198 作戦変更

 結果から言えば、男の案内はさほど長い時間は必要なかった。


「……こっちだな」


 とつぶやき、男を追い抜いて駆け出す俺。


 「超聴覚」のスキルがダンジョンの奥の人の声を捉えたのだ。


「あ、おい!」


 男を置いていく形になるが、途中のモンスターを全滅させておけば問題ないだろう。

 「逃げる」でリセットをかけない場合、モンスターのリポップには数分から数十分の時間がかかるからな。


 男がいなければ「空歩」を使ってモンスターの頭上をスルーするって手もあったんだけどな。

 激しく動きながらだと魔法で姿を消すことはできないが、モンスターに視認されるより早く駆け抜けることで、モンスターとのエンカウントを避けることはできる。


 俺の場合、モンスターとエンカウントしたとみなされると、「逃げる」の発動条件を満たしてしまい、逃げエリアに囚われる。

 そうなると、逃げタイマーの要求時間――現在なら15秒の逃走時間が必要だ。

 「逃げる」がないほうが早く逃げられるっていうのは皮肉だよな。

 もちろん、「逃げる」を使ったほうが、戦ってたモンスターに追いかけられずに済むってメリットはあるんだが。


 それでも、魔王の魔法技能で重力を消し、「空歩」で空中を蹴るという複合技を駆使することで、俺は空中を滑るように「走って」いく。

 すれ違いざまに雷の範囲魔法を放ってモンスターを黒焦げに。

 落雷の轟音は魔王の魔法技能で真空を生み出して吸収させる。


 「超聴覚」が捉えたのは、聞き覚えのある少年の声だった。


『……れは、自由契約……首輪といって……』

『よくわからんが、これを……だな?』


 大和が何かを言い、男児会の探索者らしき男の声がそう答える。

 カチャカチャと何かを身に着けるような音がした。

 声よりも高い物音のほうが聞こえやすいみたいだな。


 耳を澄ませながら敵を薙ぎ払い、先に進むと、


『――神取!』


 大和が大きめの声で言うのがわかった。


「あっちか」


 俺は足を速めて角を曲がる。

 ある程度近づいたところで速度を落とし、自分の気配を慎重に抑える。

 かつては「ステルス」だったダンジョンマスターのユニークボーナスを使い、自分の姿を魔法で消す。


 「ステルス」がスキルではなく魔法扱いになったことで、今では同じことを魔王の魔法技能で再現することもできる。

 千鳥ヶ淵ダンジョンで手に入れた「死霊魔法」もそうだが、あらゆる魔法は魔王の魔法技能の取り扱い範囲に含まれる。

 「魔王の魔法技能」という大きなハコにあらゆる魔法をごたまぜに突っ込めるようになったわけだ。

 直感的に管理しやすいのに加え、日々魔法のアレンジの幅が広がり、魔法という技術・現象への理解が深まってる。


 もはやスキルが、自転車の要らなくなった補助輪のように思えるほどだ。

 スキルというこの世界特有のシステムが、利便性と引き換えに能力からどれほどの奥行きを奪ってるかがよくわかる。


 だが、あいかわらずスキルやジョブの技能・アビリティ・ユニークボーナスという形でしか扱えない能力もある。

 いちばん代表的なのは「鑑定」系のスキル・技能だろう。


 俺は息を整えつつ、角から慎重に奥を覗く。

 角の奥には通路が続き、かなり先に小部屋の入口があるのがわかる。

 ダンジョンマスターの技能のおかげで、小部屋の間取りは把握済みだ。

 もっとも、中はかなり乱雑に改装されてるようだから、細かい部分まではわからない。

 小部屋の入口までは数十メートルもあるが、「視力強化」のおかげでここからでも入口付近の様子は見える。


 入口付近では、男児会の探索者たちが殺気を放ちながら武器を中に向かって構えてる。


 探索者は合計で……十人だな。

 俺の後から遅れてついてきてる男と大和を加えれば十二人。

 六人パーティ二つ分になる計算だ。


 その十人の真ん中あたりに大和がいる。

 そして、その大和が顔を向けてる先に、白衣を纏った女性がいる。


 神取だ。

 神取は薄汚れた白衣のポケットに両手をつっこみ、男児会の探索者たちに虫を見るような目を向けている。


 大和の第一声は、俺の予想を裏切るものだった。


「約束通り、連れてきたぞ」


 大和が神取にそう言った。

 ぶっきらぼうな口調だが、世の男性を一人残らず滅ぼそうと目論むマッドサイエンティストへの憎悪の色は見られない。


 そのことに動揺したのは、男児会の探索者たちだった。


「や、大和……?」


 発言の真意を問うた探索者に、


「黙ってろ」


 大和が冷たく命令する。


「……っ、……ッ!?」


 大和に問いかけた探索者から動揺の気配。

 俺の位置からでは顔は見えないが、狼狽えてるのは気配でわかる。

 探索者としての能力がなかったとしても、男の背中を見ただけでわかっただろう。


 仲間の様子に驚いた他の探索者たちが何かを言おうとする気配を見せるが、結局声を出せたものはいなかった。


 探索者の一人が大和に掴みかかろうとする。


 だが、


「動くな」


 大和の一言で、探索者たち全員の動きが止まった。


 ――状況は解せないが。


 今のうちに、俺はやるべきことをやっておこう。


 やるべきことというのは、もちろん、大和のステータスの確認だ。

 同じく視界に入ってる神取のものも見ておくべきだろう。

 どう考えても、探索者同士の暗黙のエチケットを律儀に守ってるばあいじゃないからな。


 使うのはもちろん「詳細鑑定」だが、まずは標準的なステータスからだな。



Status──────────────────

桜井大和

レベル727

HP 3444/3444

MP 12617/12617

攻撃力 15969

防御力 9672

魔 力 16236

精神力  8497

敏 捷 17550

幸 運 2908


・固有スキル

シャーデンフロイデ


・取得スキル

弓技4 集中 敏捷強化3 治癒魔法3 MP強化3 威圧 咆哮 統率 潜水 水中呼吸 水中行動


・装備

ラピッドクロスボウ

竜鱗のブレストガード

矢弾きの篭手

イベイドブーツ

ミラージュマント

身かわしの指輪


・作戦

「命を燃やせ」「手段を選ぶな」「最後の一滴まで搾り取れ」「力こそすべて」


SP 2242

────────────────────

Skill──────────────────

シャーデンフロイデ

全戦闘参加者の最大HP・現在HPを強制的に1にする。


能力値補正:

「シャーデンフロイデ」の所有者は、各能力値に以下の補正を常に受ける。

HP -50%

攻撃力 +50%

防御力 -30%

魔 力 +50%

幸 運 -50%

────────────────────



 さて、いろいろつっこみどころはあるが、


「……作戦?」


 いちばん引っかかるのはこれだろう。

 言うまでもなく、俺がこれまで見てきたステータスの中に、「作戦」なんて項目は存在しない。


「そういう固有スキル……でもないよな」


 大和の固有スキルは「シャーデンフロイデ」。

 「全戦闘参加者の最大HP・現在HPを強制的に1にする」というのは、リスキーだが使い方によっては強いだろう。

 他のスキルや装備を見ると、大和は弓での遠隔攻撃+回避特化のスタイルだ。

 「シャーデンフロイデ」で敵のHPを1にしてから弓の一射で片付ける――そんな戦闘スタイルを取ってるんだろうな。


 どう考えても心臓に悪いスタイルだが、うまくハマれば狩りの効率はおそろしく高い。

 俺のようにソロではなく、仲間もいれば保険も利く。


 ……えげつない能力値補正に泣かされてそうな点では共感を覚えなくもない。

 俺同様、ピーキーな性能の固有スキルと極端な能力値補正に悩みながら、現在のスタイルに辿り着いたんだろう。


 それはいいとしても、この「シャーデンフロイデ」に「作戦」なるステータスを生み出す効果はなさそうだよな。

 所有スキルの中には「統率」があるが、これは自分がリーダーを務めるパーティ内での連携を高める効果しかない。

 渋谷ハチ公前ダンジョンのボス・プレデターウルフが持ってるのを確認済みだ。


 おそらくだが、この「作戦」なる項目が表示されたのは、「詳細鑑定」の仕業だろう。


 俺は、溢れるように表示される「詳細鑑定」の情報から、「作戦」に関連しそうな部分を探し出す。


「……これは」



────────────────────

凍崎征爾せいじの「作戦変更」>判定:成功

凍崎征爾の「作戦変更」により、作戦「命を燃やせ」「手段を選ぶな」「最後の一滴まで搾り取れ」「力こそすべて」が付与された。

────────────────────


Info──────────────────

作戦「命を燃やせ」

この作戦を設定された者は、HPが自動で回復し、肉体的疲労や病気による悪影響を無視することができる。副次的効果として、作戦解除後にそれまでに蓄積した疲労や悪影響をまとめて受けることになる。

────────────────────

Info──────────────────

作戦「手段を選ぶな」

この作戦を設定された者は、思考速度がS.Lv×10%上昇し、本来の自己の発想であれば思いつかない選択肢にS.Lv×2%の確率で気づくようになる。副次的効果として、倫理的な判断能力が低下し、本来であれば道徳的にためらわれる行動を躊躇なく取るようになる。

────────────────────

Info──────────────────

作戦「最後の一滴まで搾り取れ」

この作戦を設定された者は、自身をリーダーと認める対象からHP、MPを任意に奪い取ることができる。副次的効果として、他者の心身の痛みに対する共感性を喪失する。

────────────────────

Info──────────────────

作戦「力こそすべて」

この作戦を設定された者は、攻撃力と魔力がS.Lv×30%上昇し、防御力と精神力がS.Lv×20%低下する。副次的効果として、自分より強い者には服従し、自分より弱い者を虐げる精神傾向が強くなる。

────────────────────



 俺が見つけた情報は、過去のログの一部らしい。

 「詳細鑑定」でステータスに影響のある情報を芋づる式に掘ることができた。


「つっこみどころがまた増えたな……」


 凍崎征爾となってるが、これは俺の知る凍崎誠二のことでいいんだろうか?

 いくら「詳細鑑定」でも、ログの記録から別人のステータスを呼び出すことは不可能だ。

 名前の読みが同じことからすると同一人物の可能性が高そうに思えるよな。

でも、凍崎誠二は公人だ。

 本名とは別の名前を使って選挙に出ることはできたと思うが、経営者時代から別の名前で活動してたとは考えにくい。


 そして、凍崎誠二(征爾)が使用したと思しき「作戦変更」というスキル。


「まずまちがいなく固有スキルだろうな……」


 通常のスキルとしては効果が強力だし、なにより融通が利きすぎる印象だ。


 その「作戦変更」によって、大和には四つもの作戦が付与されてる。

 作戦はそれぞれが強力な強化バフ効果を持つ一方、精神面に作用する強烈な副作用が設定されている。


 「手段を選ぶな」では、思考速度が上がると同時に、自分の発想を超えた選択肢をひらめくようになる。

 スキルで言えば「思考加速」と「天啓」に当たるかなり強力な効果だな。

 だが一方で、「倫理的な判断能力が低下し、本来であれば道徳的にためらわれる行動を躊躇なく取るようになる」という洒落にならないデメリットがある。


 「最後の一滴まで搾り取れ」は、「自身をリーダーと認める対象からHP、MPを任意に奪い取ることができる」効果を持つ。

 しかし、「副次的効果として、他者の心身の痛みに対する共感性を喪失する」。


 「力こそすべて」は、「攻撃力と魔力がS.Lv×30%上昇し、防御力と精神力がS.Lv×20%低下する」。

 前二つに比べれば穏当に見える効果だが、シンプルに強力なバフだよな。

 だが、副次的効果は「自分より強い者には服従し、自分より弱い者を虐げる精神傾向が強くなる」。


「……最近大和がおかしくなった理由はこれかよ」


 さっき助けてやった男児会の男が言ってた通り、凍崎誠二が元凶らしい。


 さらには、


「『命を燃やせ』……虚弱体質克服の理由はこれだろうな」


 「命を燃やせ」は、「HPが自動で回復し、肉体的疲労や病気による悪影響を無視することができる」という内容だ。

 ただし、「作戦解除後にそれまでに蓄積した疲労や悪影響をまとめて受けることになる」。


「となると、『強制解除』するのは危険だな」


 「強制解除」のスキルを使えば、俺はステータスにある任意の効果を除去できる。

 当然、「作戦変更」によって付与された作戦もその適用範囲に入るだろう。


 だが、「命を燃やせ」を大和から解除すると、大和はこれまでに「無視」してきた「肉体的疲労や病気による悪影響」を「まとめて受ける」。

 元が虚弱体質だというのなら、かなり深刻な事態にもなりかねない。


 とはいえ、もちろん、他の三つの作戦を解除することに問題はない。

 問題ないどころか、副次的効果のことを考えれば早く解除してやるに越したことはない。


 でも、この状況でいきなり解除するのも怖いよな。


 俺が考えをまとめるうちに、大和が神取に向かって問いかけた。


「これで、コールドハウスに入れてくれるんだな?」

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