137 それぞれの準備
それでも、夏休みを迎える前に、俺は第三層を突破した。
《ジョブ「魔王」のユニークボーナスが成長しました!》
《ジョブ「魔王」のランクがSに上がりました!》
三層のボスはシークレットフロアボスだった。
「赤ずきん」。
道中のレッドケープを強化したようなモンスターだ。
といっても、他のボスモンスターのように巨大化してたわけじゃない。
眼窩に赤いルビーのはまったレッドケープはやはりモンスターという感じが拭えないのに対し、赤ずきんは童話からそのまま出てきたような愛らしい少女だった。
だが、その攻撃はとんでもなくえげつなかった。
七人の小人に強化された各種リンゴでバフを何重にも上書きする。
シナジーの利きまくった小人の攻撃は、直撃すればHPが八割以上溶けるような驚異の高火力を発揮する。
……なんだかスキル世界の俺を彷彿とさせるような戦法だよな。
ただ、「極上の青リンゴ」で倒した小人を蘇生させて
レベル差のおかげか、ユニークボーナスの成長も何度か起きている。
時間が許すならもっと戦いを長引かせて稼いでおくのもよかったかもしれないな。
ただ、シークレットボスの出現条件は謎なので、三層に潜り直したとしても再び「赤ずきん」に出会えるかはわからない。
魔王のジョブランクがSになるまで、一昼夜ぶっ通しで戦った。
ジョブランクは上がれば上がるほどに次のランプアックへの熟練度の要求量が増えるみたいだからな。
これまでに「簒奪者」「ダンジョンマスター」をSにした経験からすると、ランクが1上がるごとに次のランクまでに必要な熟練度はおおよそ4~6倍になるようだ。
これは、スキル世界でスキルのレベルを上げるのに必要なSPがレベルアップごとに4倍になることと符合してる。
ぴったり4倍にならないのは、ジョブランクが上がるごとにダンジョンランクとの落差が小さくなり、熟練度への補正が下がるからだろう。
ジョブランクに合わせてダンジョンランクも上げていけばぴったり4倍になるんじゃないだろうか。
とまあ、そんなわけで、最後のAからSに上げるときがいちばん苦しい。
俺の肉体的、精神的負担の話だけじゃない。
AからSに上がるのにふさわしい戦いをするためには、敵モンスターもそれだけ強い必要がある。
強いモンスターとの戦いは危険……というだけじゃない。
そもそもの問題として、いくらSランクダンジョンとはいっても、それだけの強さを持つモンスターは限られてしまうのだ。
だから、シークレットフロアボスである「赤ずきん」を引いた以上、この
疲労困憊で神社にたどり着いた俺を見て、神様は戦いの激しさを察したらしい。
「お、おぬし……」
かなり心配そうにしてたが、俺にはそれに応える余裕がなかった。
さいわい、その姿をはるかさんに見咎められる心配はない。
はるかさんが神社でアルバイトしてるのは平日だけだからな。
まずは、俺の現在のジョブを「勇者/魔王/魔剣士/簒奪者/ダンジョンマスター」に。
次に、神社から出て、崩壊後奥多摩湖ダンジョン近くのCランクダンジョンのひと目につかない一角へ。
倒したばかりの「赤ずきん」をダンジョンマスターのスキルでモンスター作成&ネーミング。
「おまえは……『アリス』だ」
ちょっと安直だろうか?
ルイス・キャロルをイメージしてしまって紛らわしい気がしなくもなかったが、「永遠の少女」というイメージは共通してる。
本人(?)も喜んでたからいいはずだ。
ちなみに、「アリス」のレベルは対戦時の10630となっている。
とても愛らしい少女姿のモンスターだが、あいにくしゃべることはできないらしい。
説明文によると、アリスの本体は少女ではなく赤いずきんのほうであり、愛らしい少女は人間をおびき寄せるための疑似餌だという。
おびき寄せられた人間の頭に赤いずきんがずぼっとかぶさって……という、小さい子どもに話したら泣くこと必至の存在だ。
赤ずきんと銘打ってるくせにおまえのほうが狼かよ。
ついでながら、赤ずきんからのドロップアイテムは「聖者のケープ」。
その効果は「状態異常『気絶』『睡眠』『石化』『即死』を完全に防ぐ」という破格のもの。
複数の状態異常に効果のあるアクセサリはとんでもなく貴重だ。
しかも、そういうアクセサリの大半は、状態異常を確率で防ぐ効果しかない。
対して、「聖者のケープ」は四つもの状態異常を確率ではなく完全に防ぐ。
俺にとってもこれ以上ないほどに有り難いドロップだ。
これまで散々手こずらされてきたダークゲイザーの視線即死やグリムリーパーの即死攻撃を気にしなくてよくなるんだからな。
「身代わり人形」を常に大量にストックしておく必要もなくなった。
さらに、赤ずきんが無限に呼び出す七人の小人たちからも、「崩壊後奥多摩湖ダンジョン第四層への魔鍵」を大量に手に入れている。
地味だけどこれもデカい。
三層のときは魔鍵を手に入れるためにいちいち二層のフロアボスを倒しにいく必要があったからな。
魔鍵に余裕があれば心置きなく四層のみに集中できるってわけだ。
――これで、第四層の攻略準備は整った。
だが、俺が第四層攻略に乗り出す前に、ジョブ世界の高校生魔剣士には、人生で一度しかない高二の夏が訪れる。
最近は期末試験を優先して探索を控えてた「セイバー・セイバー」のみんなも、来たるべき夏に向けて期待に胸を高鳴らせていた。
「楽しみですねっ、悠人さん!」
「それ、何度目だよ」
ほのかちゃんは俺との登下校で何度となくそんなやりとりを繰り返してた。
いつもはクールな紗雪ですら、
「なんだか緊張します。悠人先輩とはいえ、身近な異性に水着姿を見られると思うと」
なんてことを少し頬を染めて言っていた。
もちろん春原に至っては、
「夏のビーチで! 開放的になったお姉様がたと! お近づきに!」
と、うっとうしいことこの上ない。
俺はただひとりテンションが違うことに罪悪感を覚えながら、三人との会話に相槌を打つことに苦労した。
――だが、このときの俺は知る由もなかった。
「セイバー・セイバー」の三人が、それぞれの想いを胸に、俺との夏に備えてたなんてな。
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