62 ほのかちゃんの決意
俺は、一昨日からやりたいと思ってたことを試すため、新宿駅から電車で地元に戻る。
地元駅からローカル線を乗り継いで終着駅に。
そこのバス停から天狗峯神社行きのバスに乗る。
昨日芹香とああいう話をした後でほのかちゃん、はるかさん親娘と会うのは少なからず気まずいが、今日の目的は二人ではなくダンジョンのほうだ。
一昨日「広さ不足」で失敗に終わった「幻獣召喚」。
あれを、天狗峯神社ダンジョンのボス部屋で、もう一度試してみたいのだ。
天狗峯神社ダンジョンのダンジョンボスはだいだらだ。
その巨体に合わせてか、天狗峯神社ダンジョンのボス部屋は他のダンジョンよりもはるかに大きい。
あれだけの広さがあればさすがに広さが足りないとは言われないだろう。
……ていうか、もしあの広さでも召喚できないとしたら、その「幻獣」とやらをどこで使えばいいんだって話だよな。
ダンジョンの中ではほぼほぼ使えないことになってしまい、その幻獣がいかに強力だったとしても宝の持ち腐れになってしまう。
昨夜寝不足だったせいで、うとうとするうちにバスは山頂の神社に着いていた。
バスから降りると、
「――悠人さん!」
ほのかちゃんが駆け寄ってきた。
今回の目的はダンジョンとはいえ、ここまで来たのにあいさつもせずに帰るのは不義理だろう。
今日ここに来ることは、事前にほのかちゃんには伝えている。
「ひさしぶり……でもないかな。その格好は?」
と、俺が訊いたのは、ほのかちゃんが見慣れない格好をしてたからだ。
山伏、というのだろうか。
白一色のあわせと脚絆、頭には蓑笠までかぶってる。
「これから、天狗峯神社に伝わる山伏修行に参加するんです」
「山伏修行?」
「はい。自然と融合するのにはうってつけの修行なんです。お母様から受け継いだエルフの血から力を引き出して、精霊との交感ができるようになりたいのです」
「それってこの世界の修行でなんとかなるものなの?」
「お母様がおっしゃるのですから間違いありません」
はるかさんが言うならそうなんだろうな。
「悠人さんは、探索者として私のはるか先を進んでいます。詳しくはお聞きしていませんが、特別な方法で強くなっているのですよね?」
「……そうだな」
「逃げる」やそれを使った稼ぎについては、ほのかちゃんやはるかさんには話してない。
信用してないわけじゃなく、単に話す必要がなかっただけだ。
「悠人さんの隣に立つためには、私にも何か特別なものが必要だと思ったんです。お母様から探索者としての指導もしていただいていますが、それだけではきっと足りません」
強い覚悟を秘めた瞳で、ほのかちゃんが言い切った。
そんなほのかちゃんに、俺は罪悪感を抱く。
だって、俺はもう芹香と……。
芹香へのちゃんとした返事はまだだが、それでも、はっきりさせるなら早いほうがいい。
俺なんかのためにほのかちゃんが厳しい修行をしようとしてるならなおさらだ。
が、口を開きかけた俺を、ほのかちゃんが制した。
「……待ってください」
ほのかちゃんが細いため息をつく。
「悠人さんと芹香さんがお似合いだってことくらい、わかってます。強い絆で結ばれてるということも」
また口を開きかける俺を制して、
「ですが、私は強くなりたいんです。いえ、強くならなくちゃいけないんです。自分を守り、お母様を守るためにも。そのために――今はまだ、希望をなくさせないでくれませんか?」
「ほのかちゃん……」
「私、人に頼ってばかりだと思うんです。依存する、と言いますか。何かにつけ不安で、自信がなくて……だから、はっきりした考えを持つ人や、声の大きな人に流されてしまう……。悪い人に騙されたこともそうですが、お母様や悠人さんを尊敬する気持ちの中にも、絶対だと思った人の言葉に従うことで、自分であれこれ悩まなくて済むっていう、よくない動機があると思うんです」
「それは……」
付き合いが長いわけじゃないから、俺もほのかちゃんの性格が全部わかってるわけじゃない。
でも、そんな傾向はあるかもな。
「そういう自分を変えないと、また悠人さんやお母様、芹香さんに迷惑をかけてしまうかもしれません。いえ、それ以前に、尊敬してる人たちのことを自分で考えることから逃げるための便利な避難先にするのは失礼だと気づいたんです」
「……ほのかちゃんの歳なら、まだ大人に甘えてもいいと思うよ」
「ですが、私とお母様の置かれている状況はいいとはいえません。いつか、お母様がエルフであり、私がその血を引いていることが知られてしまうかもしれません」
「そうだな……」
その可能性は否定できない。
口先だけで安心させようとしたところで、ほのかちゃんが納得することはないだろう。
「私は、弱いです。実力だけの問題じゃありません。人にすぐ依存しようとする心の弱さが問題なんです」
「それを、修行でなんとかしようと?」
「簡単に直ることではないと思います。でも、目指すと目指さないとでは大違いですから。ただ、とても厳しい修行だと聞いてます。正直言って、怖いです……」
「ほのかちゃん……」
「だから、今だけは。あなたのことを好きな私でいさせてください。ちょっとだけ、もう少しのあいだだけ、悠人さんの優しさにすがらせてください。嘘でもいいから、まだ私に夢を見させてください」
そう言って潤んだ瞳で見上げてくるほのかちゃん。
……ここまで言われて、「ごめん、俺は芹香が好きなんだ」とは言えないよな。
「わかった。何も言わない。応援してるよ、ほのかちゃん」
「ありがとうございます、悠人さん」
「でも、ひとつだけいいかな?」
「……はい、なんでしょうか?」
「本当に辛かったら、逃げてもいいんだよ。無理だと思ったら、俺やはるかさんを頼ればいい。芹香だって、きっと力を貸してくれる」
「芹香さんは、本当に強くて優しい人です。もし私が芹香さんだったら、私のことを助けようと思えないかもしれません。私は本当に弱くて、醜くて……」
「芹香だっていろいろ乗り越えてきたんだよ。最初から強かったわけじゃない」
「でも、芹香さんに負けたくないです。妬ましくて、悔しくて……。お世話になってるのにこんな気持ちを持ってしまうのも、私の弱さなんだと思います。私も強くなりたいんです。芹香さんへの競争心なのか尊敬なのか……私にもよくわかりません」
「ほのかちゃんやはるかさんの置かれた状況を考えれば、強くなるに越したことはないと思う。でも、ほのかちゃんが強かろうが弱かろうが、それだけで俺がほのかちゃんのことを好きになったり嫌いになったりすることはない」
「そんな……決心が揺らぐことを言わないでください」
「辛いことを乗り越えたら強くなるってこともあるけどさ。心や身体を壊したら、簡単には治らないことだってあるんだ。強さなんて関係ない。ほのかちゃんはかけがえのない存在なんだ」
「悠人さん……」
「弱い部分も含めて自分は自分。そう受け止めたほうが、きっと強くもなれるはずだ。俺も、それがわかるまでにこんなに時間がかかってしまった」
「わかりました……。悠人さんのお言葉を胸に刻みます」
「うん」
「もう行かなきゃいけないんです。修行が始まったら、しばらくは人と会うこともできません。……だから……そ、その……最後に、だ、抱きしめてくれませんか?」
「えっ」
ほのかちゃんは、返事も聞かずに俺の胸に飛び込んできた。
蓑笠が落ち、結い上げた金髪が現れる。
俺はしばらくのあいだ、ほのかちゃんを抱きしめ、その頭を優しく撫でる。
「無理を言ってごめんなさい。もう行きますね」
「気をつけてね。修行がうまくいくことを祈ってる」
「はい、ありがとうございます、悠人さん」
蓑笠をかぶりなおし、境内の奥に向かっていくほのかちゃんを見送る俺。
その背後からいきなり声をかけられた。
「……あの子も、知らないあいだに大人になってるのね」
「う、うわっ!?」
驚いて振り返ると、そこにはくすりと笑うはるかさんがいた。
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