48 終息

《Sランクダンジョン「新宿駅地下ダンジョン」のフラッドが終息しました。》



「おっ、あっちも無事終わったのか」


 小規模なフラッドということだったので大丈夫とは思ったのだが、なにせSランクダンジョンだ。

 しかも新宿駅という国内有数の旅客量を誇るターミナル駅の真下にある。


 ところで、なぜそんな危険な場所にある駅を移設しないのか? と思ったやつもいるよな?

 俺も最初はそう思った。


 だが、無数の路線が乗り入れる新宿駅をまるまる他の場所に移すのはあまりにもコストがかかりすぎる。

 移設工事中は駅が使えないので経済活動の面でも混乱が大きい。


 そういう大人の事情も大きいのだが、最大の理由は、移設後の駅がダンジョンにならない保証がないということだ。


 どういう場所、施設がダンジョン化するのかはいまだに解明されていない。

 だが、天然の要害、大きな洞窟や地下空洞、古い神社や寺、古くからの霊地……といった自然系・宗教施設系のダンジョンに加え、複雑な構造の施設・建築物・人工物もまたダンジョン化しやすいと言われている。

 ダンジョン化するほどに複雑な新宿駅を別の場所に移設したら、やはりその新・新宿駅もダンジョン化するのではないか――

 それが、新宿駅が移設されなかった理由らしい。

 まあ、昼に芹香に聞かされたことの受け売りなんだが。


「芹香は無事だよな?」


 こんなとき同じギルドのメンバーなら「Dungeons Go Pro」のギルドチャットで確認できるんだけどな。

 スマホ本来のメッセージアプリは、スマホが圏外となりダンジョン内では使えない。

 ダンジョン内への基地局設置の実証実験は失敗に終わったって話だ。


 ……じゃあ「DGP」がどうやってギルドチャットを送受信してるのかって話になるんだが、そのくらいのことは今さら驚くようなことじゃない。

 スマホのOSもスペックも無視して動き、モンスター撃破時には落ちたマナコインを回収する。

 回収したマナコインは各国通貨に現金化することもできる。

 通貨への現金化が行われた場合には、各国の造幣局に等しい額のマナコインが転送されるという話だ。

 そのマナコインは魔力発電所に送られ、人々の生活を支える電力になる。

 これのおかげで日本の石油・天然ガスの輸入量は激減、エネルギー自給率も飛躍的に高まった。

 こんなわけのわからない現象を起こすアプリなんだから、基地局もアンテナもなしでギルドチャットができるくらい、不思議のうちにも入らない。


 俺はスモウレスラーとの戦いでずれていた「鴉天狗のお面」を被り直す。

 ボス部屋の前に戻ると、羅漢の生き残りたちの気配が死体の陰に見つかった。

 よかった。

 なんとか生きていたらしい。


「終わったぞ」


 そう声をかけると、死体の陰から羅漢の探索者が這い出してくる。


「まさか、倒したのですか!? 凍崎代表にレベルレイズされたダンジョンボスを……!」


「ああ」


「し、信じられません……。でも、『天の声』もフラッドは終息したと……」


「べつに信じてくれる必要はない。奥にポータルがある。脱出するぞ」


 フラッドが収まったということは、ダンジョン全体へのレベルレイズも元に戻ったはずだ。

 ダンジョン前は「聖域」に戻るだろうし、砕けた途中ポータルもそのうち元に戻るだろう。

 が、それには時間がかかるのか、今のところ復活の兆しは見られない。


「ないと思うが、まだレベルが下がってないモンスターが残ってるかもしれないからな。今のうちに奥から出る。怪我人はいるか?」


「いえ、生き延びた中に怪我人はいません。一撃でも喰らった人はみんな死んでしまいました……」


 暗い顔でスウェットの女性が言う。


「そうか。死体くらいは回収してやりたいよな」


「でも、どうやって」


「ちょっと待て」


 俺は「DGP」のメニューからとあるスキルのレベルを上げる。

 「アイテムボックス」を1から4に。

 レベルアップに必要なSPは合計16800と安くはない。

 だが、今ならうなるほどSPが貯まってる。

 いずれにせよ「アイテムボックス」の拡張はしたかったし、今やってしまってもいいだろう。

 俺はボス部屋前に散らばる羅漢探索者の死体をアイテムボックスに回収した。


「あ、あなたのアイテムボックスの容量はどうなってるんですか!?」


 と、女性に驚かれる。


「詮索するな。さっさと出るぞ」


「あ、はい、すみません!」


 さすがブラックギルドのメンバーというべきか、命令には即座に従ってくれる。

 俺は生き残りの三人を連れてボス部屋を横断し、奥にあるポータルに飛び込んだ。


 一瞬のラグのあと、俺の頬を夜風が打つ。

 都会の中の公園からは、光の灯った高層ビルと、星の少ない夜空が見える。


「そ、外だ……!」


「た、助かったんだ!」


「うあああああああん!」


 三人は力が抜けたようにへたりこむ。


「悪いが、回収した遺体はここに置いていくからな」


「あ、ありがとうございました! その……お名前を教えていただけませんか!? 必ずお礼に参ります!!!」


「行きがかりで助けただけだ。礼はとくにいらないよ」


「そ、そんなわけにはいきません!」


 と、食い下がってくる女性。


「……そこまで言うなら、ひとつだけ」


「な、なんでしょうか! 私にできることならなんでもします!!!」


「俺は、『羅漢』を助けたかったわけじゃない。もし礼がしたいというのなら、ギルドではなく、君個人でやってくれ。大した礼じゃなくて結構。君が、誰にも支配されず、誰も支配せずに得られた成果。その中から、できる範囲で何かしてくれればそれでいい」


「わ、私にできること、ですか……」


「凍崎純恋を失った『羅漢』は潰れるだろう。でも、君たちは助かった。せっかく助けたんだ、また羅漢グループにつかまって死地に送られるような目には遭わないでくれ。それが、俺にとっては何よりの礼だ。じゃあな」


「あっ、待ってくだ――」


 俺は返事を聞かずに「敏捷」全開でその場から逃げた。


 ……いくらなんでもかっこつけすぎだろ。


 元ひきこもりが偉そうに言えたことか。

 なんだか感激したような目に見送られてしまったが、俺はそんなできた人間じゃないんだよ。




 公園を出てからスマホを開く。

 交通情報アプリがあらゆるアラートを発していた。

 ダンジョン内にいたせいで届かなかったものが一斉にやってきた感じだな。

 新宿を中心にJR私鉄各線は軒並み運行を見合わせている。

 警察は新宿駅及び光が丘公園一帯の交通封鎖を行なってる。


「フラッドが収まったとはいえ、エキチカのほうは地上にモンスターが溢れた可能性もあるな」


 Sランクダンジョンとはいえ、今の俺ならモンスター退治の手伝いくらいはできるだろう。

 まずは、確実に駆り出されてるであろう芹香との合流が先決か。


 と思っていると、当の本人から着信が来た。


『ゆうくん! 無事!?』


 あまりの音量に、俺はスマホから耳を離す。


「ああ、無事だ。そっちこそ大丈夫か?」


『こっちは全然だよ。小規模なフラッドだったし、協会にはSランクパーティもいるからね。その様子だと悠人も無事みたいだけど……まさか』


「ああ。光が丘公園のフラッドを潰したのは俺だよ」


『2ランクアップフラッドだよね!? どうして発生してすぐに収まってるの!?』


「ちょうどボス部屋の前にいたんだ」


『ああ、ボスさえ倒せばよかったんだね』


「まあ、凍崎純恋のせいでえらいことになったけどな」


『えっ、どういうこと?』


「詳しいことはあとで話すよ。ただ、凍崎純恋はダンジョンボスに敗れて死んだ。羅漢のパーティも壊滅的な状況だが、三人だけ生存者がいる。ダンジョンの外までは連れ出したから、協会から救護の人を出してやってほしいんだ」


『と、凍崎さんが死んだ!? ダンジョンボスと戦ったってことは……ダンジョンボスは凍崎さんに合わせてレベルレイズされてたってことだよね?』


「そうなるな」


『それを、悠人が倒しちゃったの?』


「そうするしかなかったからな」


『はぁ〜、びっくりだよ……』


「仮面をつけてたから正体はバレてないと思う。俺がやったってことは隠しておけないか?」


『言っても信じてもらえないよ……。わかった。そういうことで手を回しておくから』


「すまん、助かる」


『これで貸し三つだからね? 何をおねだりしようかな?』


「…………」


 どうやら、お願いの代償は高くつきそうだ。





 電車が動かなかったので、都内に宿を取ることにした。


 といっても、新宿周辺は帰宅難民でホテルがいっぱいだ。

 アイテムボックス内の普段着に着替えて、山手線沿いに南下しながら、スマホでホテルの空室を検索する。


 最悪ネカフェかなと思ったが、品川のホテルを取ることができた。

 そこそこいいホテルだけど、ホビットスモウレスラーの落とした金が丸々残ってるからな。このくらいの贅沢は許してもらおう。

 新宿から品川までけっこう歩いたが、ダンジョン探索に比べればなんてことはない。


 新たに取得したスキルや、取得可能になったスキル。

 ついに80万を突破したSP。


 考えたいことは山ほどあるが、さすがに俺も疲れてる。

 シャワーだけ浴び、倒れるようにベッドに転がった。


 それでも気になって、「Dungeons Go Pro」のメニューを何気なく開く。


 すると、


「うおっ!?」


 これまでずっと表示されなかった項目が増えていた。


 固有スキル「逃げる」のスキルレベルアップ。


 必要SPは……


「ろ、64万!?」


 道理でこれまで表示されなかったわけだ……。


「64万ともなると迷うな」


 それをすべて通常のスキルの取得に回せば、戦術が増え、ボーナスで能力値も高くなる。

 「逃げる」のレベル2でどんな能力が解放されるかはわからないが、64万SP分のスキルとボーナスを上回るだけの価値があるだろうか?

 「逃げる」際の逃げタイマーの時間が5秒短くなるのは大きいが、それだけのために64万払えるかというとな。

 稼ぎの効率を重視するなら、たとえば「獲得SPアップ」を5まで上げるほうが、必要なSPはずっと少ない。

 その「獲得SPアップ」に「切り札化」が適用可能なら、さらに獲得SPの増加量を上げられる。

 「逃げる」に64万を突っ込むのはそのあとでも遅くないんじゃないか?

 でも、「逃げる」はたぶん、スキルレベルが上がるごとに追加の効果が出るんだよな……。

 その追加の効果がSP64万に見合うか…………ああ、思考がループしてるな。こりゃダメだ。


「あーもう。今日は考えられんな……」


 まぶたを下ろすと、睡魔は驚くほど早く襲ってきた。

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