90 神剣
ダンジョン神社の石段を駆け上ると、
「来たの」
狐耳ののじゃロリ神様が拝殿の前で待っていた。
「神様!」
「わかっておる。今は時間が惜しい。こちらに
神様はいつになく真剣な顔でそう言うと、賽銭箱のある欄干に上がる。
神様が拝殿の戸を左右に開く。
そして、そのまますたすたと拝殿の中に入っていってしまう。
「ま、待ってくれ」
俺は慌てて欄干に上り、神様に続く。
拝殿の奥に入ることには抵抗があるが、ついて来いと言うんだからしかたがない。
神様がいいと言ってるんだ。
バチが当たることもないだろう。
「これを見よ」
と、神様が社殿の奥、祭壇のようなものの前に置かれたものを目で示す。
それは、剣だった。
反りのない、刃渡り60センチくらいの丸みを帯びた直剣だ。
剣身も柄も、翡翠のような曇った
正直、切れ味がよさそうには見えないな。
剣には鍔がついていない。
だが、それでデザイン的には調和が取れている。
鍔を意図的につけなかったというより、鍔をつけるという発想自体がなかったんじゃないか。
剣に鍔をつけるという発想自体が一般的でなかった時代。
剣身を鋼で造る技術が完成されていなかった時代。
剣身に反りをつけて切れ味を増す技術がまだなかった時代。
剣が祭器として
そんな時代に造られたような雰囲気でありながら、その材質や加工方法がわからない。
一言で言えば、古墳から出土したオーパーツの宝剣って感じだな。
その宝剣は、淡く発光しながら、ガタガタガタ……!と台座を小刻みに揺らしてる。
なにこれ、怖い。
まるでポルターガイスト現象だ。
「急ぎ、熱田から取り寄せたものじゃ」
神様が言った。
「見て判ろう。激しく鳴動しておる。この剣が鳴動するなど、先の大戦以来のことじゃ。否、あの時ですら、か程にはっきりとは動いておらぬ」
「ち、ちょっと待ってくれ。まさかと思うが、この剣って……」
俺の問いには答えず、神様が剣を手に取った。
「これを持っていくがよい」
「うぇっ!?」
いとも無造作に剣を差し出され、俺は思わずのけぞった。
だって……この剣が本当に
「なんじゃ、要らぬのか?」
「い、いや! なんでそんな話になってるんだよ!? クローヴィスってそんなにヤバい相手なのか!?」
「分からぬ。我から見ても、かのエルフがそこまでの脅威とは思えぬのじゃがな。しかし、途方もなく巨大な因果が近づいて来ておるのは事実じゃ」
「因果ってなんだよ!?」
「ものごとの成り行き、事の運び、命運の行き着く先。この世界の運命が大きく捻じ曲げられようとしておるのじゃ」
「クローヴィスのせいで、か?」
「おそらくは。我に分かるのは、因果の迫ってくる気配のみ。その因果がどのようにして実現するかまでは分からぬのじゃ。我がそれに直接介入することも叶わぬ」
「……それで俺にこの剣を貸してくれるのか?」
クローヴィスがやろうとしてるのは、おそらく「精霊魔法」「儀式魔法」を使った大掛かりな魔術だ。
各地のダンジョンをフラッドさせ、カスケードの波を龍脈に沿ってこの奥多摩湖ダンジョンに収斂させる。
そうして集めた膨大なエネルギーを使って、クローヴィスが元いた世界への「穴」を開く。
クローヴィスは元の世界ではエルフを率いて他の種族を蹂躙し、王として君臨する存在だったらしい。
その座から追い落とされた復讐のために元の世界に戻るのだと、天狗峯神社ではるかさんに語っていた。
元の世界への帰還が目的だとしても、クローヴィスのやることがこの世界に悪影響を及ぼさないとは思えない。
クローヴィスの企みの副作用として、こちら側で何か重大な事態が起こる可能性はきわめて高い。
奥多摩湖ダンジョンのフラッド――程度ならまだマシだ。
最悪なのは、以前はるかさんが話してたダンジョンの崩壊が起こることだ。
ダンジョンの崩壊が起きたばあい、奥多摩湖を中心とする広い範囲が、魂のブラックホールと化したダンジョンに呑まれてしまうおそれがある。
奥多摩湖は、都心から外れてるとはいえ、ギリギリで都内に入ってる。
崩壊の範囲次第では、世界有数の人口を誇る東京都心がまるごとダンジョンに呑み込まれる、なんて事態にもなりかねない。
しかも、ダンジョンは魂を糧にして育つという。
東京の人口を呑み込んでしまえば、ダンジョンの崩壊は止まるどころかさらに加速することすらありうるだろう。
人口密度のあまり高くなさそうなクローヴィスやはるかさんのいた世界ですら、ダンジョン崩壊で世界が危うく滅びかけたんだからな。
この世界で同じことが起きたらと考えると……なるほど、そりゃこの剣だって鳴動したくもなるだろう。
クローヴィスがダンジョンの崩壊を狙ってる可能性は低くない。
というか、おそらく本命だ。
そもそも、はるかさんがこっちの世界にやってきたのは、向こうの世界でダンジョンが崩壊したからだ。
だとすれば、向こうの世界に帰ろうとしてるクローヴィスが、意図的にダンジョンの崩壊を起こそうとしてる可能性はかなり高い。
とはいえ、躊躇なく受け取れるような剣ではない。
いや、そもそも、
「この世界の武器はモンスターには効かないんじゃなかったのか?」
俺は疑問を神様にぶつけてみる。
「その認識は正確ではないの。この世界の武器には、モンスターに効くという因果が設定されておらぬ……というのが正確じゃ」
「どういうことだ?」
「そうさの。銃について考えてみよ。銃が人を傷つけるのは、銃に人を傷つける機能が備わっておるからじゃな?」
「そりゃそうだ」
「換言すれば、銃というモノには人を殺傷しうる因果が含まれておるということじゃ。ダンジョンで発見されるアイテムもまた同じ。アイテムはモンスターを殺傷しうる因果を含む。しかるが故に、モンスターへの武器となる。しかし、地上の兵器には、モンスターを殺傷するための因果が欠けておる。故に、地上の兵器はモンスターには効かぬのじゃ」
神様は当然じゃろうという態度で言い切ったが、つっこみどころが多そうな理論だよな。
銃が人を殺せるのは因果なんかのせいじゃなく、単に人体を破壊できるだけの威力で銃弾を発射できるからじゃないのか、とかな。
でも……そうか。
ダンジョンでドロップするアイテムに銃火器がないことはよく知られてる。
これなんかは、「銃火器ではモンスターは殺せない」という固定観念が因果となって銃火器のアイテム化を阻害してる……とでも解釈できるのかもな。
まあ、からくりドローンやからくり戦車みたいに、モンスターが銃火器や大砲を使ってくる例はあるんだが。
いや、それも、「銃火器で人は殺せる」「銃火器は人を殺すためのものである」という因果があるから、銃火器はモンスターの装備としてなら採用できる……ということなのか?
疑問百出の神様理論だが、今はそれを掘り返してる時間がない。
「……ひとまずそういうものだと思っておくよ。じゃあ、この剣はどうなんだ?」
「うむ。この世界の武器はモンスターを傷つけることができぬ。この剣もまた、モンスターなどというけったいなモノとのあいだに因果はない。よって、この剣もまた、モンスターを斬ることは
「なんだ、できないのかよ」
「慌てるでない。たしかに、モンスターは斬れぬ。じゃが、この剣が強い因果を持つこともまた事実。では、この剣が強い因果を持つ相手とは何か、じゃ」
「えっと……神話の通りなら」
「
「ちょっと待ってくれよ。それじゃあ、クローヴィスの目的が元の世界への帰還だってのは嘘なのか?」
ダンジョン崩壊は、あくまでも「現象」だ。
いくら神話の剣だろうと、現象を斬ることはできないだろう。
今の神様の話からすると、この先に待ち受けているのはダンジョンの崩壊ではなく、もっと実体のある脅威だということになる。
「先にも言ったであろう。我には分からぬと。ただ、近づきつつある巨大な因果を断ち切るためには、どうやら
そんな壮大な話をされても困るよな。
「ええっと……何が起こるかは蓋を開けてみないとわからないけど、この剣が必要な事態が起こりうるってことか? しかもそれは、神話レベルの何かだと?」
「うむ。おぬしの理解はいつも的を射ておる。さあ、受け取るがよい。この剣もまた、それ自体で神とも呼べる存在じゃ。我の分身と思って、心して握るのじゃぞ」
「……『鑑定』してもいいか?」
せめてもの抵抗に、俺は神様に聞いてみる。
「受け取ってから好きなだけやればよかろう。ほれ、時間がないのであろう?」
神様に剣を突き出され、俺は反射的にその柄を握ってしまう。
ひんやりとした柄が、俺を認めるかのように鼓動した。
……嫌な予感しかしないが、「鑑定」だけはしておこう。
Item?─────────────────
神器。
詳細不明。
能力値補正不明。
────────────────────
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます