168 探索者の住宅事情

 風邪が治ってから灰谷さんに連絡を取ってみると、


『それでしたらパラディンナイツが所有するマンションがあります。福利厚生の一環として家賃は相場よりかなりお安くできますよ』


 との答えが返ってきた。


「寮みたいなもんか?」


 寮=共同生活=馴染めずに浮く、まで一瞬にして脳内シミュレーションが完成した。


『いえ、パラディンナイツ以外の探索者にも貸しています。もちろん、信用できる方に限って、ですが』


「芹香が持ってるマンションとは別なのか?」


『ええ。芹香さんが所有しているマンションでは家賃が高すぎて手が出ない人がほとんどですから。探索するダンジョンへのアクセスも考えて都内に数箇所ギルド所有の物件があるんです。所属探索者だけだと空室が出てしまうので他の探索者にも貸しています』


「そうなのか」


『攻略するダンジョンが変わると転居される方もいますからね。着の身着のままでも入居できるように、基本的な設備は用意してあります。気が変わったら一ヶ月単位で解約することも可能です』


「それは便利だな」


 っていうか、灰谷さんは不動産の管理までやってるんだな。

 そんな俺の疑問を汲んだのか、


『探索者は賃貸物件を借りにくいんです。収入が不安定な上に、ダンジョンでいつ死んでもおかしくありませんので』


「ああ、いきなり死なれて家賃が未払いになるリスクがあるのか」


『ええ。しかし、死んだとわかるならまだいいほうです。借り主が行方不明になった場合、貸主が家賃を回収するには裁判が必要になってしまいますから』


 そりゃ貸したがらないのも当然だな。


「一般的にはどうしてるんだ?」


『所属ギルドに保証人になってもらうことが多いですね。ギルドに所属していない探索者は、探索者協会からの保証を受けることもできます。ただし、結構な保証金がかかりますね』


「なるほどな」


『蔵式さんであれば、いっそマンションや家を一括で購入してしまったほうが面倒がないかもしれません』


「いや、さすがに都内のマンションを買うような資金はないな」


『そう……なのですか? 蔵式さんの実力であれば……』


「……固有がらみの事情があってな」


 「逃げる」を使うと所持金の(50-S.Lv×10)±20%を落とすからな。

 「逃げる」のスキルレベルが3になったことで落とす金額が減ったはずだが、金が貯まりにくいことに変わりはない。

 ……まあ、ダンジョンボスをシークレットモンスターでレベルレイズして倒し、ダンジョンから銀行に直行して金を預ける、という貯金方法はあるのだが。


 ローンを組むための頭金くらいの貯金はあると思うが……灰谷さんの話を聞く限りだと、探索者はそもそもローンの審査が通らなそうだよな。

 実際、実家を三十年ローンで購入した会社員の父とくらべると、いかにも収入が不安定で、返済が滞りそうに見えそうだ。

 灰谷さんが「一括で」購入してしまったほうが、という言い方をしたのはそういうことなんだろう。


『そういうことであれば、やはりギルドのマンションを借りるのいいかと。将来どういった探索者生活を送っているかは現時点ではわからないと思いますし』


「だよなぁ」


『……私としては、芹香さんと同棲してしまえばいいのではないかとも思うのですが』


「い、いや、段階ってもんがあるだろ?」


『……そうですか』


「なんで残念そうなんだよ?」


『いえ、大したことでは。私の部屋の真上で芹香さんが他の男に抱かれているのかと思うと、じれじれして仕事に熱が入りそうだな……と思っただけです』


「いや、他の男て」


 紛れもなく女性だろ、あんた。

 っていうか灰谷さんも同じマンションに住んでるんだな。

 ……もし階上からその手の騒音が伝わったりしたら、どれだけ冷やかされるかわからない。


 同棲と言えば聞こえはいいが……いや、よくはないかもしれないが、現状だと芹香が自分の金で買ったマンションに俺が転がり込むってことだよな。

 家賃その他を折半したとしても、外見上はヒモみたいに見えそうだ。

 ひきこもりからヒモにクラスチェンジってのはさすがに勘弁してほしい。


 もし芹香と一緒に住むなら、俺も金を出して新居を買ったほうがいいんじゃないか?

 その場合、同棲より先に結婚を考える必要が出てくるかもしれないが。


 ……正直、現段階では想像もできないな。


『ともあれ、そういうことでしたら手配いたしましょう。場所のご希望はありますか?』


「助かるよ。場所は……そうだな」


 せっかくだからもう一つ頼んでおくか。


「実は、活動再開したら各地のAランクダンジョンを回ってみようと思っててな」


『Aランクを、ですか。Sランクダンジョンには挑まれないので?』


「いろいろやり残したことがあるんだ。それで、条件に合うAランクダンジョンを探してほしくてさ」


『なるほど。そして、そのAランクダンジョンへのアクセスを考慮して部屋を決めたい、ということですね?』


 と、一瞬でこちらの意図を呑み込む灰谷さん。


「さすが、話が早いな。条件は……」


 俺は灰谷さんに潜りたいダンジョンの条件を伝えていく。


『……前回以上に独創的な条件ですね。数はいかほど?』


「できるだけ多く、だな」


『二十やそこらはあるかと思いますが……』


「あるならあるだけ、回ってみようと思ってる」


『……相変わらず、当たり前のように常軌を逸したことを言いますね。条件の精査に少々お時間をいただきますが……』


「悪い。無理に急がなくてもいいから」


『いえ、今となっては、あなたのサポートは芹香さん関連の業務に次ぐ重要事項ですから』


「……やっぱり、いろんなところから問い合わせが?」


『ありますが、思ったほどではありませんでした』


「そうなのか?」


『ええ。どうやら、世間はまだ、蔵式さんの真価を正しく認識していないようなのです』


「俺の……? どういうことだ?」


『今、政府が協会へと圧力をかけているのは、「あのドラゴンを召喚した『スキル』を特定せよ」ということです。そして、できることならそのスキルの所有者を集めよ、と』


「ああ、そういうことか」


 政府は、どうやら誤解してるらしい。


 「幻獣召喚」は、達成のほとんど不可能な特殊条件で手に入れた超絶レアスキルだ。

 しかも、その「幻獣召喚」で召喚されたクダーヴェは、異世界から流れ着いた幻竜である。

 「幻獣召喚」に匹敵するような召喚系のスキルなんてまずないだろうだし、クダーヴェに並ぶような召喚獣だって滅多に出会えるような存在ものじゃない。


 だが、俺以外に、「幻獣召喚」やクダーヴェの詳細を知ってるやつはいないからな。

 俺が使ったのは強力な召喚系のスキルであり、喚び出された「ドラゴン」は召喚獣の中でも強力な部類の一体である――その程度の認識に落ち着いてるってことなんだろう。

 だから、俺以外にもそういうスキルの持ち主がいるんじゃないか? あるいは、なんらかの方法でそのスキルを取得できるんじゃないか? あのドラゴンくらい強力な召喚獣が他にもいるんじゃないか?

 そういう方向で話が進んでるってことだな。


「それなら好都合だな」


 時間が経てば、いずれは「幻獣召喚」やクダーヴェの異質性が露見するかもしれないが、少なくとも現段階では「強力なスキルのひとつ」くらいの認識になってるってことだ。


『油断はしないでくださいね。最も手っ取り早いのは、あなたの口から情報を引き出すことなのですから』


「わかった。注意するよ」

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