152 譲れないもの(7)鬼化

 赤く輝く春原の瞳を見て連想したのはモンスターの目だ。

 モンスターは一部の例外を除いて目が赤く光っている。

 春原の目に宿る光はそれと同種のものだった。


「ほのかちゃん、紗雪!」


 と言って、春原がマジックバッグから何かを取り出し、二人に投げた。

 二つの影が宙を飛び、行動不能状態のほのかちゃんと紗雪にぶつかり割れる。


 その二つの影は、俺にとっては見慣れたものだった。


 春原が投げたのは――エリクサーだ。


 HPが全快したことで行動不能状態が解除され、ほのかちゃんと紗雪が立ち上がる。


「なっ!? おい、それは反則だろ!?」


 おもわず声を上げる俺に、


「ハッ、何が反則だ! 俺たちを騙し、散々わけのわからん力を使いやがって! ひと思いに殺さなかったことを後悔しやがれ!」


 春原が吠え――その姿がかき消えた。

 直後、俺の目の前に春原が現れる。

 目を赤く輝かせ、額からは一対の角が生えている。

 肌も赤紫に染まり、太い血管が青く浮く。

 春原はもう短剣を握っていなかった。

 春原が力任せに振り抜いた拳が、魔剣でガードした俺を後方へと吹き飛ばす。


「鬼人……か!?」


 鑑定できなかった春原の第三のジョブ、「鬼人」。

 おそらくはそのアビリティなのだろう。

 俺がスキル世界で取得した「魔人化」や「魔神化」に近い効果か?


「……もう一度封印を試します! 紗雪、手伝って!」


「わかったわ!」


 起き上がったほのかちゃんと紗雪は再び俺の封印を狙うらしい。

 テレパスで共有すればいいところを口に出したのは俺を焦らせる目的か。


 俺は一瞬、影夜叉とその分身をどちらにぶつけるかで迷ってしまう。

 今の春原にぶつけても倒されるだけだ。

 それなら後衛二人に向かわせ、春原の注意を逸しながら封印の妨害を狙うほうがいい。


 ……と、考えて・・・しまったのがまずかった。


 春原がいきなり反転し、分身二体を蹴散らした。

 名前をつけたシークレットモンスターを倒されるのはまずい。

 検証はできてないが二度と召喚できなくなるリスクがある。


「ちっ!」


 しかたなく、俺は影夜叉をカードに戻す。

 俺の後ろにいるアリスも戻さざるを得ない。

 今の春原のはやさなら、俺の脇を抜いてアリスを撃破することもできるだろう。


 代わりに俺は、ありったけのアークサハギンカードを宙にばらまく。

 考える時間を稼げればと思ったのだが、


「発想が『  』腰なんだよ!」


「ぐっ!」


 俺が頭痛で動けない一瞬のうちに、春原がアークサハギンの群れを圧倒する。

 Sランクダンジョンのモンスターを、まるで低レベルのゴブリンのように蹴散らしていく春原。


「そこまでしてクソみたいな世界に帰りてえなら……俺たちを殺してから行きやがれっ!」


「やめろ! こんなことをしてなんになる!」


 鬼化した春原の拳や蹴りを魔剣で凌ぎながら叫ぶ俺。


「あきらめてくれよ! 俺が本気を出したらおまえちに勝ち目はない! そのことはもうわかったろ!?」


 鬼化した春原は脅威だが……正直、これでもまだ足りない。

 これだけの能力ならおそらく制限時間があるはずだ。

 攻撃を凌ぎながら時間を稼げばそのうち鬼化が解けるだろう。


 ただ、今はその時間がない。

 ほのかちゃん、紗雪のセカンドジョブは「聖乙女」と「魔導書記」だった。

 詳細はわからないが、足元の魔法陣は二人が協力して作ったものにちがいない。

 なんなら神様も噛んでる可能性がある。


 封印は魔王の【無敵結界β】で防げるが、このアビリティは不完全で、まれにフリーズが発生する。

 フリーズしたところを攻撃され、身動きできない状態で三度目の封印を発動されればジエンドだ。


 春原の隙をついて後衛二人を落としたとしても、春原に回復アイテムを使われたら元の木阿弥だ。

 勇者のユニークボーナス、旧「ノックアウト」による行動不能で白旗を上げてくれないなら――止めるには本当に殺すしかなくなってしまう。


「おまえもさっき言ったよな!? なりふりかまってられねえときもあるって! その通りだと俺も思うぜ! 俺たちだって、どんな手を使ってでも元の悠人を取り戻すって決めてんだよ!」


「く……」


 完全にブーメランだ。

 そんな開き直り方をされてしまっては、俺に取れる手段はほとんどない。

 しいていえば、魔王の広域殲滅魔法をフル威力で放ち、三人同時にノックアウトするくらいか。

 しかし、今の俺では一確とまではいかないだろう。


 ……いや、ひとつだけ手があるな。

 魔王には【形態変化】のアビリティがある。

 HPが一定以下になると第二形態、第三形態に変化できるという、いかにも魔王ラスボスというアビリティだ。


 だが、このアビリティには制約条件が存在する。


「おっと、【形態変化】なんてさせねえぞ? HPを半分以下にさせなければいいだけだ!」


「くそっ、やっぱり対策済みか」


 【形態変化】の発動条件は春原の言った通りだ。



Job──────────────────

【形態変化】

自分のHPが半分以下になったときに、第二形態に移行することができる。第二形態に移行すると、HPが全快し、全能力値が飛躍的に上昇する。

さらに、第二形態において自分のHPが20%以下になったときに、第三形態に移行することができる。第三形態に移行すると、HPが全快し、全能力値が破局的に上昇するとともに、ジョブ「勇者」以外からの最大HPの5%以下のダメージを無効化する。

いずれの形態の上昇効果も魔法等で解除することはできない。形態変化は戦闘の終了とともに解除される。第二形態は一日に一回、第三形態は三十日に一回しか使うことができない。

────────────────────



 発動すれば強力だが、「魔人化」や「魔神化」とちがい、自由に発動できないのがネックなのだ。

 これならいっそスキルのままだったほうが使い勝手が……


 ……いや、そうじゃない。


 ひとつ、あるじゃないか。

 【形態変化】を自分の意思で発動する方法が。


 それに気づいた俺は、魔剣を逆手に握り直す。

 そしてその切っ先を、勢いよく太ももに突き刺した。


「ぐあああっ!」


「なっ……!」


 いきなり自傷した俺に驚き、春原の動きが止まった。


「くっ……ブラストノヴァ!」


 歯を食いしばって詠唱し、俺はブラストノヴァ・インプロージョンを発動する。

 その対象は俺自身だ。

 俺を中心に、爆発方向を内向きにアレンジされた魔改造爆光魔法が発動する。


「ぐうううううう……!」


 爆光に全身を灼かれ、身悶える俺。


「な、なにをやって……!?」


「――春原さん! 悠人さんを止めてくださいっ!」


 ほのかちゃんが悲鳴のような声を上げる。

 実際、半分は悲鳴だろう。

 もう半分は、俺の思考を読んだからだ。


「お、おまえ、まさか……! くそっ、させるかよ!」


 ようやく俺の意図を理解したか、春原が飛び掛かってくる。

 が、遅い。

 俺は足に魔剣を突き刺したまま、


「魔法剣――ストームクルセイド!」


 嵐の魔法剣で、自分自身を攻撃する。


「ぐ、あ、あ、ああああっ!!!」


 剣→魔法→魔法剣。

 1チェイン分の【ロンド・オブ・マジックソード】を乗せた魔法剣だ。


 ボロ雑巾のように床を転がる俺。


 自分で生んだ嵐が止んだところで、俺は自分自身を鑑定する。


「くそっ、まだ足りない」


 勇者や魔王には「破格の速度でひとりでに傷が回復する」のユニークボーナスがある。

 スキル世界で取得した「自己再生」のスキルだな。

 こういう事態になってみると、程度表現の高さが憎らしい。


 俺は刺さったままだった剣を足から抜く。

 息を吸って、覚悟を決めた。


「ゆ、悠人さん、やめ――」


 俺は一息に、自分の腹に剣を突き刺した。

 武士が切腹するような格好だ。


「ぐふっ……!」


 急所だからか、ダメージがデカい。

 もし加減を間違っても、魔王には「死亡しても一度だけHPが全快の状態で生き返ることができる」(旧「リバイブ」)、「肉体が滅んでも幽体として生存できるが、生存時間は著しく短い」(旧「幽体生存」)のユニークボーナスがある。

 めちゃくちゃ痛いだけで死にはしない。

 春原たちは俺を殺すわけにはいかないから、死亡保障のユニークボーナスを使い切っても問題はない。


「や、やめろ……!」


「やめてください、悠人さん!」


「悠人先輩……」


 くそ、腹を刺してると詠唱がきつい。

 詠唱時間中の自動回復だって馬鹿にならない。

 ここは無詠唱のフレイムランスだ。


「ぐぅ……っ!」


 ここまで来ると、もう激痛や灼熱感にも慣れてくる。

 剣→魔法の次は剣だ。

 だが、腹に刺さった剣が抜けない。


「く、くそ……」


 俺は腹に刺さった剣を装備から外し、アイテムボックスに一旦しまう。

 そして、今しまったばかりの魔剣をアイテムボックスから直接装備する。

 逆手に握り直し、今度は腹を横にかっさばく。

 刺すとさっきみたいに抜けなくなるかもしれないからな。


「ぐぶ……っ」


 噛み締めた唇から、呻きとともに血が溢れる。

 激痛で意識が飛びそうだ。

 無詠唱でフレイムランス。

 灼熱感。

 もう身体のどこに当たったかもわからない。


 これで2チェイン。

 だが、万全を期すべきだろう。

 春原たちが動揺してる今だけがチャンスだ。


 魔剣で腹をかっさばく。

 無詠唱のファイアアロー。

 ここまで意識がヤバいと、まともに発動できる魔法はこれくらいだ。


 ……そういえば、スキル世界で最初に覚えた魔法もこれだったか。

 ファイアアローでスライムを倒す。

 スライムを一体残して「  」る。

 それが、俺の確立した、俺だけの――


 ああ、また頭痛か。

 だが、いい加減頭痛のパターンも掴めてきた。

 もういい加減気づけよって、そろそろ思われてる頃合いだよな。


 そうだ。

 俺には固有スキルがあったはずだ。

 この世界の俺’の魔剣士とは比べ物にならない、弱くて無様で使いにくい――それでいて、俺にぴったりのイカれたスキルが。


 そいつの名前も、あと少しで舌に乗りそうだ。


 だがその前に、俺はとどめの一撃を選択する。


「ストーム……クルセイド! ぐああああああっ!!!」


 竜巻に巻き上げられ、天井に激突。

 その勢いのまま今度は床に墜落する。

 床の上で数度もバウンド。

 ようやく止まる。


 さすが2チェイン。

 さっきとは段違いの威力だ。

 俺の残りHPは――


「や、やめてください……もう」


 ほのかちゃんの怯えたようなつぶやきを耳が拾う。


 ズタボロになった俺の身体に、凄まじい力がこみ上げてくる。


「……さあ、準備は整ったぜ」


 自傷行為で【形態変化】を成し遂げた俺は、HPが全快し、すべての能力値が飛躍的に上昇した状態で立ち上がった。

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