204 天啓
通常、ダンジョンフラッドを鎮圧するには、ダンジョンに乗り込んでボスを倒す必要がある。
だが、神取の身体に浮き上がった黒い点はあまりにも小さい。
俺はもちろん、ミニスライムのアトロポスでも入れない。
では、神取のやり方を真似るのはどうか?
ミクロなダンジョンにはミクロなモンスターを。
簒奪者の技能で白い霞からスライムマクロファージをカード化し、そのスライムマクロファージにダンジョンを攻略させて――
いや、ダメだな。
とてもじゃないが、神取の身体にあるダンジョンの数が多すぎる。
すべてのダンジョンを踏破できるだけの数のスライムマクロファージをカード化するのはさすがに無理だ。
しかも、ただ単にダンジョンと同じ数を揃えればいいわけじゃない。
神取が「分裂」で生み出したスライムマクロファージにダンジョンを踏破させることができたのは、膨大な数を打ったからだ。
ほとんどのスライムマクロファージが途中で失敗することを前提に、とにかく大量のスライムマクロファージをマイクロダンジョンに送り込んだんだろう。
いくら俺が簒奪者の技能でスライムマクロファージをカード化できるといっても、一体一体スライムマクロファージを捕まえてはマイクロダンジョンに送り込むという流れを、何千何万回と繰り返すだけの時間はない。
一連のプロセスを「スキルマクロ」で自動化できた神取とは、大元の条件が違うのだ。
従って、ダンジョンを真っ向から踏破するのは不可能だ。
ならば、なんとかしてダンジョンそのものを潰すしかない。
真っ先に候補に上がるのはクダーヴェだな。
あいつのメギドブレスは崩壊した奥多摩湖ダンジョンの外壁すら消し飛ばした。
神取の身体に浮かんだダンジョンを入口ごと消し飛ばすこともできるだろう。
だが、クダーヴェを呼ぶには、ここはあまりにも狭すぎる。
海ほたるダンジョンは全体的に通路も部屋も窮屈めの造りになってるからな。
ダンジョンマスターの感覚で把握した限り、クダーヴェを呼べそうなスペースは見当たらない。
もし無理やり呼べたとて、このダンジョン内でメギドブレスをぶっ放せば、海上にある海ほたるにまで被害が及ばないとも限らない。
海ほたる崩壊なんて、もう完全にテロだよな。
そこで、俺の脳裏に新しいアイデアが閃いた。
いきなり心の目を開かされ、見えなかった領域に明るい光が射し込んだような感覚だ。
これはきっと、
Skill──────────────────
天啓5
本来の自分の発想では思いつき得ない選択肢を思いつくことがある。そのような選択肢が存在する状況下においてS.Lv×2%の確率で発動する。
────────────────────
このスキルが発動したんだろう。
「天啓」で思いついたアイデアは、「神降ろし」のスキルを使うというものだ。
Skill──────────────────
神降ろし
その戦闘中、神の力をその身に降ろす。このスキルを使用するには敵が強敵である必要がある。降ろせる神はその時々によって変わる。一度「神降ろし」を使用した後、再び「神降ろし」を使用して別の神を降ろすと、前の神からペナルティを課されることがある。ペナルティはこのスキルの使用間隔が短いほど苛烈なものになりやすい。使用時に神の名を指定すると呼びかけに応えてくれることもある。
────────────────────
「神降ろし」には、相手が「強敵」であることという条件がついている。
スライムマクロファージは「強敵」とは呼べないだろう。
だが、神取桐子はレベル的に「強敵」と呼べなくもない。
なら、発動条件は満たせるはずだ。
発動条件が満たせないスキルを「天啓」が推してくるとは考えにくいしな。
ただ、「天啓」で閃いた選択肢が常に正解であるという保証はない。
単に、俺が思いつかない選択肢をサジェストしてくれるってだけだ。
とはいえ、「自分には思いつきえない選択肢」とある以上、その選択肢がバッドエンド直行というのは考えにくい。
自分には思いつかない「よい」選択肢ではあるはずだ。
ベストかどうかはともかくとして、少なくともベターでなければおかしいよな。
なら、使うスキルは「神降ろし」で確定だ。
問題は、神様の指名をするかどうかだな。
説明文には「使用時に神の名を指定すると呼びかけに応えてくれることもある」とある。
俺が神と聞いて真っ先に思いつくのは断時世於神社にいるいつもの神様だ。
しかしあいにく、俺はあの神様の名前を聞いたことがない。
神様は神様であって名前はないってことなんだろうと思ってた。
実際、神様もそういう口ぶりだったはずなんだよな。
正確に覚えてるわけじゃないが、
ともあれ、そこら辺の事情はよくわからないとしか言いようがない。
一応、俺も「神降ろし」を使う時に備えて、「神の名前」については調べてみた。
神社仏閣教会なんかの宗教施設にはダンジョンが発生しやすいと言われてる。
なら、そうしたダンジョンの中では、ダンジョンの所在地にゆかりのある神を指名すれば応えてもらいやすくなるんじゃないか?
海ほたるダンジョンへの出動は急遽決まったから調べる時間があまりなかった。
海ほたる自体は近年の人工物だから神社のような由緒書があるわけもない。
ただ、この近辺を舞台にした神話ということでは、わりとメジャーな神様がいるにはいた。
だが、いかんせん大御所だ。
急な指名に応えてくれる保証はない。
指名が空振りした場合、「神降ろし」自体が失敗するかもしれないからな。
しかも、別の神様を指名した後に、「それ以外の神様でいいから降りてきてくれ」と言うのは、他の神様の顰蹙を買うんじゃないか?
美容室でカットの予約をする時に、いつもの美容師を指名しようとしたら、その日は埋まってるってことがあるよな。
そこで他の美容師の指名はありますかと聞かれても、他の人の名前まで覚えてないし。
かといって「誰でもいいです」とも言いにくい。
俺はうっかり「空いてる人で」と言ってしまい、当日その美容師さんとなんとなく気まずかったことがある。
いつもの人も同じ時間帯に出てきてるからなおさらだったな。
かといって、こちらの都合よりいつもの美容師さんの空いてる時間を優先するのもおかしな話ではある。
「いつもの人を指名しないと恨まれたりするのかな……」とこっちが気を遣ってること自体、ちょっと理不尽な感じがしなくもない。
その辺の面倒を避けるには、電話で予約するのではなく、ネット経由で予約するに限るんだが……
って、そんなことはどうでもよかった。
思考を加速してるせいでつい脱線が過ぎてしまったな。
もちろん、考えてるあいだにも無詠唱で攻撃魔法をぶつけてる。
さいわい、男児会の探索者や大和が倒れてる場所は白い霞の発生源である神取からは離れてる。
最初に不意打ちで叩き込んだ「ウインドブラスト」の烈風が、それぞれの陣営を引き離した格好だ。
もちろん、その効果を狙って風属性の魔法を選んだのが。
思考加速と魔法連打でMPはかなりの速度で減ってるが、現在の俺のMPならまだ時間的な余裕はある。
さて、「神降ろし」の話に戻ろう。
今の状況を考えると、どうしても神を指名しなければならない状況でもなさそうだ。
指名したところでその神が現状の打破に都合のいい力を貸してくれる保証もない。
むしろ、指名せず成り行きに任せたほうが、状況に合った神が降りてくれるのではなかろうか。
ひょっとしたら最近ご無沙汰のいつもの神様が来てくれるかもしれないしな。
奥多摩湖ダンジョン崩壊の時には俺用にダンジョンを造ってくれようとしてたくらいなんだから、神取のマイクロダンジョンをどうにかしてくれる可能性もある。
まさに困った時の神頼みではあるが、スキルやアビリティではダンジョンそのものを傷つけられないんだからしょうがない。
「いいさ、やってみよう。『神降ろし』!」
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