかちゃん、はるかさん、灰谷さんと言った友人以上の関係にある人たち。


 正直言って、とんでもなく重たい。

 あまりの重さに潰れそうになる。

 みんなの期待が重すぎて、逃げ出したくなることもしばしばだ。


 芹香が俺を信じてくれて、みんなが俺を支えてくれれば、俺はいくらでも頑張れる――とでも言えればかっこいいのかもしれないが、現実はそんなに簡単じゃない。

 大きすぎる重圧にさらされ続ければ、いつか俺はバーンアウトするだろう。

 芹香みたいな最高の恋人がいたって、ストレスが重すぎれば潰れるときは潰れるのだ。

 それが人間ってもんの限界だと、俺は過去の経験で知っている。


「アサイラムを恒久的な施設にするつもりはないんだ。あくまでも一時的な避難所だ」


 午前を使ってアサイラムを一回りしてから、俺はシャイナに語りかける。

 場所は、アサイラムの中央―――「逃げる」クリスタルの近くにあるカフェテリアだ。

 都内の閉店したカフェの内装をほぼそのままぶっこ抜いて持ってきた空間にいると、ここが地下だってことを忘れそうになる。


「生産科、研究科、情報科、探索科……というふうに各班を『科』と呼んでるのも、おおげさにしたくないからだ。『部』にしてしまうとどうしても固定的な組織になってしまうからな。シャイナの興味を惹くところはあったか?」


「いずれも興味深いですが、研究科が気になりました」


「やっぱりそうか」


 研究科は、ダンジョンに関する基礎研究をやってるグループだ。

 俺がダンジョン探索を通して抱いた疑問を投げることもあるし、各人がそれぞれの興味関心を満たすべく研究テーマを選ぶこともある。


 この世界の人間は、異世界人を文明の遅れた人たちだとみなしがちだ。

 だが、彼らは魔法が現実に存在する世界からやってきた。

 魔法というものへの洞察の深さは、スキルやステータスという簡便な方法に慣れきった地球人にはないものだ。

 保護した中にはエルフのような長寿種族もいて、その知識の広さには舌を巻くばかりだった。


 エルフと言えば、はるかさんのことも心配だ。

 はるかさんが政府の特別報道官として働いているのは、おそらくほのかちゃんの法的身分の保障を条件にされてのことだろう。

 一時は不法滞在者として拘束されたはるかさんが今要職につけられているのは、なんらかの取引があったからとしか思えない。

 ほのかちゃんを俺が保護してることはわかってるはずだが、俺にできるのは実力でほのかちゃんを匿うところまでだからな。

 ほのかちゃんがこの国で正規の教育を受け、職に就いて暮らしていくには、どうしたって国の認める身分が必要なのだ。


 はるかさんには、長寿のエルフ特有の精神症状の傾向もある。

 エルフの精神も人間の精神とその「寿命」に差はないらしく、長く生き続けていると感情が摩耗してしまう。

 以前、クローヴィスとはるかさんが会話するのを聞いて知ったことだ。

 はるかさんはこのことをほのかちゃんに隠そうとしてるから、俺もほのかちゃんには話してない。

 このエルフの精神の摩耗問題についても、研究科の魔術師に相談し、研究の対象にしてもらっている。

 ……まあ、今のところはこれという成果がないんだけどな。


「この世界特有のステータスというシステムに、最初はとても戸惑いました」


 と、シャイナ。


「スキルという形で様々な技能が切り分けられ、SPを支払うことでそれを『購入』できる……という仕組みは、世界の在り方として不自然です」


「そうだな」


 俺が「幻獣召喚」で喚び出した幻竜クダーヴェによれば、それは世界の翻訳作用によるものだという。

 ダンジョンや魔法といった異質な概念がこの世界に導入される時に、この世界に既に存在する似たような概念――すなわちゲーム的なシステムに「翻訳」されたというのだ。


「ずっと興味を持っていたのですが、これまでは探索に追われ、研究する余裕がありませんでした」


「俺も気になってることだからな。優秀な魔術師であるシャイナが興味を持って研究してくれるならありがたい」


「恐縮です。ですが、私よりもユウトさんのほうがこの問題には詳しいように思います」


「そう思うか?」


「ええ。だって、あれには驚きました。スキルの・・・・自動販売機・・・・・などというものが当たり前のように設置されているのですから」


 と言ってシャイナがカフェテリアの一角にある自販機を指さした。


 牛丼屋や学生食堂にあるようなアナログな自販機を改造したものだが、販売してるのは食券じゃない。

 「剣技改」SP 90、「火魔法改」SP 90、「HP強化+」SP 90……

 見ての通り、あれはスキルの自販機なのだ。


「ああ、便利だろ? 俺もあれはよくできたと思ってる」


 スキルを他者に付与する、ということが可能になったのは最近のことだ。

 アイテムにスキルを付与する「スキル付与」というスキルは以前から持っていたが、他人に直接スキルを与えることは最近までできなかった。


 固有スキルの再現をするようになってから、俺にはスキルの「構成」が直観的にわかるようになってきた。

 その感覚を言葉で説明するのは難しいな。

 以前は、スキルというのはカラーブロックのようなひとまとまりのものだと思っていた。

 ステータスとは、そのカラーブロックを組み合わせて作るものなのだと。

 それももちろん間違いではないのだが、最近はもっと深いことがわかってきてる。

 カラーブロックがどんな構造になっていて、どんな組成をしているのか――

 要するに、スキルの内部構造が視えるようになったのだ。


「スキルというものは、確かなもののように思えるけど、実際はそうじゃない。魔法や武術といった技能を概念として切り取って固形化したものなんだ。ただ、この固形化は結構大雑把なものらしくて、よくよく見ると無駄もある。その無駄を取ることで、スキルの性能を上げつつ、取得SPを軽減することができた」


「そのこともすさまじい話ですが、その改良したスキルをいともたやすく他人に与えられるのはどういう理屈なんですか?」


「スキルの改良をする中で、スキルが人の魂に定着するプロセスがわかってきてな。たぶん、ダンジョンマスターとしてモンスターにスキルを与える経験が生きたんだろう」


 ミニスライムをはじめ、ダンジョンマスターの権能で造り出したモンスターには、コストを払うことで好きなスキルを与えられる。

 アサイラムの警備や探索科のヘルプ、異世界人の保護、研究科への協力のために、この数ヶ月でかなりの数のモンスターを作ったからな。


 俺にはシュプレフニルからもらった【君だけの世界】という勇者のサポートアビリティもある。

 ジョブ世界のシステムをエミュレートし、かつこの世界のシステムからの干渉を防いでくれるというアビリティだ。

 俺だけがこの世界でスキルシステムの影響を受けずに魔法その他の不可思議な異能を扱える。

 スキルという出来合いのカラーブロックではなく、生のままの異能をな。

 異世界人であっても、一度この世界でステータスを獲得してしまえば、スキルシステムの干渉を受けずに異能を扱うことは難しいのだ。


「シュプリングラーヴェンの人たちがスキルなしで異能を操る感覚もわかってきたよ」


 スキルはいわば、自転車の補助輪だ。

 自転車にうまく乗れないうちは便利だが、うまく乗れるようになると邪魔になる。

 もっとも、補助輪がなければ自転車に乗れるようになるまでに時間がかかる人もいるだろう。

 自転車ならともかく、それが魔法のような特殊な技能なら、補助輪なしにはまったく歯が立たないこともある。


「もう俺の中ではスキルを使うという意識が薄らいでててな。やりたいことをやろうとすれば、自然とスキルを使ったのと同じ結果が得られるんだ」


 自転車に乗るというのはひとつのスキルと言えるだろうが、自転車に乗るスキルがステータスになければ自転車に乗れないわけじゃない。


「ユウトさんは既にこの世界ののりを超越した存在なのですね」


「そんなすごいもんじゃないさ。刺されれば普通に死……なないな」


 以前は「サバイブ」「リバイブ」やジョブのユニークボーナスという形で扱っていた各種の蘇生能力だが、これも意識することなく発動できるようになっている。

 生き返ろうと思えば、いくつかの方法で自転車に乗るようにして生き返ることができるわけだ。


 大規模なものでなければ、魔法もほとんど意識せずに発動できる。

 術の内容もスキルに定義された定型的なものではなく、自分で思い描いた通りの現象を起こすことが可能だ。


 俺は冷めてきた自分のコーヒーとシャイナの紅茶を魔法を使って加熱する。

 使用する魔力は少ないが、出来合いのスキルではこんな微調整は不可能だ。


 問題は、俺以外には真似できないってことなんだよな。

 ほとんど直感的にできるせいで、俺としてもやり方をうまく説明できない。


 その代わりにスキル自販機で改良したスキルを提供し、探索に活かしてもらってるわけだ。

 「逃げる」クリスタルを育てるためにも探索科の探索効率は重要だからな。


「それだけの力を持ちながら、なぜ地下に隠れているんですか? その気になれば、ユウトさんには王になることだってできそうに思います」


「俺は力づくで社会を変えたいわけじゃない。誰もが納得するような形で、凍崎の欺瞞を暴きたいと思ってる。そのためのアサイラムなんだ」


 

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