136 焦り
神社で「魔王」を取り、俺のジョブは「魔王/魔剣士/簒奪者/ダンジョンマスター/戦士」となった。
ただ、ひとつだけ難点がある。
ネザーケルベロス戦では「崩壊後奥多摩湖ダンジョン第三層への魔鍵」は一つしか入手できなかった。
シェイドローパーみたいに無限に分身するわけじゃないからな。
入口ポータルから第三層へ転移できるのは一回だけ。
もしそこで攻略できなければ、第二層に戻ってまたネザーケルベロスと戦う必要がある。
第二層をマラソン周回して魔鍵を集める手もあるが、影夜叉がいるとはいえ、即死攻撃を受けないようにダンジョンを進むのは骨が折れる。
できることなら一発勝負で決めたいところだが……
「うん、まあ、厳しいな」
日を改めて挑んだ第三層の途中で、俺は撤退を余儀なくされた。
三層では、キングローパーとアークサハギンが出なくなった代わりに、レッドキャップゴブリンとレッドケープという新出モンスターが現れた。
レッドキャップゴブリンは、赤い帽子をかぶったゴブリンという一見弱そうなルックスだ。
実際、アークサハギンと比べてもやや弱いくらいだろう。
武器が短剣なので堡備人海でも対応できるのがありがたい。
また、布袋を呼んで無限にトレホビを湧かせるという例の戦術も有効だ――
レッドキャップゴブリンだけならな。
問題なのはレッドケープのほうだ。
こっちは、童話の世界から抜けてきたような、愛らしい赤い頭巾の童女である。
ただし、目の代わりに血の色に輝くルビーのようなものがはまってる。
このレッドケープは、腕に提げたバスケットの中からリンゴを取り出し、敵に味方に手当たりしだいに投げまくる。
爆弾リンゴ、毒リンゴ、催眠リンゴ、痺れリンゴをこちらに。
全快リンゴ、攻撃リンゴ、みかわしリンゴをゴブリンに投げる。
爆弾リンゴはこっちのトレホビがまとめて消し飛ぶ威力。
催眠リンゴを喰らえば、トレホビはもちろん、影夜叉までもが向こうに回って味方を攻撃し始める。
こっちが泡を食ってるあいだに、全快リンゴでHPの減ったゴブリンを回復し、攻撃リンゴ、みかわしリンゴでバフをかける。
素の状態ではアークサハギン以下のレッドキャップゴブリンだが、リンゴバフが乗れば一部の能力値が俺を上回るほどになる。
ただでさえ、こっちはレベル縛りをしてるからな。
三層に出現するモンスターのレベルは、二層から約3%上がってる。
レッドキャップゴブリンはレベル10240で、レッドケープは10400だ。
二層から続投のダークゲイザー、ベビーケルベロス、グリムリーパーのレベルも、すでにこっちのレベルを超えている。
中でもつらいのは、ダークゲイザーにレベルで負けるようになったことだ。
「即死」の状態異常の発生確率はレベル差にも依存すると言われてる。
三層ダークゲイザーのレベルは10121だから、俺が二層でカードにしてきたアークサハギンやキングローパーなんかは明らかに以前より早く殺される。
不幸中の幸いは、影夜叉のレベルが10200なことか。
影夜叉だけはダークゲイザーよりレベルが上で、分身に視線即死が通る確率はかなり低い。
だが、もし四層にもダークゲイザーが出るとしたら?
計算上、四層のダークゲイザーはレベル10425となって、影夜叉を凌ぐことになる。
まあ、四層以前に三層だ。
レッドケープに率いられたレッドキャップゴブリンの群れに加え、ふらりと現れるダークゲイザー、グリムリーパーの即死持ちコンビも厄介だ。
レッドケープはゴブリン以外のモンスターにバフをかけることはないようだが、この二体の脅威は単純な能力値以外のところにあるからな。
せめてもの盾にとレッドキャップゴブリンを【権能簒奪】でカード化して召喚したりもしてるんだが……こっちのレッドキャップゴブリンにはレッドケープの支援がない。
レッドケープ付きのレッドキャップゴブリンの群れと戦うと、順当に当たり負けすることになるんだよな。
そもそも、レッドキャップゴブリンのカード化自体がけっこうキツい。
【権能簒奪】のためにはなるべく弱らせる必要があるが、あとちょっとというところでレッドケープから全快リンゴが飛んでくる。
道中の雑魚とはいえ、せっかく削った敵のHPが全快するってのは精神的にも来るものがあるよな。
おまけに、これまで盾にしてきたアークサハギンが三層には出現しなくなってしまった。
まさか、二層でもう見たくないと思ってたあのぬめっとした魚顔が恋しくなる日が来ようと……。
ただ、こっちだって強くなってはいる。
ダンジョンマスターを取った前回とはちがい、今回俺が取ったジョブは「魔王」なのだ。
「魔王」としての技能は、シンプルに魔法だ。
Job──────────────────
称号職である「魔王」は、圧倒的な魔力とそれを操る超絶した技術によってあらゆる敵を滅殺するジョブです。
あらゆる属性の魔法とあらゆる魔法関連技術に言語を絶した適性を持ち、世界のすべてを敵に回してもなお戦いうるだけの隔絶した戦闘力を誇ります。
────────────────────
……と、説明文にある通り。
地水火風といったメジャーな属性の魔法から、バフ・デバフ、時空に作用する魔法まで、あらゆる魔法を扱える。
しかも、その適性は「言語を絶した」となっている。
Wikiにも出てこない程度表現だが、文脈からして「形容の程度系」になるはずだ。
この世界で知られてる「形容の程度系」の表現は、「やや」「それなりに」「かなり」「破格に」「常軌を逸して(逸した)」の五段階。
「言語を絶した」は、さらにその上の六段階目に当たる表現なんだろう。
程度表現に六段階目があるというのは初耳だが、スキル世界のスキルレベルも「極意書」という希少アイテムで6まで上げられたわけだからな。
ただし、魔法の適性に偏りがないわけではない。
「世界のすべてを敵に回しても」とあるとおり、魔王は攻撃魔法、とくに広域殲滅に特化したような魔法を得意としてる。
三層でも魔王の広範囲魔法は役に立ってはいるのだが、敵を一撃で全滅させられるほどの威力はない。
これはおそらく、俺の「魔王」のジョブランクがCだからだろう。
ペーペーの新米魔王にSランクダンジョン三層のモンスターは荷が重いってことだよな。
……というわけで、俺の三層ファーストアタックは途中での撤退という不本意な結果となった。
ダンジョンマスターのユニークボーナス「非戦闘時に限ってダンジョンを脱出することができる」(スキル世界のスキルでいえば「エバック」)のおかげでいつでも脱出できるのは有り難い。
崩壊後奥多摩湖ダンジョン近くのCランクダンジョンの入口ポータルから実家に近い黒鳥の森水上公園ダンジョンまで【ダンジョントラベル】。
そこからは高校生らしく(?)チャリで帰宅だ。
「ふうう……」
両親のいない家に帰ると、どっと疲れが押し寄せてきた。
今週は「セイバー・セイバー」の定例探索がなかったから、金曜放課後から土日にかけてを、まるまる崩壊後奥多摩湖ダンジョンの攻略に当てられた。
三層への魔鍵はひとつしかないので、まずは二層へ行って新ジョブ「魔王」の性能把握。
そして今日からいよいよ三層攻略に乗り出したのだが……。
「……絶望的ってわけじゃない」
太刀打ちできなかったわけではない。
ある程度は戦えた。
だが、三層の最奥までたどり着くにはまだ足りない。
「シンプルに火力が足りないな……」
ソロで探索を進める以上、やられる前にやれが鉄則だ。
グリムリーパーをもっと少ない手数で倒せれば、即死攻撃を食らうリスクは大きく下がる。
理想を言えば、魔王の広域殲滅魔法で一掃したい。
つまり、
「『魔王』のジョブランクを上げるしかない、か」
レベルが上げられない以上、攻撃力を上げるにはジョブのランクアップしか方法がない。
さいわい、簒奪者やダンジョンマスターに比べれば、魔王は熟練度を稼ぎやすい。
単にモンスターの群れに魔法を撃ちまくるだけで魔王らしい戦いをしてることになるはずだからな。
三層以降は敵モンスターのレベルが俺より上で、道中の雑魚戦でも熟練度にボーナスがつく。
しかし逆に言えば、それは抜け道的な稼ぎがないってことでもある。
簒奪者のランク上げに使った布袋によるトレホビ無限召喚や、ダンジョンマスターのランク上げに使った影夜叉分身戦法みたいな、短期間でランクをカンストさせる脱法的な稼ぎがなさそうなんだよな。
むしろ、シークレットモンスター頼みで戦ってると、魔王としての熟練度が稼ぎにくくなってしまう。
「くそっ、どうしても時間がかかるな……」
俺が疲労と焦慮に苦しむあいだに六月が終わり、季節は夏を迎えていた。
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