69 凍崎誠二

 あのクローヴィスとかいうハイヒューマン様が強引な手段を取るんじゃないか――俺はそう懸念したのだが、


「大丈夫よ。私だって自衛の手段は持ってるし……この神社の住職さんと神主さんにも相談するから」


 天狗峯神社は、もともと神仏習合の修験道を奉じる寺院兼神社で、住職さん、神主さんはともに探索者でもあるらしい。

 彼らは山伏たちを組織して探索者ギルドも作ってる。

 その探索者ギルド「役小角えんのおづぬ」は、協会からAランク認定を受けるほどの実力派だ。

 ほのかちゃんの山伏修行をやってるのもその仲間の人たちらしい。

 昨日はちょうど神社を離れてたそうだが、戻ってこればハイヒューマン様を追い返す程度のことはできるということだ。


 ……あいつがどこからはるかさんのことを嗅ぎつけたのかわからないのは不安だけどな。


 俺はあのあと、バス、電車を乗り継いで家に帰った。

 天狗峯神社ダンジョンはやっぱり往復に要する時間が長いよな。

 「幻獣召喚」も済んだ以上、あのダンジョンに潜る機会はなくなるだろう。

 ほのかちゃんの修行が明けたら顔を見せてあげたいが、芹香との関係が中途半端なままでほのかちゃんにあまり構うのもどうなのか。


 ほのかちゃんだって修行してるんだ。

 余計な心配はせず、俺は俺でダンジョン探索に励むのがよさそうだ。


 そう気合いを入れ直した翌朝、早起きした俺は父と朝食のテーブルを囲んでいた。


 これはけっこう珍しい光景だ。

 郊外の家から都心まで通勤する父の朝は早い。

 対して、俺は探索者という名の自由業で、朝の時間は自由がきく。

 自然、実家で早起きするのは、母>父>(越えられない壁)>俺 ということになりやすい。


 ほのかちゃんが山中に入って夜も明けきらないうちから厳しい修行をやってると思うと、自然に朝早く目が覚めた。

 結果、父と一緒に居心地の悪い朝食を摂るはめになったというわけだ。


 リビングのテレビはニュース番組をやっている。

 VTRで映されたのは、スーツのピンホールに国会議員のバッジをつけた酷薄そうな四十代の男。

 後ろに撫で付けた髪、長くくっきりした眉、異様な力を秘める瞳、引き結ばれた薄い唇……。

 イケメンと言えなくもないはずだが、見てると背筋の寒くなる顔だ。


 そんな男に、テレビ局の女性インタビュアーがマイクを突きつける。


凍崎とうざき議員! 娘さんが代表を務めていた探索者ギルド「羅漢」で内部告発が相次いでいる問題についてお聞かせ願えますか!?』


 一瞬不快げに眉を寄せた男だが、すぐに取り繕ったような笑みを浮かべた。

 笑みといっても、口角がわずかに上がっただけで、目はまるで笑ってない。


 そう。

 こいつは凍崎誠二せいじ

 「羅漢」のギルドマスターだった凍崎純恋すみれの養父だ。


『娘は被害者です。娘は誰よりもギルドの仲間のことを大事にしていました。実の家族のように思っていたのです。それを裏切り、殺した探索者こそ罪に問われるべきです』


 眉ひとつ動かさず、いけしゃあしゃあと言う凍崎。


「この男の顔は気に入らんな」


 と、父がつぶやく。


 俺の両親も、俺が高校時代に凍崎純恋(当時は姓が違ったが)から集団的ないじめに遭ってたことは知っている。

 その凍崎純恋を養女として引き取ったのが、この参議院議員凍崎誠二なのだが、さすがにそのことまでは知らないはずだ。


「何を考えて有権者はこの男に票を入れたんだ」


「参議院だから比例区当選なんじゃない?」


「羅漢ヒューマンリソースの組織票を頼りにしての比例区か。あちこちの会社をおかしくして回ってると、悪い噂しか聞かないがな。こいつが次の厚労相候補とは……悪い冗談みたいな話だ」


「えっ、まさか、ブラック企業経営者が厚生労働大臣になるのかよ」


「今回の『羅漢』……探索者ギルドのほうの『羅漢』の件で、その話もどうなるかわからないらしいがな」


 それなら、俺のやったことにも意味があったってことか。

 いや、俺はほぼ見てただけみたいなもんだけどな。


『娘の死の真相を私は知りたいのです』


 凍崎誠二が芝居がかった口調でくりかえす。


「追い詰められているようだな」


 父がぽつりと言った。


「どういうこと?」


「『上』からプレッシャーをかけられているのではないか?」


「よくわかるね」


「出世レースで土俵際に追い詰められたやつはだいたいこんな顔になるものだ」


「へえ」


 会社勤めの長い父にはわかるらしい。


「この男がどう言い逃れしようと、与党への風当たりが強くなったのは事実だろう。だから追及の矛先を逸らそうとしているのだろうな」


「ああ、『羅漢』のブラック問題では分が悪いから、被害者の父って立場を強調し出したってことか」


 テレビの画面ではインタビュアーが凍崎に食い下がる。


『真相とは、どのような? 既に「羅漢」の探索者が内部事情を語っていますが?』


『まず最初に断っておきたいのは、探索者ギルド「羅漢」は、私が会長を務める羅漢ヒューマンリソースとは関係がないということです』


「そらきた」


 父が嫌そうに顔を顰める。


『親族が経営する会社、それも同じ「羅漢」の看板を掲げる会社が無関係というのは詭弁ではないですか?』


『君がどう感じようと勝手ですが、実際、資本関係はありませんよ。ビジネス上の取引もありません』


『羅漢ヒューマンリソースで雇い止めにあった労働者が探索者ギルド「羅漢」に流れていたという話もありますが……?』


『会社を去った者がその後どこで働こうと私の関知するところではありません。それに、失業者が探索者になるのは珍しくもなんともないことです』


 後半は事実ではある。前半は嘘に決まってるが。


『探索者ギルド「羅漢」の問題は、司法の判断を待つべきことでしょう。私も労働問題の専門家として、この問題には関心を抱いています』


 労働問題の専門家ね。

 よくもぬけぬけとそんなことが言えたものだ。


『先ほども言いましたが、私は娘の死の真相が知りたい。労働条件に関する内部告発は司法の問題ですが、私は彼女の父親として、あの日ダンジョンで本当に起きたことが知りたいのです』


『証言者が虚偽の証言をしていると?』


『そうは言いません。しかし、利害関係者ではあるでしょう。客観的な立場で証言しているとは言えません』


『ですが、他に目撃者はいないのでは?』


『いえ、事情を知っているはずの男が一人います。――黒天狗と呼ばれる正体不明の探索者です』


「ぶっっ……!」


 俺は危うくコーヒーを吹きそうになった。


「なんだ、汚いな」


「な、なんでもない」


『私は黒天狗を探しています。娘の死の真相を知るために。もし、黒天狗と呼ばれる探索者に、娘を亡くした親の心がわかるのなら、どうか自発的に名乗り出てほしい。これは殺人事件なのです』


『ダンジョンの中のことでは立証は難しいのではありませんか?』


『その通りです。ダンジョンの中ではすべてがブラックボックスになってしまう。法の支配が及ばない。私はこの現状を苦々しく思っています』


『探索者協会の自浄作用には期待できないと?』


『黒天狗のような重要な証言者すら出てこない。隠れてしまう。やりたい放題ではないですか』


 そういえば、探索者ギルド「羅漢」は、探索者協会の乗っ取りを企ててたんだったな。

 その差し金を引いてたのは、凍崎純恋ではなく、養父であるこの凍崎誠二のほうだったのか?


『……いえ、私がお尋ねしているのは、議員の娘さんが代表を務める探索者ギルドで、虐待的な管理が横行していたことについてで――』


『――娘の死はショックでした。もう二度と純恋のような悲劇を繰り返したくない。そのためにも、探索者への規制は必要です。私は、私の政治生命を賭けて、探索者への法規制強化を推し進める覚悟です』


 まくしたてるように締め括ると、凍崎誠二は黒いハイヤーに乗り込み、インタビュアーから逃げるように去っていった。

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