125 殖える影
「くそっ!」
どうやら俺の初手は最悪の選択だったらしい。
魔法で生んだ複数の明かりは、異なる角度からシェイドローパーにそれぞれ別の長い影を作っていた。
シェイドローパーはそれらの影を、自分の分身に変えたのだろう。
簒奪者の技能によるステータスの鑑定では、別の情報も取得している。
それは、
Job──────────────────
多頭蛇 ランクS
「世界がこんなにも広いなら、同じだけ首の数を殖やそうではないか」
~陸地を平らげる暴河の象徴、あるいは制御を失ったただの濁流~
モンスター職「多頭蛇」は、複数の独立した脳を持ち、脳のそれぞれが長い首に類似した部位を支配するモンスターにのみ就職可能なジョブです。
複数の脳の間の連携が容易になります。ランクが上がると脳の支配部位ごとに別の技能・アビリティを並行して行使することができるようになります。
敵の混乱を誘う予測し難い同時並行行動が強力な反面、全体の一部でしかない各支配部位の個々の行動は威力の面で見劣りしがちです。
また、複数の脳による処理を統合する必要から、それぞれの脳の処理能力には限界があります。
同時並行行動によって敵を撹乱し、主導権を渡さず圧倒することが重要となるでしょう。
◇アビリティ
【射影分身】
己の影を己の分身とする。分身は本体と同じ能力と本体とは独立したHPを持つ。同じ影から複数の分身を生み出すことはできない。また、このアビリティによって生み出された分身は、このアビリティを使用することができない。
◇サポートアビリティ
【姿なき影】
肉体を実体なき影とすることで、あらゆる攻撃をほぼ確実に無効化する。
◇ユニークボーナス
通常の「多頭蛇」と比べ、
・光属性の魔法にそれなりの適性がある
・魔法の威力を限りなく犠牲にすることで詠唱なしで魔法を発動することができる
・あらゆる状態異常に破格の耐性がある
・状態異常「即死」に常軌を逸した耐性がある
傾向にあります。
◇レベルアップボーナス
「多頭蛇」はレベルアップ時の能力値上昇に以下のボーナスが加算されます。
HP +3, VIT +3, DEX +1
────────────────────
これがシェイドローパーのジョブの説明文だ。
自らの影を分身に変えたのは、こいつのアビリティ【射影分身】の効果だな。
道中のキングローパーが持ってた「多頭蛇」のジョブにはこんな物騒なアビリティはついてなかった。
モンスターのアビリティも、ジョブごとに固定されてるわけじゃない。
同じ「魔剣士」でも誰もが【スイッチングアローン】と【戦略的曖昧性】を持ってるわけではないように、稀ではあるがアビリティ違いのモンスターもいる。
シークレットフロアボスであるシェイドローパーが特殊なアビリティを持ってることに不思議はない。
シェイドローパーが生み出した分身は……四体か。
俺の生み出した明かりの数とぴったり同じだ。
明かりを消したら消えるのでは? と一瞬だけ思ったが、そう甘くはないだろう。
【射影分身】の説明文には、分身は本体とは別のHPを持つと明記されている。
分身を消すにはそのHPを削り切るしかないということだ。
「ちっ……!」
さっそくいくつかの分身がその影色の触手を伸ばしてくる。
説明文によれば、その触手のそれぞれが脳を持ち、同時並行行動を取るはずだ。
俺はバラバラに襲いかかってくる触手をなんとかかわす。
剣で斬り、魔法で撃墜して自分のスペースを確保する。
「くっ、これは厄介だな……!」
相手が人間の探索者なら――あるいは、頭がひとつの普通のモンスターなら、連続攻撃にはおのずと呼吸のようなものがある。
上から斜めに斬りかかり、それが防がれたら剣を翻して下段を薙ぐ……。
そんな攻撃の心づもりが必ずある。
だが、それぞれが別の脳を持つシェイドローパーの触手は、一本一本が独立した判断で動いてくる。
しかも、影でできた触手という融通の利きすぎる身体で、だ。
ある触手は、普通の触手のように噛みつきや締め上げを狙って接近し。
別の触手は、地面に落ちた影の中から奇襲する。
他の触手は、俺の頭上高くを取って、そこから影の魔法弾を撃ち下ろす。
連携というよりは無秩序。
飽和攻撃というよりはただのでたらめ。
はっきり言って無駄の多い攻撃だ。
なにせ、攻撃が他の触手に当たってもおかまいなしだからな。
だが、多少の無駄があっても隙はない。
本体に分身四体が合わさった波状攻撃なのだ。
単体であっても群体のような手数を持つローパーが、その手数をさらに五倍に。
その圧倒的な物量は、まさに河川の氾濫だ。
しかも、
「攻撃が通らない!」
剣、魔法、いずれの攻撃も、影そのものである触手に当たらない。
いや、正確にはまったく当たらないわけではない。
十に一つくらいは当たってる。
だが、十中九も当たらないのでは、こちらの攻撃は牽制にすらならないのだ。
もちろんこれは、サポートアビリティ【姿なき影】の効果だろう。
説明文によれば「肉体を実体なき影とすることで、あらゆる攻撃をほぼ確実に無効化する」効果があるらしい。
「ほぼ確実に」の程度表現は、今の状況ではおよそ90%程度の効果のようだ。
「ほぼ確実に」で90%というのは、この表現の上限に近い確率だ。
俺との能力値差の問題か、こいつがちょうど波に乗ってるだけなのかは知らないけどな。
「ええい!」
殺到する影。
それを気合いでかいくぐる。
統合された意思がない以上、攻撃を「読む」ことは不可能だ。
ただただ反射神経での回避を強いられる。
剣や魔法で牽制しようにも、当たらないことには意味がない。
しかも、攻撃が当たらない以上、剣→魔法→剣……という【ロンド・オブ・マジックソード】のコンボも成り立たない。
俺はひたすら回避する。
時たま範囲攻撃魔法を撃ち込んで、十分の一が通る可能性に賭ける。
運が良ければいくつかの触手が間引けるが、それだけだ。
「そうだ、影には光――これならどうだ!? ブラストノヴァ!」
影に対して光を生む魔法は強いのではないか?
そんな苦し紛れの発想で爆光魔法を放ったが、
「PUSHIIIII!!」
「くそっ、また殖えた!」
爆光魔法で生まれた本体の影から、新たな分身が現れる。
【射影分身】には「同じ影から複数の分身を生み出すことはできない」という制約があるが、
だが一応、さっきの魔法は分身の一体に通っていた。
鑑定技能で確かめると、分身体のHPは最大値の3分の2ほどに減っている。
剣と魔法、【ロンド・オブ・マジックソード】が噛み合えば、1コンボで一体落とせるだろう。
だが、そのためには十分の一を三回連続で通す必要がある。
――ただでさえ手数の多いローパーが、分身してさらに殖える。
――しかも、そのすべてが実体のない影のような身体を持っている。
どう見ても全力で殺しに来てるとしか思えない。
「一層のフロアボスからしてもうこれかよ!?」
だが、完全に手詰まりというわけじゃない。
というか、数で押されるという事態はここに来る前から想定していた。
なにせこっちはソロだからな。
数で勝る敵への対策は生命線だ。
まあ、さすがにここまでヤバい相手にぶつかるとは思ってなかったが。
「来い、アークサハギン、キングローパー!」
俺は虚空から取り出したカードを、トランプ投げの要領で周囲に放つ。
狙ったところにカードを投げるのは意外に難しい技術だが、今のDEXなら問題ない。
今俺が所持してるモンスターカードは「アークサハギンLv9536」が22枚、「キングローパーLv9542」が14枚。
黒鳥の森水上公園ダンジョンの「ロックゴーレムLv24」は出すだけ無駄だろう。
今投げたのはアークサハギンとキングローパーの半数――11枚と7枚だ。
「UGIIIIII……!!」
「FSHRRR……!!」
アークサハギンとキングローパーがボス部屋のそこここに現れる。
数体で一体の分身を囲めるように召喚した。
さて、モンスターたちの戦いぶりはどうか?
「意外と悪くない……か?」
触手×触手となるキングローパーは苦戦気味だが、アークサハギンは槍を振り回して影の触手相手に善戦してる。
苦戦気味に見えるキングローパーも、敵の触手の一部を引きつけてると考えれば十分役に立っている。
「PUSHIIIIIIIIIII……!!!」
と悔しげに(?)喚くシェイドローパー(本体)に、
「おまえの相手は俺だ!」
分身の攻撃からフリーとなった俺が迫る。
ダッシュしながら左手の短杖を前に突き出し、
「ゲイルスラッシャー!」
風の刃で本体の触手を斬り飛ばす。
その隙にシェイドローパーの懐へ。
右手の魔剣を一閃。
「PUGIIIIII!?」
「今だ! 魔法剣――ストームクルセイド!」
魔法→剣からの魔法剣。
魔剣ストームコーラーの属性に合わせて風属性の魔法剣を選ぶ。
火や光だと影ができてまた分身を作らせてしまうからな。
この魔法剣は、【ロンド・オブ・マジックソード】の効果で威力が少し強化されている。
Job──────────────────
◇アビリティ
【ロンド・オブ・マジックソード】
剣と魔法を交互にチェインすることで全攻撃の威力と魔法の詠唱速度、魔法の消費MPがかなり上昇する。
この効果は累積する。
効果の累積は、以下のいずれかのイベントの発生により消滅する:魔法剣の使用、チェインの失敗、戦闘の終了。
チェイン中に魔法剣を使用した場合、それまでのチェインの回数に応じてその魔法剣の威力が飛躍的に上昇する。
────────────────────
今回のチェイン数は1しかないが、威力の上昇幅は程度表現で四段階目に当たる「飛躍的に」。
道中で使った感触だと20%くらい上がる印象だ。
無数の風の刃を生み出すゲイルスラッシャーが当たったのは必然だが、魔剣での斬撃が当たったのは偶然だ。
十分の一の幸運を逃さず、魔法剣を発動。
巨大な竜巻の刃をシェイドローパーに振り下ろす。
「PYUGIIIIII!?!?」
と、シェイドローパーが絶叫する。
二度目の十分の一が通ったのだ。
だが、手応えは不十分だ。
こいつのHPは二百万以上もあるからな。
1チェインの魔法剣では、HPは一割も削れてない。
いや、どちらかといえば、一撃でボスのHPを一割近くも削ったことに驚くべきなんだけどな。
しかし、追撃に放った斬撃は
仕切り直すために距離を取る。
ちらりと戦場に目をやると、
「何体かやられてるな……」
奮戦中のアークサハギン、キングローパーだが、既に数が減っている。
所持してる半分のカードを吐いたのに、本体に与えたダメージは最大HPの一割弱か。
「もっと数を確保しとくべきだったか……」
後悔してももう遅い。
残る手札はアークサハギン11枚、キングローパー7枚。
レベルの低すぎるロックゴーレムは戦力外。
残るは、
いずれもひと癖もふた癖もある連中だが……
「……ん? 待てよ。その手があったな」
これまではシークレットモンスターに頼るより自分で戦ったほうが早いことが多くて、試す機会がなかったんだよな。
再生した影の触手が俺を包み込むように襲ってくる。
俺は風の魔法で触手を阻みながらいったんシェイドローパーから距離を取る。
そして、虚空から一枚のシークレットモンスターカードを取り出した。
圧倒的な相撲力で凍崎純恋を蹴散らしたホビットスモウレスラー・堡備人海?
からくりUFOを繰ってミサイルの雨を降らせてきたからくりドクター・源内?
いや、ここで俺が選んだのはどちらでもない。
「来い! 布袋!」
俺の召喚に応じて、でっぷりと肥った金色のホビットが現れた。
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