170 君だけの世界

 体調も回復し、灰谷さんに頼んだマンションの手配も終わった。

 あとは転居するだけの状態だ。


 ジョブ世界からもたらされた俺の過去に関わる情報は衝撃だった。

 だが、今の俺に何ができるかと言われれば、できることは何もないと言うしかない。


 当時を知る人たちに聞き込みでもして紗雪の死が自殺でなかったことを証明する?

 それをしてどうなる?

 数年の歳月が経ち、痛手を受けた関係者たちも、それ相応に心の整理をしてるだろう。

 もちろん、親しかった人の中には今も整理がつかないでいる人もいると思う。

 だが、俺が彼らに紗雪は自殺してないと伝えたところで、信じてもらえるとは思えない。

 紗雪の自殺の原因の一端が俺にあると思われてるんだからなおさらだ。

 俺が自責の念に耐えかねておかしなことを言い出したと思われるのが関の山だろう。


 結局、心の傷に塩を塗り込むことにしかならないんじゃないか――


 この懸念も間違ってはいないとは思うんだが、その実、懐疑や反発を乗り越えて真実を伝えられる自信がないってことでもある。


 それでも何もしないではいられず、ジョブ世界の知識をもとに紗雪の家があった場所に足を運んだりはした。

 家そのものは残っていたが、表札は見知らぬ名字へと変わっていた。

 ……あんなことがあったんだから当然だろうな。


 地元に知り合いなんていないし、退学になった高校に突撃するのもはばかられる。

 俺が雑誌記者か私立探偵なら調査のしようがあったのかもしれないが、元ひきこもりのコミュ障、紗雪の自殺の「元凶」と名指しされてる身でできることはやはりない。


 紗雪が自殺でないことを証明するにはどうしたらいいか?

 いちばん証拠になりそうなのは遺書の一節を含む創作ノートを見つけることだ。

 だが、遺書偽装の証拠になりうるノートを凍崎純恋が処分してないとは考えにくい。


 ……ひとつだけ、方法はあるんだよな。

 ジョブ世界の紗雪に事情を打ち明け、ジョブ世界の紗雪から創作ノートを借りる、という手だ。


 しかし、これは証拠の捏造だ。

 本人の筆跡なんだからバレようがない……かというと、そうでもない。

 ジョブ世界とスキル世界のあいだには、数年分の時差がある。

 ノートが新しすぎると指摘されて年代鑑定のようなことをやられたら、よくできた偽物と断じられるおそれもある。


 紗雪が自殺してないことを訴えるべきか否かも切実な問題だが、これにからんで、もうひとつ気になってることがある。


 凍崎誠二が凍崎純恋を養女として引き取ったのは、あの事件のあとなのだ。

 凍崎誠二は凍崎純恋のやったことをどこまで詳しく知ってたのか?

 知ってたとしたら、なぜそんないわくつきの女を養女にしたのか?


 良くも悪くも有名な凍崎誠二については、新聞や雑誌の記事、書籍、ウェブ上の噂など、かなりの情報が出回ってるんだが、凍崎純恋の養子縁組に関する情報は見つからなかった。


 気にはなるが、今の俺に調べられるのはここまでだろう。


 紗雪のことは頭に留めつつ、俺は探索者としての活動を再開することにした。


 といっても、最初は地味なことからだ。


 俺は実家からほど近いところにある雑木林ダンジョンにやってきた。


 昔はスライムが元気にぴょんぴょん跳ねてる姿が見られたダンジョンだが、今はモンスターが一体も現れない。


 以前、俺がこのダンジョンのボスであるヒュージスライムをシークレットモンスターを使ってレベルレイズして倒し、レベル差ボーナスでとてつもないSPを巻き上げる……という無茶をした結果、このダンジョンは現在「枯渇」状態にある。


 ダンジョンの枯渇なんて現象は世間的にはまったく知られてないんだが、元から人気のない底辺ダンジョンだったおかげで、いまだに枯渇のことは知られてないようだ。


 散歩同然にダンジョンを進み、ボス部屋へとたどり着く。


「……やっぱりいないか」


 道中のモンスターだけでなく、ダンジョンボスも打ち止めになってるみたいだな。


 で、枯渇したダンジョンに何の用があるのか? って話だが、


「説明文の通りなら使えるはずなんだが……」


 と、俺がつぶやいたのはダンジョンマスターのアビリティのことだ。



Job──────────────────

ダンジョンマスター ランクS


「私と知恵比べをしようではないか。掛け金はおまえの命だが」


~地底に居を構える究極の世捨て人、あるいは餌をちらつかせ罠にはめることでしか人との関わりを持てぬ人間不信の哀れな隠者~


隠された上級職「ダンジョンマスター」は、ダンジョンを生み出し、管理することに特化した特殊なジョブです。

直接の戦闘能力はほとんどありませんが、リソースの許す限りダンジョンにモンスターや罠を設置することができます。自分の管理しているダンジョン以外のダンジョンの中ではこの技能は かなりの制約を受けます。

MPとINTが大きく伸びますが、HPには若干のマイナス補正がかかります。

直接戦闘は可能な限り避け、生み出したモンスターや罠で敵を近づかせずに倒しましょう。


◇アビリティ

【ダンジョン管理】

ダンジョンを生み出し、管理することができる。ダンジョンの生成には  が必要。ダンジョンの管理に必要なリソースは、  、MP、マナコイン、アイテム、モンスター等を消費することで得ることができる。

また、枯渇させたダンジョンを自分の管理下に置くことができる。

自分の管理下に置かれたダンジョンについては、あらゆる情報を望むままに得ることができる。


◇サポートアビリティ

【ダンジョントラベル】

踏破済みのダンジョンの任意の地点に転移することができる。転移には距離に応じたマナコインが必要。


◇ユニークボーナス

(以下略)

────────────────────



 スキルこの世界でダンジョン崩壊を阻止したときに、特殊条件によって「ダンジョン生成」のスキルを手に入れた。

 その後、ジョブ世界でこのスキルがダンジョンマスターのアビリティへと変化したのが、この【ダンジョン管理】というアビリティである。


 というより、「ダンジョン生成」という超絶レアなスキルを持ってたことで、ジョブ世界においてダンジョンマスターへの就職が可能になった……という感じだろう。

 特殊条件が「ダンジョンの崩壊を阻止する」という、いつにもましての無茶振りオブ無茶振りになってるからな。


 ダンジョンの生成には  ブランクが必要となってるが、枯渇させたダンジョンを管理下に置くだけなら必要ない――ように読めるよな。


 最下級のこのダンジョンを管理下に置く意味はあまりなさそうだが、能力を確認しておくためにやってきたというわけだ。


 俺がアビリティの行使を意識すると、



《このダンジョンを管理下に置きますか?》



 「天の声」が聞こえてきた。


「ああ」



《「葛沢南ダンジョン」の管理権更新を開始します。この作業には時間がかかることがあります...》



「……けっこうかかるな」


 しばらく待ってみるが、「天の声」がうんともすんとも言わない状態が続く。

 プログレスバーもないから進捗状況もわからない。


 ……そうだ。

 このあいだに気になってるだろうことを解説しておくか。


 いちばん重要なのは、シュプレフニルが約束した話はどうなったのかってことだよな。

 まずはこれを見てほしい。



Job────────────────────

勇者 ランクA


「悪を憎むすべてのものよ、われに続け!」


~終末の世界に残されし最後の希望、あるいは虚妄の正義に駆られたただの道化~


称号職である「勇者」は、人々の希望を糧に、決してあきらめることなく悪と戦う不屈の英雄です。

卓越した剣技と超常の存在から授かった特殊な魔法であらゆる苦境を切り開く力を持っています。

しかしその真価は、あきらめることを知らない不屈の闘志と、おのが正義を貫く覚悟にこそあるといえるでしょう。


物理攻撃にも魔法にも秀でたジョブで、あらゆる状況に対応する万能な能力を持っています。

ステータスは全般的にかなり高い成長を見せ、一つ一つの能力値でも一芸特化のジョブに見劣りしません 。

遠回りに見えますが、支援や回復の魔法を使い、集めた仲間に十全に力を発揮させることもまた勇者の大切な役割の一つと言えるでしょう。


◇アビリティ

【オーバーリミット】

特定のジョブのあらゆる性能を、ごくわずかな時間爆発的に高める。


【―未習得―】


◇サポートアビリティ

【君だけの世界】

異界の界竜シュプレフニルが編み上げた繭世界を自分の存在の外側に纏うことで、世界システムからのステータスへの有害な干渉を無効化する。繭世界は、現在の自分のステータスを、現在自分が存在する世界のシステムに適合するように翻訳する。また、この繭世界は、ジョブ世界固有のシステムを機能させるために必要な最低限のシステムをそのうちに包含する。


◇ユニークボーナス

通常の「勇者」と比べ、(以下略)


◇レベルアップボーナス

「勇者」はレベルアップ時の能力値上昇に以下のボーナスが加算されます。

HP +2, MP +2, 攻撃力 +2, 防御力 +1, 魔力 +1, 精神 +1, 敏捷 +1, 幸運 +1

さらに、戦闘スタイルに応じて合計で最大3ポイントの追加ボーナスが付与されます。

────────────────────



 本命にツッコミを入れる前に、細かいところから片付けようか。


 結論から言えば、あの決戦を経て、ジョブ説明文の各所が地味に成長してるんだよな。


 勇者のジョブランクはAのままだが、ジョブの定義文の一部に変異がある。

 以前は「器用貧乏になりやすい傾向にあります」となってた箇所が、「あらゆる状況に対応する万能な能力を持っています」になった。

 他にも、「ステータスは全般的にかなり高い成長を見せますが、一つ一つの能力値は一芸特化のジョブには見劣りしがちです」だった箇所が、「ステータスは全般的にかなり高い成長を見せ、一つ一つの能力値でも一芸特化のジョブに見劣りしません」へと上方修正されてるな。

 この変異がどの程度戦闘に影響するかは実際にやってみないとわからないな。


 もうひとつ、レベルアップボーナスの内容が、STR、INTなどから攻撃力、魔力などへと変化した。

 ジョブ世界とスキル世界でHP、MP以外の能力値は名称が違ったからな。

 ここには載せてないが、アイテムの装備効果(STR +21070など)も、スキル世界準拠の形に変わってる。

 ちなみにこれは、アイテムボックス経由でジョブ世界の俺’が取り出すと、元の記述に戻るらしい。


 レベルアップボーナスの最後には「さらに、戦闘スタイルに応じて合計で最大3ポイントの追加ボーナスが付与されます。」の一文がしれっと増えてるんだけど……レベルを上げられない俺には宝の持ち腐れにしかならないな。


 さて、細かい部分を片付けたところで、本丸に移ろう。


 勇者のステータスの本丸の変化は何かと言えば、それはもちろん、サポートアビリティに追加された【君だけの世界】だ。


 以前俺はスキルコンボの件でこの世界のシステムから弱体化を喰らった。

 この【君だけの世界】があれば、今後はそういった悪しき干渉を防げるということだ。


 同時に、あくまでもジョブ世界のものでしかないジョブやアビリティといったシステムを、この世界のものに「翻訳」してくれる。

 もしこの機能がなかったら、俺のステータスはスキル世界のシステムからエラーとみなされ修正や凍結の対象になりかねないという話だった。


 さらには、繭世界に「包含」されているシステムによって、この世界では本来使えないはずのジョブ世界の能力を使うことができる。

 OSの異なるパソコン上で別のOSを動かすような感じだろうか。


 説明文にはしれっと書かれてるが、かなりとんでもないことをやってるんじゃなかろうか。

 シュプレフニルは自分の言葉通りの機能をしっかり繭世界に持たせてくれたみたいだな。


 勇者の二つ目のアビリティは、以前のバグってた状態から未習得の状態に変化した。

 なんとかして埋めたくなるけど、この世界で新たにアビリティを得られるかは疑問だよな。


 それに関連して、もし今後転職をしたくなったらどうすればいいのか? という疑問も湧いてくる。

 ジョブ世界では、断時世於神社で神様がジョブを変えていた。

 RPGの転職神殿みたいな仕組みだよな。


 だが、ジョブ世界に再度渡る手段がない以上、今後ジョブ構成の変更はできないのかもしれない。

 ……まあ、「勇者/魔王/魔剣士/簒奪者/ダンジョンマスター」という全部載せみたいな構成をいじる余地はないと思うのだが。


 俺が脳内でそんな振り返りをしてると、



《「葛沢南ダンジョン」の管理権更新が完了しました。「葛沢南ダンジョン」の管理者は あなた です。》


 

「おっ、ようやく終わったか」


 処理の終了を告げる「天の声」に、俺は再び【ダンジョン管理】へと意識を移す。

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