123 ユニークボーナス考察
ダークゲイザーのドロップアイテムの三枠目は「身代わり人形」だった。
用意してきた「身代わり人形」は砕けたが、代わりに新たな「身代わり人形」が入荷できた。
戦闘中にダークゲイザーの視線即死を食らう確率と、ダークゲイザーから三枠目を盗める確率と。
長期的に見ないとはっきりとは言えないが、今の感触では成功率のほうが高そうだ。
「一応、攻略パターンが見えてきた……か?」
だが、ダークゲイザー5体を倒すのに、カード化していた「アークサハギンLv9536」を2体とも吐いてしまった。
まあ、さすがにダークゲイザー5というのはレアな編成だと思うのだが。
これまで見てきた限りだと、一層のモンスターの半数以上をアークサハギンが占めてる感じだからな。
「アークサハギンの【権能簒奪】だって楽ではないんだけどな……」
HPをなるべく減らす必要があるのだが、常に手加減できるほど甘い相手ではない。
とくに敵が複数体残ってるときに一体に集中して【権能簒奪】を使うのは自殺行為だ。
最後の一体だけをカードにする感じだな。
これだって、【ロンド・オブ・マジックソード】のコンボ判断をしながらだと加減ができずに倒してしまうこともある。
一回の戦闘でカード化できるのは原則一体だけってことだ。
「『ノックアウト』があればな」
スキル世界で特殊条件ボーナスとして得た「ノックアウト」のスキル。
敵をHP1だけ残して行動不能にするという便利なスキルだ。
このスキルが吸収される先のジョブはわかってる。
だが、まずは「簒奪者」のランクを上げないことには、他の上級職を同時にセットすることはできない。
じゃあなぜ「簒奪者」を先に取ったのかって?
ソロでダンジョンに潜るのに斥候系のジョブが必要だったからだな。
「春原がいれば……って言ってもしょうがないか」
その後も俺は、それなりに安定した、だが一瞬の油断が死につながりかねない緊張した探索を続ける。
高校生である今の俺にとって、地元から奥多摩湖まで出られる機会は限られている。
移動時間の問題で、放課後にちょっとひと潜り……というわけにはいかないのだ。
となると、元の世界に早く帰ろうと思えば、確保した探索機会を最大限に活かしたい。
もちろん、死んでしまっては元も子もないから無理をするつもりはないけどな。
一層には罠らしい罠もなく、たまに宝箱が見つかる程度だ。
「すごく開けたいんだけどな……」
宝箱は、全部スルーする方針だ。
「簒奪者」の技能で宝箱の罠解除はできるはずだが、完全に確実にというわけじゃない。
ユニークボーナスの記載では「ダンジョンにしかけられた罠をほぼ確実に見破り、ほぼ確実に解除できる」となっていた。
ほぼ確実に、というからには完全に確実なわけではない。
パーティメンバーがいれば失敗してもフォローが利くが、ソロではそうもいかないからな。
……そうだ。
以前、ジョブの説明文に見られる「ジョブ世界特有のもやっとした表現」について、説明を後回しにしていたな。
「破格に」とはどの程度か、「ほぼ確実に」とは何%のことか……という議論のことだ。
ジョブ世界ではこの説明文独特の表現のことを「程度表現」と呼んでいる。
文字通り、効果の程度を表現する文言だからだな。
せっかくだから、俺の簒奪者のユニークボーナス「ダンジョンにしかけられた罠をほぼ確実に見破り、ほぼ確実に解除できる」を例に見てみよう。
ここで程度表現に該当するのは、二つの「ほぼ確実に」だな。
これは程度表現の中では「ランダム発生系」に分類される表現だ。
ある行為の成功確率が問題とされるばあいに、この系統の程度表現が使われる。
程度表現の具体的な文言は決まってる。
確率が低い方から順に、
・ごくまれに
・まれに
・頻繁に
・ほぼ確実に
・常に
の五段階だ。
じゃあ、それぞれの確率はどの程度なのかって話になるよな?
でも、これが一概には言えないらしい。
同じ文言でも探索者ごとに違いがある。
同じ探索者でもレベルやジョブのランクが上がると多少向上することもあるらしい。
中には、その日の体調や精神状態によって左右されると主張する探索者もいるほどだ。
それでも、一応このくらいだろうという経験則は知られてる。
「ごくまれに」だったら10%以下、「まれに」なら10~25%程度、「頻繁に」なら30~60%程度、「ほぼ確実に」なら80%以上。
「常に」は例外で、これだけは100%になるらしい。
「まあ、言葉からイメージされる範囲にだいたい収まる感じだな」
大手ギルドやダンジョン研究者による統計的調査に加え、各言語での程度表現を集め、言語学的に比較する研究なんかも行われてるらしい。
英語でいうと、oftenとoccasionallyはそれぞれ何%くらいか、みたいな感じだな。
そういう難しい話は専門家に任せるとして。
ジョブ世界の俺の経験によれば、「程度表現の効果は、その言葉からイメージされる上限・下限の中で、探索者のレベル・ジョブランク、体調やメンタルなんかを加味して、そのときどきで決定される。しかも当該能力を使うたびにいちいち計算し直される」という感じらしい。
強敵を前に闘志を燃やせば体感で少し確率が上がるし、逆に強敵を前に萎縮してしまうと傍目にもわかるほど確率が下がる。
たとえば、ジョブ世界の俺がスキルを取り込む前に持ってた「クリティカルの発生率がやや高い」。
「~高い」のような他の形容表現にかかる程度表現は「形容の程度系」と呼ばれ、
・やや
・それなりに
・かなり
・破格に
・常軌を逸して
となっている。
一段階目の「やや」は直後の表現を10%以下の幅でブーストするという。
だが、Sランク魔剣士の俺が心身ともに絶好調のときなら、クリティカル率の上昇幅が20%に近づく。
これは「やや」という程度表現の許容するギリギリの上限に近いはずだ。
仲間とともに強敵と戦うといういかにもなシチュエーションでは程度表現の効果は全般的にさらに上がる。
そんなところからも、ジョブ世界の蔵式悠人はかなり優秀な魔剣士だってことになるらしい。
逆に言えば、そんなジョブ世界の(元の)俺ですら、ユニークボーナスは
Job──────────────────
◇ユニークボーナス
通常の「魔剣士」と比べ、
・クリティカルの発生率がやや高い
・魔法の詠唱速度がそれなりに速い
・MPの自然回復速度がかなり速い
────────────────────
これだけだ。
程度表現も「やや高い」が一段階目、「それなりに速い」が二段階目、「かなり速い」が三段階目にすぎない。
これだけでも、魔剣士の生命線となりやすい詠唱速度やMPにかなりの強みがあることになる。
元のアビリティである【スイッチング・アローン】との相性もいい。
一方、簒奪者のユニークボーナスは、
Job──────────────────
◇ユニークボーナス
通常の「簒奪者」と比べ、
・あらゆる種類の武器をひととおり使いこなすことができる
・装備を一瞬で切り替えることができる
・あらゆる攻撃の命中率が破格に高い
・クリティカル発生時にまれに即死効果が発生する
・攻撃に溜めを作ることで溜め時間に応じて攻撃の威力がそれなりに上昇する
・奇襲、先制攻撃、背後からの攻撃時にダメージがそれなりに増加する
・「暗殺者」「忍者」の技能をひととおり使いこなすことができる
・死亡するダメージを受けても一度だけHP1で生存することができる
・自身に迫るあらゆる危険をそれなりに察知することができる
・気配を隠匿する技術が破格に高い
・気配を察知する技術が破格に高い
・ダンジョンにしかけられた罠をほぼ確実に見破り、ほぼ確実に解除できる
・他者のステータスを破格の深度で読み取ることができ、ステータスの偽装をほぼ確実に見破ることができる
・自身のステータスをそれなりの強度で偽装することができる
・モンスターからよりよいアイテムを得られる可能性がわずかに高い
傾向にあります。
────────────────────
合計でなんと15個も。
程度表現にも「破格に」「ほぼ確実に」といった四段階目表現がいくつもある。
こうしてみると、このユニークボーナスがどれだけぶっ壊れかがわかるよな。
こんなことになった原因は、
「……どう考えてもスキルの影響だろうな」
ジョブ世界のジョブには、たしかに、「個々の技能を直感的かつ統合的に扱える」というメリットがある。
スキルが多すぎたスキル世界の俺にとっては大きく見えるメリットだ。
だが、スキル世界のスキルにも、「個々の技能を切り分けることで効率よく成長させられる」という隠れたメリットがあったんじゃないか?
これにはもうひとつ間接的な証拠もある。
「ジョブ世界の程度表現の段階の数は、明確に5と決まってる。スキル世界のスキルレベルの上限も、同じく5だ」
「極意書」でスキルレベルの上限突破をしなければ、だけどな。
まあ、あんなのは例外中の例外だ。
スキルレベルの上限突破なんて、実際にやったやつはスキル世界でも俺だけだった可能性が高い。
「おおよそ、スキルのレベルが程度表現に変換されてるんだろうな」
ジョブ世界のユニークボーナスには、スキル世界のスキルと一対一では対応しないものがかなりある。
「攻撃に溜めを作ることで溜め時間に応じて攻撃の威力がそれなりに上昇する」なんかは、元となったスキルがはっきりしない。
リストからなくなったスキルを見ると、たぶん「チャージ」が変形したんだと思うけどな。
スキル制とジョブ制はそれぞれべつのシステムだから、対応がつかない部分があってもおかしくはない。
それでも、スキルレベルがある程度織り込まれる傾向にはあると思う。
じゃあ、スキル世界でスキルレベルを上げたように、ジョブ世界でユニークボーナスの程度表現を「上げる」方法はあるのか?
一応、あるにはあるんだが……
「おっと、最奥に着いたみたいだな」
俺は行く手に現れたフロアボス部屋前の安全地帯を見て、いったんジョブについての考察を打ち切った。
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