71 久留里城ダンジョン
東京駅から高速バスで約一時間半。
下車した久留里城三の丸跡から坂を登ると、城の天守閣が見えてきた。
オリジナルの天守閣は明治時代になくなり、今あるのは後世に再建されたものらしい。
その天守閣の中に、Aランクダンジョン「久留里城ダンジョン」へのポータルがある。
――雑木林ダンジョンでボスのレベルレイズ稼ぎを試し、ダンジョンを枯渇させてしまったのが一昨日のこと。
昨日は予定通り、地元のAランクダンジョンに行ってきた。
出現するモンスターは、ゴブリンとオーク、その亜種・エリート種。レベル帯は170〜182。全九層で、一フロアの広さも平均的。
あらゆる意味で標準的な、ごく普通のAランクダンジョンだ。
それでもAランクになってるのは、単に出現モンスターのレベルが高いからだな。
けれん味のない素直なダンジョンだが、それだけに潜りやすく、初めてAランクダンジョンに挑む探索者にはおすすめだとwikiにも書かれているほどだ。
近隣はもちろん、他県からも探索者がやってくる、それなりに人気のあるダンジョンらしい。
でもまあ……俺にとっては今さら苦労する余地もないダンジョンなわけで。
レベル帯はこれまで潜ってきたダンジョンより100も上だが、現在の俺の能力値は高いもので20万(魔力)、低いものでも5528(攻撃力)もある。
オール10君換算なら、攻撃力を基準にしてもレベル552相当、魔力に至ってはレベル20000の水準だ。
初めてのAランクダンジョンということで慎重に進んだんだが、これと言って危ない場面もなかったな。
Cランクの黒鳥の森水上公園ダンジョンを初めて攻略したときより楽に感じたほどだった。
「危ない場面もなかったな(ドヤァ)」などとイキってみたが、もちろん道中の戦闘は全部「逃げる」を使ってる。
お世辞にも無双とは言いがたい光景だったことは認めよう。
ダンジョンボスはオークキング……のはずだったんだが、ちょうど他のパーティがボスに挑んで倒した直後だったらしい。
ボスは倒しそびれてAランクダンジョンは踏破扱いにならず。
当然、Aランクダンジョン初回クリアの特殊条件は達成しそびれた。
人の多いダンジョンではこんなこともあるってことか。
愛着ある雑木林ダンジョンを枯渇させて得たSPを使い、スキルを整えて行ったのに、あれではあまりにも不消化だ。
とはいえ、昨日のは念のための予行演習のようなもの。
スキルも今日の久留里城ダンジョンに合わせて調整してある。
ちなみに、SPの使い道は、
「獲得SPアップ」を2から3に
「切り札化」を1から3に
「罠発見」「罠解除」を1から5に
「雷魔法」を1から5に
「上級雷魔法」を取得
「感電耐性」を取得し、3に
「剣技」「弓術」「短剣技」「打撃武器」を取得
そして「シークレットモンスター召喚」を1から2に
合計305000の出費だ。
そうそう。「獲得SPアップ」についてはちゃんと説明してなかったよな。
普通に考えれば、SPの獲得効率が上がる「獲得SPアップ」を優先して取ったほうがいいのは明白だ。
ただ、この「獲得SPアップ」、スキルレベルアップに必要なSPがかなり高い。
以前1から2に上げたときで25600、今回2から3に上げるのには102400ものSPが必要だった。
スキルレベルアップに必要なSPはスキルレベルが1上がるごとに4倍になってくから、次回3から4に上げるときには409600、4から5に上げるには1638400ものSPが必要になる計算だ。
でも、考えてみればあたりまえかもな。
もしこのスキルが少ないSPで取得できてしまったら、いくらなんでもぶっ壊れすぎる。
費やしたSPを回収するのが困難なくらいのポイントを要求されるのは、理に適ってはいるだろう。
それでも、一度上げてしまえばその後は永久に獲得SPが増えるのだ。
膨大なSPに見合うだけの価値はある。
長期的に見ればその分のSPを必ず回収できるわけだからな。
……いや、そう思えるのは俺だけか。
普通なら1から2に上げるだけでも青息吐息。
スキルレベル上昇のために注ぎ込んだSPを回収できるほどに稼ぐには十年単位の時間がかかりかねない。
10万、40万、160万なんてSPがあるなら、もっと直接役に立つ強力なスキルを取るほうがよさそうだ。
ともあれ、今回の手持ちSPは40万強
「獲得SPアップ」のためにSPを貯めておく手もあるが、Aランクダンジョンでもっと効率のいい稼ぎが見つけられる可能性もある。
今のSPは他のスキルの整備に回し、探索を進めたほうがよさそうだ。
罠関係のスキルは調子に乗って5まで上げたが、たぶんAランクダンジョンでは過剰だろう。
「雷魔法」を上げきって「上級雷魔法」を取得したのは、もちろんからくり系モンスターには雷が有効だからだ。
逆に、敵からの感電攻撃対策として「感電耐性」を取得。
芹香にもらった「クローク・オブ・サンダーストーム」を使えればよかったんだが、ダブルフラッドのときに目立ってしまったので、あれは当分お蔵入りだ。
武器スキルでは、新たに「剣技」「弓術」「短剣技」「打撃武器」を取得した。
光が丘公園ダンジョンの道中ドロップや昨日のしょぼい(当社比)Aランクダンジョンのドロップ・盗品で、ひと通りの武器は揃っている。
最終的にはどれかをメインに決めたいが、しばらくはお試しでいろいろ使ってみるのもいいだろう。
取得したのはどれも取得SPが100で済むスキルだからな。
現在の俺にとっては誤差みたいな出費なので、お財布にも優しいというわけだ。
……爪に火を灯すような思いでSPをやりくりしてる一般的な探索者に聞かれたら怒られそうな話だが。
ちなみに、武器スキルにはかなりのバリエーションが存在する。
剣だけでも「剣技」「剣術」「刀剣術」「片手剣」「両手剣」「フェンシング」などがあり、効果や取得SPに微妙な差があるという。固有スキルまで含めるとさらに膨大な数になるらしい。
俺が天狗峯神社ダンジョンの初回踏破時の特殊条件で手に入れた「奥義書・序の巻」でもいくつかスキルが増えてるが、今回はお試しなのでまずは一般的なスキルから取得した。
「シークレットモンスター召喚」もレベル2に上げている。
これによって同時に召喚できるモンスターが二体となり、堡備人海と布袋の同時召喚が可能になった。
といっても、これはあくまでも保険だ。
「逃げる」での稼ぎをするときには、モンスターを召喚してると邪魔になる。
二体とも俺の命令をよく聞いてくれるんだが、「『逃げる』を使うときはモンスターを最低一体は残してくれ」といった抽象度の高い命令はさすがに理解できないみたいだからな。
誤ってモンスターを倒してしまう事故を防止するために、「逃げる」で稼ぐときは「シークレットモンスター召喚」をなるべく使わないようにしたいのだ。
もちろん、召喚してモンスターを倒させ、最後の一体になったところで召喚解除、しかるのちに「逃げる」で逃げる……という段取りを踏めば、この問題は回避できる。
でも、やることがちょっと煩雑になりすぎるよな。
同じ作業を数えきれないほど繰り返すことを考えると、段取りはなるべくシンプルにしておきたい。
何も考えず無心で回せるようにしておいたほうが、ミスが少なく安定もするはずだ。
現状、うちのエースたちを出さなければ道中の雑魚が倒せないなんてこともないんだし。
というわけで、「シークレットモンスター召喚」による二体召喚は、不測の事態に備えての奥の手だ。
既に奥の手がいくつもあるような気がするが、その中では比較的使いやすい部類の奥の手だろう。
助さん、格さん、懲らしめてあげなさい、って感じだな。
Aランクダンジョンのモンスターが相手なら、実際あれと同じくらいのテンポ感で倒してくれるから安心だ。
もしあの二体が勝てないような敵が現れたら?
あの二体を囮にしてそのあいだに「逃げる」しかないだろうな。
だが、それをやってしまうと、堡備人海・布袋という個体は失われ、最初の召喚からやり直しになってしまう。
それを抜きにしても、二体には愛着が湧いてきてるからな。ロストするような運用はしたくない。
さて、天守閣の中にあったポータルから、俺は久留里城ダンジョンの中へとワープした。
ダンジョン内部は……なんていうかな、レトロゲーに出てくる和風からくり屋敷みたいな雰囲気だ。
何かの間違いで平賀源内が江戸時代に産業革命を起こしてしまい、スチームパンクと江戸文化がごちゃまぜの近代を迎えてしまった、というような。
基本的には角ばった通路ばかりの他のダンジョンとは異なり、このダンジョンの通路は円の弧を描いている。
灰谷さんから聞いてた通り、バウムクーヘンのような構造になってるらしい。
マッピングに失敗すると木の年輪のどのあたりにいるかがわからなくなり、現在位置を見失ってしまうという。
年輪の内側、外側を行ったり来たりさせられる上に、忍者屋敷のような回転扉、隠し扉も目白押し。
「なるほど、なかなか厄介だな」
まあ、俺には「ミニマップ」があるけどな。
ひとまず「ブロードソード」を手に提げて、俺はダンジョンの円弧を進んでいく。
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