1.72回目の
「っ、…」
あれ。ここはどこだっけ。
そう言おうと口を開いたが、喉がヒリついて言葉が出てこなかった。
ゴクリと唾を飲み込み、喉を湿す。
心地の良いフカフカのベット。
いい匂いのする枕と掛け布団。
壁一面にカーテンがされており、隙間から差し込む光は、現在の時刻が昼であることを告げていた。
ちらりと見える外の風景は、空一面と、東京タワーのてっぺんの方。
ここはどこだろうか。
家ではないことは確かだ。
だって、私の部屋は――
「ン…」
すぐ近くで声がし、驚きでビクリと体が震えた。
首を捻って横を見ると、見知らぬ男が寝返りをうっている最中だった。
…だれだ。
綺麗なまつ毛に、すっとした鼻筋。頬は触ったら柔らかそうで、唇は少し開いて間抜け面だが、一目で綺麗な人だということが分かった。
こんなにも寝顔が綺麗な男性は、わたしの知り合いの中にはいない。
じっと寝顔を見つめていると、「んんん…」という声と共に男性の目が開いた。
じっとこちらを見つめている。
「あ、…あの…」
吸い込まれそうなほど黒くて大きい目に、思わず声が出た。
「おはよう、依里(ヨリ)」
依里?
「どうだ?頭は痛むか?」
あたま?
「昨日あんだけバカやったからなぁ。俺のチョップをくらったら痛てぇだろ?」
にやっと悪戯っ子みたいに笑う、目の前の男性。
昨日?バカ?…チョップ?
「何の話ですか?」
「え?」
「ヨリ…って…私ですか?」
「……」
「あの…」
「まさか、おまえ…!」
「何も思い出せないんですけど…」
「……!!」
目の前の男性はバッと起き上がり、
「風蓮(カレン)ー!風蓮!!依里が俺のチョップで記憶失くした!!」
と叫びながら部屋を出ていった。
個人的にはかなり大混乱緊急事態なのに、遠くの方ではケタケタと笑い声が聞こえてくる。
「依里…?」
ズキリと痛む頭。
この痛みは、さっきの奴のチョップのせいだと言うのか。
ていうか、チョップってどんなだよ。
平手か。それともゲンコツなのか?
「依里ちゃん!」
バッと勢いよく寝室の扉が開き、また見知らぬ男性が入ってきた。
黒髪で、質の良さそうな黒いスーツを着ている。眼鏡をかけているせいか、かなり知的な雰囲気を身にまとった人だ。
心配そうな顔をしてこちらを見ている。
「大丈夫?俺の事わかる?」
「え…っと……」
「だから言ってるじゃねぇか、風蓮。こいつはチョップで記憶失くしたんだって!」
ケタケタと笑う男と、心配そうにこちらを見る男。
この正反対の2人は私のことを知っているようだ。
「とりあえず水だね?喉、乾いたでしょう?」
チョップ男に風蓮と呼ばれている知的な男性は、私の状況をお見通しかのようだ。
こくりと頷くと、風蓮は安心したかのように笑顔を見せた。
「ちょっとまってて」
パタパタと寝室から出ていく風蓮を見送り、ベットから立ち上がろうとしたが、足に上手く力が入らない。
あ、転ける―
「あぶね」
そう思った時、私はチョップ男に支えられていた。筋肉なんて無さそうなのに、片手1本で私を難なく支えている。
「あ、ありがとう、チョップ男」
「チョップ男??」
思わずチョップ男と呼んでしまった。
しかも、干された毛布みたいな体勢で。
大変失礼だ。
「あ、間違えた、えっと…お名前は」
「ぶっ…ははははっ」
慌てて上半身を起こすと、大きな口を開けて爽やかに笑うチョップ男。
何も悩みなんてないように、カラッと笑うその姿に、何故か懐かしさを覚えた。
笑う度に茶色い髪の毛がふわふわと踊る。
「はー…お前、やっぱり面白いな。好きだ。」
「えっ?」
「俺は夏也(カヤ)。夏也師匠だぞ、忘れちまったのか?」
「ししょー…?」
「大丈夫だ、必ず思い出させてやるからな」
じっと私の目を見つめる夏也。
目の奥を鈍く光らせ、ニヤリと笑う。
懐かしくもあり、同時に何故か泣きたくなる様な、そんな感じがした。
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