第2話 公務員仮面またも現る

 ココは某役所の証明書発行窓口。柚月と申請人の女性が何やら揉めているようであった。


「だから、この証明書は要りませんから手数料は払いません」


 どうやら申請した証明書に自分の望んだことが調べられなかったため、手数料を拒否しているようであった。


「お客様、情報を確認した時点で手数料が発生しますので収入印紙を貼ってください」


 柚月は困り顔で懇願する。この証明書は一般公開されているものなのだが、申請して中身を見た瞬間にいわば情報料が発生する。しかし、女は頑なに手数料納付を拒んだ。


「だってこれじゃなかったんですもの! 不要なものに払えというの?!」


 女は払う気はないらしい、このやり取りをして二十分ほど経過していた。本来、ここは民間委託していて柚月はやらない仕事なのだが、仕事の流れを知るためこの窓口に一日だけと配属されていた。そういう時に限って困った人に出くわすものだ。運が悪いとしか言い様がない。


 上司に助けを求めたら「“あれ”が出るから、印紙はもらわなくていいよ」と答えられたその時。


「貴様は未清算の商品を破って中身を出した後、代金を払わずに帰るのか?」


 不意に別の声が聞こえてきた。


 声がする方へ柚月達が見ると、全身白タイツにサングラス、白いマントを羽織った男が立っていた。胸には「公」の字をモチーフにしたエンブレムが入っている。お堅い役所において彼は異彩を放っていた。


「私の名は公務員仮面! 行政に理不尽な行いをする輩を成敗するために現れた!」


「あちゃー、思ってたより早く来ちゃったよ。公務員仮面」


 柚月が小さくぼやいたのが聞こえてきたのを女は聞き逃さなかった。


「こ、公務員仮面??」


「貴様の請求した証明書はいわば情報料だ。内容の如何を問わず料金が発生する! 例えるならマ◯クのハッ◯ーセットを頼んでバーガーやポテトを一口ずつかじり、なおかつおもちゃを開封した後で『欲しいおもちゃじゃないから代金返せ』と言うのと同じくらい非常識なことだ!」


「そんなこと言っても要らないものにお金を払えないわよ!」


「その証明書には専用の紙、印刷インク、ホチキスなどコストがかかっている! 典型的なコピーが一枚十円としてもその証明書にはそれ以上のコストがかかっているのは明白! 貴様が要らないと金を払わないのなら損失が発生する! 公務員は税金の無駄遣いとお前達は言うがお前自身が税金を無駄にしている自覚はないのか!」


「たかが数十円でしょ!」


「しかも一通ならいざ知らず、五十通も頼んで半数を要らないというのは言語道断! 自分で請求して不要とは悪質極まりない!」


「う、うるさいわね、私たちの税金で食っているくせに!」


「ついでに言えば先ほど筆記台からボールペンを盗み、なおかつトイレから予備のトイレットペーパーを鞄に入れていたのも確認した。そのボールペンもトイレットペーパーも税金で賄っているのがわからんのか!」


「いいじゃない、税金の還元よ。ってなんで女子トイレのこと知っているのよ!」


(うわ、女子トイレまでチェックしてるって変態)


 柚月始め女性陣が軽蔑の眼差しを公務員仮面に向けているが、本人は意に介さない。


「フッ、言葉で言ってもわからないなら力で示すしかないな」


 公務員仮面は反論に答えず奇妙な構えを取り始めた。


「あ~! お客さん、逃げて、マジ逃げて!」


 柚月が敬語を忘れてタメ口で警告を発するが女性は意図がわからず戸惑うばかりだ。


「今回は女性だから、手加減をするが制裁を加える! 必殺! 『減給キ~ック!』」


 体操のあん馬のように鮮やかに手を床について軸にし、体を回転させ、女にキックを炸裂させる!


『ドゴォォォォ!』


 次の瞬間、壁にマンガのような人形の穴が空き、女の姿は消えていた。たぶん外へ蹴り出された形になったのだろうが、その行方は誰も知る由がない。


「また会計課へ上申書だ……。こないだもイヤミを言われたのに」


 柚月ら職員達が呆然としていると、公務員仮面は爽やかな笑顔で言った。


「フッ、わかっているぞ。君たちは人事評価があるから、私への賛辞は不当に評価を下げられるという理不尽を。故に表だって称賛できないことも! だから称賛は心の中にしかと受け取った! さらばだ!」


 行け! 公務員仮面! 次なる行政への理不尽に立ち向かうのだ!


「また、謎のナレーションが……って、正体は内部の職員だよね。だって、開いた穴のところ、ヒビが入ってすきま風で悩まされてたのに会計課が修理を渋ってた所だし」


 柚月は本来の席に戻らされ、上申書を書きながら推理をするのであった。

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