39 対抗策を考える
前に「逃げる」。
《「逃げる」に成功しました。》
《経験値を得られませんでした。》
《SPを372獲得。》
《49510円を獲得。》
《「金塊」を手に入れた!》
《40845円を落としてしまった!》
「やっぱトレジャーホビットがいると効率がいいな」
ソードマン、シールダー、アーチャー、メイジ、トレジャーホビットの5体編成のうち、シールダー以外を倒してこの結果。
獲得SPは4体の合計62に格上補正6倍で372。
取得SP100のスキルなら、一回の戦闘で三つも取れてしまう計算だ。
取得SPが400、800のスキルであっても、二回、三回の戦闘で手が届く。
これまでとは段違いの稼ぎを繰り返したことで、ようやく気持ちが落ち着いてきた。
で、落ち着いて考え直してみると、とある疑問が浮かんできた。
それを一言で言うならば――
……だ。
もう一度、ステータスを見てみよう(「鑑定」結果はノートに写してある)。
Status──────────────────
凍崎純恋
羅漢ホールディングス会長付秘書、探索者ギルド「羅漢」ギルドマスター
公式レベルランキング(日本)24位
レベル 2874
HP 27015/27015
MP 25828/25828
攻撃力 29852
防御力 27363
魔 力 24391
精神力 24004
敏 捷 22816
幸 運 20692
・固有スキル
レベルドレイン S.Lv3
・取得スキル
雷魔法2 簡易鑑定
・装備
スコーピオンテイル(鞭。攻撃力+1400。まれに毒・麻痺を付与する)
吸血妃のドレス(防御力+1210、精神力+1300。即死無効。攻撃時に与ダメージの10%分のHPを吸収する。)
女王のピアス(毒、麻痺、石化、睡眠、混乱、沈黙に耐性。敏捷-750)
SP 74
────────────────────
たしかに、レベルは驚異的だ。
2874。
国内レベルランキング24位は伊達じゃない。
だが、レベルの割に、取得済みのスキルは「雷魔法2」と「簡易鑑定」の二つだけ。
この矛盾が意味することは明白だ。
レベルのほとんどを「レベルドレイン」で他人から吸い上げることで稼いだのだろう。
つまり、実戦経験はあまりない。
気づいたことは他にもある。
「能力値がレベルに比べて低いよな」
レベル1のときの能力値がオール10の探索者を想定してくれ。
毎度お馴染みの平均点君だ。
正確には各能力値の平均は9.2前後らしいが、10のほうが計算しやすいからな。
平均点君は平均的な探索者より全体的に能力値に恵まれてることになるので、どちらかというと優等生君と言ったほうが正確だろう。
まぎらわしいので、オール10君としておこうか。
このオール10君が、苦心惨憺のすえレベル2874に到達したとする。
おめでとう! オール10君!
やったな! オール10君!
君もレベルランキングに載ってるよ!
さて、晴れてランカーになったオール10君のステータスを覗いてみよう。
レベルアップ時の能力値の上昇幅は、レベル1のときの能力値に等しい。
だから、スキルによるボーナスがなかったとすると、「オール10君Lv2847」の能力値は、すべて28740となる。
オール10君はオール28740君にクラスチェンジしたわけだ。
言いにくくてしかたがないので、キリのいいところまでレベルを上げ切ってほしいところだよな。
大丈夫! 君ならやれるさ、オール28740君!
さて、われらがオール28740君に比べると、凍崎純恋の能力値は軒並み低い。
攻撃力だけは29852あるが、これは装備してるスコーピオンテイルの補正がかかった値だ。
装備を外せば28452となって、28740を下回る。
となると、凍崎純恋の基本能力値(レベル1のときの能力値)はすべて10以下ということになってくる。
「ちょっと計算してみるか」
凍崎純恋は取得スキルが少ないので、スキルによるボーナスを逆算するのは簡単だ。
スキルのボーナスと装備品の上昇値をステータスの値から引き算する。
そうして出た値を2874で割れば、凍崎純恋のレベル1のときの能力値が逆算できる。
「……あれ?」
計算してみると、結果がおかしい。
レベル1の凍崎純恋は、
レベル 1
HP 9.4
MP 8.9
攻撃力 9.9
防御力 9.1
魔 力 8.4
精神力 7.9
敏 捷 8.2
幸 運 7.2
だったことになる(小数点2桁以下は省略)。
だが、能力値は必ず整数だ。
「小数点以下が省略されてるってことはないよな?」
ステータスに表示されるのは整数で、内部値では小数点以下まで設定されている……?
いや、それは考えにくい。
現在、この国でステータスを持つものは七百万人以上もいるという。
そんなイレギュラーがあればとっくの昔に知られてるはずだ。
たとえば、レベル1のときにHPが8だったのにレベル2になったらHPが16ではなく17になった――そんなやつがいたら必ず話題になっている。
能力値が小数になることはなく、必ず整数の値を取る。
こんな基礎的なことをダンジョン研究者が見逃してるはずがない。
「そうか。『レベルドレイン』のせいなんだな」
「レベルドレイン」によるレベルアップでは、能力値の上昇幅は、凍崎純恋の能力値ではなく、吸われる側の能力値に依存するのだろう。
つまり、さっき逆算した能力値は、凍崎純恋にレベルを吸われた探索者たちの平均値ということになる。
正確には、凍崎純恋にレベルをたくさん吸われたやつとそこまで吸われなかったやつがいるだろうから、この平均にはいくらか重みがついてるはずだが、それを厳密に計算する方法はない。
全体的に見れば、HPや攻撃力はあるが、運が悪くて精神力の低いやつが多かったということになる。
「ステータス付与時の能力値は本人の適性を反映してるんだったよな」
凍崎純恋の犠牲者には一定の性格的な傾向があるってことか。
体力はあるが、運が悪く、意思が弱くて他人の言いなりになりやすい……。
もちろん、そういうやつらを選んで洗脳し、自分から喜んでレベルを吸われるように仕向けたんだろう。
「レベルドレイン」そのものより、そのブラックな洗脳術のほうがよっぽど怖いと思うのは俺だけか?
だが、逆に言えば、
「凍崎純恋は、犠牲者の一般的な傾向を皮肉にもそのまま受け継いだってことになるな」
凍崎純恋は、同レベルの他の探索者と比べて確実に弱い。
能力値が全体的に低く、スキルもろくに持ってない。
同レベル帯まで上がった探索者たちは、初期能力値にも恵まれてるだろうし、必要なスキルをひと通り揃えてもいるはずだ。
そういう探索者とまともに戦えば、凍崎純恋に勝ち目はない。
もっとも、あの女のことだ。
同じレベルの相手と正々堂々と戦うなんて発想はない。
――搾取して得た圧倒的なレベルで格下を潰す。
それが、凍崎純恋の戦略だろう。
「そう考えると、芹香を敵視するのもわかるな」
芹香は凍崎純恋よりレベルランキングで上位にいる。
実戦経験も豊富で、同レベル帯の中でも十分に伍していける実力を持ってるらしい。
仮に凍崎純恋が芹香にレベルで追いついたとしても、それだけではまだ、芹香には勝てない。
芹香を圧倒的に上回るレベルを手に入れなければ、直接対決で芹香に勝つことはできないのだ。
むしろ、この凍崎純恋のステータスをさらに圧倒してる芹香さんヤベーという話である。
情けないようではあるが、困ったら芹香を呼べばやっつけてくれる。
フハハ、俺の幼なじみは最強だな!
「……なんだ。そんなに怯えるような相手でもないじゃないか」
俺がスキルを増やして能力値を上げれば――いや、現状のままですら、戦い方によっては勝てそうだ。
魔力24391の純恋が使う「雷魔法2」よりも、魔力9595の俺がスキルシナジーで威力を数倍にした「火魔法2」のほうが、瞬間火力が高い可能性もある。
「いや、敏捷や幸運が高いから
敏捷と幸運は純恋の能力値の中では低い部類だが、それでも20000を超えている。
俺とは倍近い差があるから、敏捷回避、幸運回避は向こうに発生しやすく、攻撃の命中率に顕著な差が出るはずだ。
もっとも、敏捷・幸運の差が倍程度なら、全く当たらなくなるというほどでもない。
正面切って戦えば不利だろうが、何もできずに圧殺されるということはないだろう。
さすがに、直接殺し合いになるような事態は起こらないと思うけどな。
だが――それでも。
万一ということがある。
いや、一万分の一よりはずっと確率が高いはずだ。
ほのかちゃんを襲おうとした「アルティメットフリーダム」とかいうインカレサークル。
あそこは羅漢とつながってるのではないかと皆沢さんは疑っていた。
あんな犯罪者集団を擁してるくらいだ。
ダンジョン内で出くわした場合、どんな行動に出てくるかわからない。
俺が「蔵式悠人」だと気づかれた場合にも、向こうがどう出るかは予想がつかない。
「まあ、俺には『逃げる』という手もあるけどな」
だが、逃げタイマーの25秒を消化するあいだ、凍崎純恋の攻撃を凌げるだろうか?
養殖された高レベルとはいえ、その高い攻撃力・魔力は十分脅威だ。
逃げるにせよ、一定以上のステータスが必要だろう。
「『逃げる』のスキルレベルを上げたかったんだが……しかたない、今のうちにスキルを取っておくか」
SPは75000を超えたが、未だに「逃げる」のスキルレベルを上げるメニューが出ない。
もうちょっと貯まればひょっとして……と後回しにしてきたのだが、精神衛生にもよくないし、SPの温存は一旦あきらめよう。
「さて、何を取るかだが……」
凍崎純恋は戦闘に使えるスキルを「雷魔法」しか持っていない。
スキルのバリエティでは俺の圧勝だ。
ていうか、今の俺よりたくさんスキルを持ってるやつなんて、高レベル探索者の中にもそうはいないんじゃないだろうか。
だから、攻撃手段を増やすよりは、単純に足りない能力値を補うほうがいい。
スマホのスプレッドシートで計算し、
「スキル取得:『HP強化』をレベル5まで、『防御力強化』をレベル5まで、『精神力強化』をレベル4までだ!」
操作が面倒なので「天の声」にコマンドして取得する。
《SP75600を消費して「HP強化3」「HP強化4」「HP強化5」「防御力強化3」「防御力強化4」「防御力強化5」「精神力強化2」「精神力強化3」「精神力強化4」を取得します。よろしいですか?》
「よろしいぜ!」
《スキル「HP強化3」「HP強化4」「HP強化5」「防御力強化3」「防御力強化4」「防御力強化5」「精神力強化2」「精神力強化3」「精神力強化4」を取得しました。》
《特殊条件の達成を確認。スキル「絶対防御」を手に入れました。》
「おおっ!?」
それは予想外だった。
俺は「Dungeons Go Pro」を開く。
Congratulations !!! ────────────
特殊条件達成:スキル「HP強化」と「防御力強化」をともにレベル5まで上げる。
報酬:スキル「絶対防御」
────────────────────
Skill──────────────────
絶対防御
最大HP割合攻撃、現在HP割合攻撃、ダメージ固定値攻撃、防御力無視攻撃、防御貫通攻撃を無効化する。
また、最大HP低下効果、防御力低下効果にかかりづらくなり、かつその効果が半減する。
────────────────────
「へえ、能力値強化系スキルを上げきることでも特殊条件が満たせるのか」
能力値強化系スキルは取得SP100系スキルだ。
この系列のスキルレベルアップに必要なSPは、400、1600、6400、25600。
さっき取得した「HP強化5」や「防御力強化5」は必要SPが25600で、この二つだけで五万以上のSPが必要だった。
だが、取得に必要なSPは、能力値に付与されるボーナスと同じ値。
さらに、能力値強化系スキルに限っては、このボーナスが1.2倍に増幅される。
「HP強化5」なら、HPに30720ものボーナスがつくってことだ。
まあ、「逃げる」のマイナス補正で0.8倍になるんだけどな……。
上位の能力値強化スキルは、必要コストが高い割に特別な効果があるわけでもないので、必要に迫られない限り後回しにする予定だった。
でも、特殊条件が設定されてるなら、能力値強化系スキルのコンプを狙ってもよさそうだ。
なお、スキルレベルの上限は5だと言われている。
もし6があったとしたら、100系スキルですら必要SPが10万超えになるからな。
そんなSP、一生かけても稼げるかどうか。
俺はまあ、例外ということで……。
「うーん。これで『逃げる』隙くらいは確保できたかな」
戦う場合でも、大きな穴はなくなったと思う。
「もうちょい余裕がほしいよな。他のスキルも全体的に上げるか」
ステータスを睨みながら、俺は「索敵」で次の標的を探すのだった。
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