165 添い寝

 天狗峰神社には修行僧用の宿坊を改造した旅館ホテルがあるが、用意されたのははるかさんたちが寝起きする屋敷の一室だ。

 旅館ホテルでは落ち着かないだろうという配慮なんだろう。

 ……あるいは、ホテルでは盗撮・盗聴・電波傍受なんかの危険があるのかもしれない。


 案内してくれたのははるかさんだ。

 ほのかちゃんは疲れて眠ってるという。

 ほのかちゃんは、クローヴィスの「人間物品化」によってキューブに変えられていた人たちを助けてたからな。

 その前にははるかさんを拉致しようと襲ってきたクローヴィスと対決する場面もあった。

 本人は俺が戻ってくるまで起きてると言い張ったらしいけどな。


「では、ごゆっくり」


 と、含みを感じさせる笑顔で言って、はるかさんが廊下に消えていく。


 俺と芹香は、あてがわれた和室の畳に敷かれた布団を見て固まった。

 もう想像はつくだろうが……大きめの布団に枕が二つ並んでる。

 この部屋に案内して「ごゆっくり」と言い、翌朝になれば「昨夜はお楽しみでしたね」と言われる感じのアレだよな。


「ええっと……どうしようか」


 困り顔で芹香が言ってくる。

 少し火照った頬で、俺から微妙に視線をそらせて、な。


「ま、まあ、それはさておき……何があったか先に話しておくか」


「あ、それは気になるかも。さっき、私が想像してるより大変だったって言ってたよね?」


「長くなるぞ?」


「うん。じゃあ、お茶でも淹れようか」


 俺は、芹香にダンジョン崩壊以降のいきさつを話す。


 途中、疲れからくる眠さで船を漕ぎそうになる俺に、


「こ、ここに寝る?」


 と言って、芹香が正座した自分のふとももを指差した。

 芹香は聖騎士の鎧をすべて外し、鎧の下の服だけの状態だ。


 戸惑いつつも、魅惑の提案には逆らえず、膝枕に甘える俺。


 ……芹香の体温と優しい匂いで、余計に眠くなってきた。


 膝から芹香の顔を見上げると、そのあいだに大きな双丘があってよく見えない。

 おかげさまで俺が食い入るようにその豊かな膨らみを凝視しても、その視線を芹香に悟られることはない。

 眠気の覚める光景だ。


「……というわけで、俺はなんとかこっちの世界に戻ってこれたってわけだ」


 芹香の胸を眺めながら話し終える俺。


「た、大変だったんだね」


 と、ヒキ気味に答えてくる芹香。


「信じてくれるのか?」


「疑う理由がないよ」


 まあ、芹香にこんな嘘を付く理由はない。


「たしかに、私が想像してたより何倍も大変な事態だったんだね。えらいえらい」


 と言って、芹香が俺の頭を撫でてくる。


「なんで子ども扱いなんだよ」


 不思議と嫌な感じはしなかったが、形ばかり抗議する俺。


「だって、さっきの悠人、すごく消耗して見えたから。もう離さないぞって、必死でしがみついてきてる感じだったよ」


「それがなんでえらいえらいになるんだ?」


「違った? 私はどこにもいかないぞーってつもりだったんだけど」


「……そういうことなら違わないな」


「あはは。今日の悠人はあまえんぼさんだ」


「かもな」


「えっと……その。一応、覚悟はしてたんだけどさ。私のこと……抱く?」


「……いいの?」


「う、うん。いいよ……」


「そうだな……」


 薄暗い照明で芹香の顔はよく見えないが、きっと赤くなってるんだろう。

 俺の頭を撫でる手も震えてるし。


「やっぱやめとく」


「な、なんで?」


「今日はいいや」


「だから、なんで? 向こうのほのかちゃんが気に入っちゃった?」


「そういうんじゃないよ。ただ、今日はなんか違うだろ。抱くとか抱かないとかじゃなくて……なんていうか、一緒にいられればそれでいい」


「あ、それ、わかる」


「幼馴染だしな」


「あ、やっぱわからないかも」


「どっちだよ」


「幼馴染に戻るのはイヤ。私がどれだけ待ってたかわかってる?」


「……そうだな。すまん」


「こんなかわいい子がずっと待ってるとかありえないよ?」


「自分で言うなよ」


 まあ、事実だけどな。


「じゃあさ……添い寝しよっか。このままじゃ足が痺れるし」


「俺、シャワーも浴びてないけど」


「うん、戦いの匂いがするね」


「嫌だろ?」


「ううん、悠人はみんなのために戦ってきたんだもん。一緒に戦うことはできなかったけど、そんな悠人と一緒に寝たいよ」


「……なんかえっちだな」


「そ、そういう意味じゃなくて……! もう、わかってて言ってるでしょ」


 芹香は俺の頭を片手で持ち上げると、俺の身体の下にもう片方の腕を回す。

 男の俺をひょいと持ち上げられるのは探索者のステータスの恩恵だな。

 芹香は俺を布団に横たえると、そのすぐ横に入って、二人の身体に布団を掛ける。


「ね、もっと寄っていい?」


「好きにしろよ」


「えへへ。好きにするね」


 俺の片腕を両腕で抱きしめるようにする芹香。

 芹香の身体のいろんな部分が俺の腕に密着する。

 何より、芹香の顔が俺の肩に乗ってるってのがヤバい。


「……俺、寝るまで理性保てるかな」


「うふふ。覚悟は決めちゃったから、私はどっちでもいいんだけどね。こ、これでも、大人の女性……なんだし? あ、といっても、男の人とお付き合いとかしたことないからね?」


「何も訊いてないだろ」


 俺は抱きしめられてないほうの腕を芹香の頭のうしろに回す。


「こ、これ……ドキドキだね」


「寝られんのかな、これ」


「小学生の時に、よくやったよね。ほら、雑木林の秘密基地で」


「……そんな際どいことやってたっけ?」


「えっ、忘れてるなんてひどい!」


「当時は性欲とかなかったし……」


 やたらひっついてくるやつだな、とは思ってたけど。


「好きだよ、悠人」


「俺もだ、芹香」


 俺たちはどちらからともなくキスを交わした。


 だが、そのまま獣のように……なんてことになるはずもなく。


 照れくささと眠気に負けた俺たちは、大事なものを腕に抱く安心感に溺れながら、眠りの中に落ちていくのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る