242 アサイラムへ
青いポータルに入ると、俺は狭い石室の中に出る。
石室の左右には俺の造り出したからくり兵が直立不動で並び立ち、外から入ってくる者を警戒している。
今回は入ってきたのが俺だったので、からくり兵たちはびしっと気持ちよく揃った礼をしてくれる。警察や自衛隊の人が帽子のつばに手を当てるアレだな。
「お疲れさん」
からくり兵が疲れることはないが、なんとなくねぎらいの言葉をかける俺。
目上が目下をねぎらう場合は「ご苦労様」だという話もあるが、俺は目下だろうと「お疲れ様」で通している。
ねぎらいの言葉でマウントを取れるような身分かよ、と自分のことを思ってるからだ。
「シャイナさんは案内してくれたか?」
ここのからくり兵たちには、青いポータルから出てきた者の選別を命じている。
絶望から逃げ出したいと強く願った者の前に現れる青いポータルだが、この仕様には難点もある。
青いポータルそのものは入ろうと思えば誰でも入れてしまうのだ。
逃げたい者だけではなく、その雇い主側の探索者が青いポータルに飛び込むこともできてしまうということだ。
その対策として、青いポータルの出口を「アサイラム」への直通にはせず、いったんこの石室を経由するように設定した。
異世界人たちの避難所にして俺の活動拠点であるアサイラムに、奴隷使いに成り下がった探索者たちを通すわけにはいかないからな。
さっき保護したシャイナさんも一度はこの石室に出たはずだ。
俺の問いに、からくり兵の一体がこくりとうなずく。
「そうか。ありがとう」
俺はからくり兵たちのあいだを抜け、石室の奥にあるドアを開く。
このドアは通常のダンジョンのボス部屋にあるのと同じ仕様になっていて、ちょっとやそっとでは壊せない。
ドアの奥は正方形の小部屋だ。
四隅にからくり兵が立っている他、中央奥の壇上にあるポータルの前には、俺の造ったミニスライムの一体――ラケシスがいた。
ラケシスは部屋に入ってきた俺を見てぽよんと弾む。
「何もなかったか?」
わざわざ聞かなくてもわかってるのだが……そこはまあ、コミュニケーションということで。
ふるふると震えるラケシスを見て、俺はうなずく。
俺の肩の上にいるアトロポスとこのラケシス、今は抜け番のクロートーの三体には、主に青いポータルの守護をしてもらっている。
以前は実家に一体を置くようにしてたんだが、そっちのほうは別の対策に切り替えた。
もし誰かが俺の両親を俺に対する人質にしようとしたり、脅しのために危害を加えようとしたとしても、迎撃できるだけの準備がある。
もっとも、相手はこの国そのものだ。
俺には想像もつかないような圧力のかけ方があるのかもしれず、絶対に安全とは言い切れない。
本当にヤバくなったら直接保護するつもりでいるが、両親にも社会生活があるからな。物理的には安全でも、世の中から完全に切り離されたような生活は、別の意味で問題が出てきてしまう。
俺はラケシスの頭(?)を撫でてから、壇上の青いポータルに飛び込んだ。
一瞬のめまいの後、俺は広いドーム状の空間に出現する。
広さは東京ドームくらいはあるだろう。壁面が土剥き出しでは殺風景なので、コバルトブルーのタイルで覆ってある。
正確に半球の形をしたドームの中央に、青く透き通った大きなクリスタルが浮かんでいる。
有名ロールプレイングゲームのタイトル画面に出てくるようなきれいな結晶構造の水晶は、宙に浮かんだままゆっくり横に回転している。
「だいぶ育ってきたな」
俺は水晶を見上げてつぶやいた。
水晶の大きさは、長辺で3、4メートルくらいだろうか。
俺のかき集めたリソース――DPやらMPやらマナコインやら不要なアイテムやらを分解して純粋なエネルギーとして抽出し、それを結晶化させたのが、目の前にあるこのクリスタルだ。
とくに名前はないが、俺は「逃げる」クリスタルと呼んでいる。
青いポータル――「逃げる」ポータルをくぐって逃げてきた人たちの「救われた」という気持ちもまた、このクリスタルに力を与えるからだ。
絶望に押し拉がれた人の魂がダンジョンを生むのなら、絶望から救われた人たちからはダンジョンを生むのに等しいエネルギーが消え去っているはずだ。
その消え去ったエネルギーを、このクリスタルに蓄えているというわけだ。
もちろん、言うほど簡単なことじゃない。
クリスタルから視線を下ろして地面を見ると、床には複雑で緻密な魔法陣が描かれている。
俺が手に入れたスキル「魔法陣」だけでは、ここまで大規模な魔法陣は組めなかった。
じゃあどうしたのかというと、素直に人の力を借りたのだ。
俺はジョブ世界の俺’と共有された「アイテムボックス」経由で文通ができるからな。
ジョブ世界の紗雪に魔法陣の監修を頼んだのだ。
描くべき模様さえわかれば、あとは俺の「魔法陣」スキルで事足りる。
「計算上はこのクリスタルがドームの半分くらいの大きさになれば足りるはずだ」
何に足りるかって?
それは当面秘密にしておこうか。
今の状況を覆すための秘策があるとだけ言っておこう。
「悠人さん!」
ドームの外縁側から現れたのはほのかちゃんだ。
そのそばには、保護したばかりのエリュディシアの王女――シャイナレーゼ姫がいる。
ほのかちゃんは俺の近くに駆け寄ってきて、
「お帰りが遅いから心配しました」
「悪い。野暮用があってな」
地上でロシアの固有スキル持ちに襲撃されたことは黙っておこう。
心配させるだけだしな。
ちなみに、あのロシア人――ミハイル・ウスペンスキーの身柄は、既にしかるべき相手に渡してある。
地上は決して俺の敵ばかりなわけじゃない。
この人はと見込んだ人は、俺が「強制解除」で凍崎の「作戦」を解き、事情を話して協力者になってもらっている。
まあ、「この人はと見込む」部分に関しては、芹香や灰谷さんのアドバイスに従ってるだけなんだけどな。
ウスペンスキーを引き渡したのは警察関係の人で、本人が言うには「所属を明らかにできない部署にいる」とのことだった。
ウスペンスキーの肩書きは「ロシア大使館参事官・ロシア対外情報局東京支局長」といういかついもので、要するにロシアの日本における諜報活動の司令塔的な存在だったらしい。
被害者(=俺)が名乗り出ることができないから法的に処罰することは難しいというが、今の日本の「空気」ならば手段を選ばずなんらかの対処がされるだろうと言っていた。
今、この国の国民の多くが「異世界へのゲートを狙って他国が侵略してくるのではないか」と疑心暗鬼になっている。
そのせいで、スパイと目された人物への風当たりは、一昔前とは比べ物にならないほど厳しいらしい。
折村前総理が総辞職前に通した防諜法もあることだしな。
でも、だからといってウスペンスキーに同情する気にはなれないな。
あいつは「ストーリーテラー」という固有スキルを使って、俺の精神を虚妄の世界から帰ってこられなくしようとした。
ある意味では殺すよりも酷い目に遭わされかけたわけで、穏便に対処してやってくれなどと頼む気にはなれなかった。
「ストーリーテラー」の使用履歴を遡ってみたら、他にも被害者がいることがわかったからな。
履歴から「強制解除」はしておいたが、長い間虚妄の世界に閉じ込められていた人たちが無事でいるのかはわからない。
なにかと心労の多いほのかちゃんにそんなことまで話して心配ごとを増やす必要はないだろう。
「シャイナさんはどうだ? 疲れてたり、どこか怪我をしてたりはしないか?」
「疲れ果ててはいますが、怪我はありません」
シャイナがしっかりした声で答えてくれる。
「翻訳石はもうもらったか?」
「翻訳石……ですか?」
「あっ、すみません。まだでした」
首を傾げるシャイナに、ほのかちゃんが言う。
ほのかちゃんは「アイテムボックス」から青い輝石を取り出して、
「この石を持っていてほしいんです。ペンダントとブレスレットが選べますが、どちらがいいですか?」
「この石は一体……?」
「スキル『翻訳』の効果を付与した魔石なんだ。『自由契約の首輪』には簡易的な翻訳機能が付いてるが、あんなものをずっと持ってるのも嫌だろ?」
ペンダントのほうが邪魔にならないとは思うが、以前は首輪を付けさせられていたわけだからな。首のまわりにものを付けるのに抵抗があるかもしれない。
そんな配慮から、ブレスレットタイプの石も用意している。
まあ、石を用意したのは俺だが、ペンダントやブレスレットを用意するのは生産科の人たちだし、ペンダント以外にブレスレットもあったほうがいいと言ってくれたのはほのかちゃんだ。
この石ももっと小型化して指輪にでもしたいんだが、一定期間魔力がもつものをと考えると、どうしてもある程度の大きさが必要なんだよな。
より純度の高い魔石を素材にすればできなくもないが、その分「逃げる」クリスタルの成長が遅くなる。
「ほ、翻訳の魔導具……ですか? そんな高価なものを?」
「首輪にだってついてるじゃないか」
「あれは本当に簡易的なもので、感情を増幅して伝える程度の効果しかありません」
「シャイナさんは結構意思疎通できてるみたいだけど……」
「私は魔導具とは別に日本語を学習しましたから」
たしかに、政府の異世界人受け入れプログラムでは、短期間の日本語の授業がある。
首輪の簡易的な翻訳と合わせれば、探索時の意思疎通ができるという触れ込みだ。
だが、日常的なより複雑な会話は難しいらしく、意思疎通の困難によるトラブルも頻発していると聞いている。
「シャイナさんは優秀なんだな。おっと、宮廷魔術師に対して失礼だったか」
「いえ、あなたは私の救い主です。この命をどう扱おうともあなたの自由です」
「異世界の文化を尊重する気はあるけど、そういうのは勘弁してもらいたいな。俺は俺にできることをやってるだけで、感謝を求めてるわけじゃない」
どちらかといえば、いちいち恩に感じられるほうが面倒という感覚だ。
恩だの感謝だの、密な人間関係ができると息苦しさを覚えるあたりが、元ひきこもりとしての限界だろう。
「恐れ入りました。なんと崇高なお志でしょう。この世界にも英雄と呼べる方がいらっしゃったのですね」
「やめてくれ。俺は英雄なんてガラじゃない」
「しかし、これほどの恩を返すなというのもかえって酷です。何か私にできることはないでしょうか?」
「そうだな……。エリュディシアの王女で宮廷魔術師だってことだから、相談に乗ってもらいたいことはいろいろあるか。だが、まずはここの暮らしに慣れてくれ」
「ここ……ですか?」
「ほのかちゃん、アサイラムの案内は?」
「すみません、まだです。悠人さんが帰ってこないので心配で……」
「ああ、そりゃそうか」
春河宮勇人に足止めを食らったからな。
そりゃほのかちゃんとしては俺のことが心配で、シャイナの案内どころじゃないだろう。
「それなら、まずはアサイラムの案内をしよう。ここのことを知ってもらわないと話にならないからな」
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