第3話 犠牲

 足をもつれさせた1人が叫びながら転げ落ちるのに、手を貸す余裕などはない。俺達は後ろも見ずに上へと急いだ。

 2階は廊下を挟んで長い部屋が2つ並んでおり、各々、カーテンウォールで仕切って、4部屋にできるようになっていた。

 背後からの気配に急き立てられるように、俺達は手近な部屋に飛び込んだ。

 そして、取り敢えず警察に連絡し、どうにか今の状態を伝えた。

「どうしよう。こんな薄いドア、あんな大きな熊が体当たりしたら、簡単に吹き飛ぶぞ」

 半泣きで1人が言った。

「何か武器でもあったらいいんだけどな……そうだ!フラッシュは?驚かないかな」

 残り3人となってしまった俺達は、ドアの外をビクビクと伺いながら相談していた。

「カメラ機材は、全部向こうの部屋だな」

 反対側の部屋にはベランダがあり、そこから屋上に上がれるようになっていた。なので、屋上と向こうの部屋は写真のための部屋にする事にしたのだ。

「俺、取って来る」

「大丈夫か」

「ああ。今なら、その、まだあいつが……」

 階段から転がり落ちた仲間を食うのに気を取られている筈、とは言い難いが、誰もがわかっていた。

 そして、そいつはドアをそっと開けて廊下を確認し、素早く出て行った。

 もう帰って来るか、もうドアが開くか。そう思いながら俺ともう1人でドキドキしながら待っていると、

「うわああああ!!」

 という声が響いて来て、俺達は飛びあがった。

「ヒイイッ!?」

 何か重い物がぶつかるような音と、何かが倒れるような大きな音がするのを、俺達はガタガタ震えながら聞いていた。

 恐ろしいのに、聞かなければもっと恐ろしい気がして、耳をすましてしまう。

「逃げないと……」

 俺達は立ち上がった。

「出た所に熊がいたらどうする?」

 問われたが、答えなど思い付かない。

「と、とにかく、逃げよう」

 ドアに手を延ばす。

 この次の瞬間にも、ドアをぶち破って熊が飛びかかって来るんじゃないかと思い、ドアに近付くのも怖い。

 だが、そろそろとドアに手を延ばし、ドアノブを掴む。そして、思い切ってへっぴり腰のままドアを開けて、廊下を見た。

 血で付いた足跡が、前の部屋へ入っていた。熊はいない。

(よし!)

 勢いよく、廊下に出た。

 そして、呆然とした。

 熊がへし折ったのだろう。階段の手すりがへし折られて階段の上に倒れ込み、その上に剥がされた壁板がかぶさっていた。その上、階段を上り切った所にあった重そうな飾り棚が倒されており、階段を使えそうには思えなかった。

(あの大きな音は、これを倒す音だったのか)

 納得したが、それで解決はしない。

「あ!」

 前の部屋の中を気配に引かれて見ると、血だまりの中に倒れた友人と、のっそりとこちらに体の向きを変える熊が見えた。

 俺ともうもう1人は、無言の叫び声を上げながら、元居た部屋に飛び込んだ。

 すぐに、ドアに体をぶつけるらしい大きな音がする。

「まずい、まずい、まずい!」

「何で!?皆殺しにしないとだめなの!?3人でもういいだろう!?」

 俺達はドアを見つめながら、震えて後ずさった。


  


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