96 死亡しないフラグを立てたかった
キューブから元に戻った探索者たちを他の探索者たちが囲んでいる。
中には浅からぬ仲だった人たちもいるらしく、涙を流して抱き合ってる男女もいた。
「感応」スキルを酷使したほのかちゃんは、最後の一人が人間に戻ると同時に気を失ってしまった。
それも気がかりだが、俺には俺の役割がある。
ほのかちゃんのがんばりを無にしないためにも、俺がすべての決着を付けないとな。
探索者たちを遠巻きに眺めながらスキルの点検をしてた俺の前に、影がかかった。
「どうしても……行くの?」
芹香だ。
「行くしかないだろ」
「どうして悠人がそこまでしなくちゃいけないの? もし悠人が何もしなくても、穴は制御可能な範囲で安定化する可能性もあるんでしょ?」
「可能性があるってだけじゃな」
問題は、市民の避難が間に合うかどうか、じゃない。
市民の避難が何%間に合うか、だ。
逆に言えば、間に合わなかった人たちは助からない。
幹線道路の交通規制や自衛隊による空からの避難がある程度うまくいったとしても、十二時間では全市民を助けることはできないだろう。
病院や介護施設にはすぐには動けない人たちだっている。
「大丈夫。切り札になりそうなものはもらってる」
神器を預けられて、やっぱり怖いので行きませんとは言えないよな。
そう考えると神様にうまく乗せられたような気もするが……どっちにせよ俺は戦うことを選んだだろう。
「絶対死なないって約束して」
「……どうかな。そりゃ死ぬつもりはないよ」
「じゃなくて、ね……。私を、安心させてほしいの」
「安心?」
「うん、ごめんね、わがまま言って。私はパラディンナイツのギルドマスターとして、悠人を送り出すべきだと判断した。でも……ゆうくんの幼なじみの女の子としては、やっぱり行かせたくないって思っちゃうの。ギルドマスターの地位や責務なんかより、私には悠人のほうがずっと大事」
「芹香……」
「悠人が行きたくない、死にたくないって思うんなら……一緒に逃げよ? 誰にも悠人を非難させない。誰かに対して世界のために死んでこいなんて言う権利、どこの誰にもないんだから」
芹香の言葉に、俺はしばし沈黙する。
「……芹香もわかってるんだろ。俺は行く」
「うん。だよね」
「自分が逃げたせいで人が死ぬ、なんてのは嫌なんだ。まあ、本当に俺が100%死ぬとかだったら、さすがに逃げたほうがいいと思うけどな」
クダーヴェもいるし、神剣もある。
この事態に対処できるのは、正真正銘俺だけだ。
「……こんなときに聞くことじゃないと思うんだけど」
芹香が遠慮がちに口を開く。
「自殺しちゃった、後輩の女の子のこと」
「ああ……」
俺の高校時代の話だな。
凍崎純恋(当時は姓がちがった)からいじめられていた後輩の女の子をかばった。
当然ながら、いじめのターゲットは俺に変わった。
俺はいじめで不登校になり、そのあいだ再びいじめを受けるようになった後輩は自ら死を選んでしまった。
最後まで守ってやれなかった俺のことを責めながら――
「べつに、夏目のことがあってもなくても同じだよ」
夏目紗雪を守れなかったから代わりに世界を救ってやろうってわけじゃない。
「よく誤解されるんだが、俺はべつに彼女のことが好きだったわけじゃないぞ」
「えっ、そうなの?」
「やっぱり誤解してたのか」
俺と芹香は高校が別だからな。
芹香が事件のことを直接知ってるわけじゃない。
「羅漢」のギルドマスターだった凍崎純恋がいじめの主犯だったことも知らないくらいだ。
「誰かがいじめられてたら、そりゃ助けるべきだろ。なんでこんな単純な話が曲解されるんだろうな」
「ご、ごめん……」
「いや、芹香に言ったわけじゃないよ」
と応えつつ、俺は考える。
芹香がこんな話を持ち出してきたのはなぜだろう?
――ああ、不安になったからか。
俺が好きな女の子(恋愛感情はなかったのだが)を死なせた贖罪のために死地に赴こうとしてるんじゃないか。
芹香が心配するのもわからなくはない。
「……そういや、返事がまだだったな」
「返事?」
「ああ。芹香は俺に気持ちを伝えてくれた。その返事がまだだった」
「つ、伝えられたのかな、あれ。個人的にはノーカンにしてもらってやり直したいくらいなんだけど」
「俺とおまえじゃテイクいくつになるかわからないぞ」
「あはは……否定はできないかな……」
俺の気持ちは固まってる。
その返事を今するのもいい。
ロマンチックな状況かというと疑問だが、それで芹香が安心するなら安いものだ。
俺のほうでも後ろ髪を引かれることなく戦いに向かえる。
でも……なんて言えばいいんだ?
「好きだ、戦いに勝ったら付き合ってくれ」?
「この戦いから戻ったら結婚しよう」?
完全に死亡フラグじゃないか!
もっとこう、死にそうにない感じの、欲望丸出しのふてぶてしさがほしいよな。
クダーヴェとか、全然くたばりそうにないもんな。
ああいう、イキリきって突き抜けた感じの俺様系。
ああ、こいつは絶対帰ってくるな、とおもわず納得してしまうような言葉がほしい。
たとえば、そう。
「――生きて帰るなんて当然だろ。おまえを抱かずに死ねるかよ」
セリフは、考える間もなく俺の口からこぼれていた。
「へっ……?」
芹香が硬直する。
数秒かかって、ようやく意味がわかったんだろう。
芹香が音すら立てそうな勢いで赤くなる。
や、やりすぎたか?
「す、すまん。その、べつにセクハラしようとしたわけじゃなくてだな……!」
女性慣れしてないのに変にイキるんじゃなかった。
俺の顔まで赤くなる。
「も、もう! びっくりしたよ!?」
「わ、悪い」
気まずい沈黙が続いたあとで、俺と芹香の目が合った。
芹香は赤い顔で俺を上目遣いに見つめながら、
「……そ、そこまで言ったからには……絶対、帰って来てよ? 覚悟を決めて待ってるから。私に覚悟させておいて帰ってこなかったりしたら許さないからね!」
えっ、それって……
「あ、ああ。もちろんだ」
そんなこと言われたら、何が何でも帰ってくるしかないな。
ともあれ、覚悟は固まった。
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