公務員の味方
達見ゆう
第1話 公務員仮面登場
ココは某役所の相談窓口。そのカウンターにおいて、一人の男が延々とクレームをつけていた。
「だからよぉ! この届いた文書! ふざけてんのか! 『記入もれ多数につき訂正してください』のメモと鉛筆の汚い字の下書きがされてる用紙! 今はパソコンで作成だろぉ! ちゃんとした文書送れよ! というか、役所で直せよ!」
「不快にさせて申し訳ありません。しかし、こちらとしても全て作成することは難しく……」
柚月は平身低頭の姿勢で謝罪をしている。男の提出した書類は半分以上間違いだらけであり、記入もれも多く、捨印も無かったため電話したが連絡がつかず、やむを得ず送り返し、来庁してもらい書き直してもらうしかなかった。時折、先輩たちがこうやって怒鳴られることを見かけることがあったが、採用されて半年目の自分にもその時がやってきた。
しかし、そんな事情はお構い無しに男はますます激昂していく。
「大体よお! こんな幼い字ということは新人かよ! 誰が書いたんだ!」
「恐れながら、私が作成したものでございます」
柚月は恐る恐る小さめの声で答える。
「はあ? あんたが! こんな汚い字を平気で寄越すのか! どんだけバカなんだよ! 何年仕事してもできない奴なのか!」
新たな攻撃材料を得た男はますます勢いを増し、もはやクレームを通り越して人格攻撃に変わっている。こんな調子で時間はもうすぐ一時間は経過しようとしていた。
と言っても、柚月は採用されてまだ半年だが、まともに答えたら「こんな奴採用したのは誰だ!」とすり替えて激昂するのは目に見えていた。
「あの、お客様。そろそろその辺りにして訂正をお願いしたいのですが」
柚月が激昂する男を制するように切り出した。
「はあ?! 指図するな! 大体こんな汚い文書を送ってくるお前が悪いんだろうが! 役所で直せ!」
しかし、彼女の提案は聞き入れられず、男は同じことを言っては攻撃の手を緩めない。
「いえ、これ以上この状態が続くと来てしまうのです」
「おう、上司が来るなら呼べ! 好都合だ!お前のような女じゃ話にならん!」
上司が来ると思った男は図に乗り始めたが、柚月の答えは男の想定外だった。
「上司ではありません。“あれ”が来ると聞いています」
「あれってなんだよ?」
「
「なんだよ、それ! ふざけてんのか!」
「ふざけてなんかいない!」
不意に声が割り込んできた。男が振り替えると全身白タイツにサングラス、白マントを付けた昭和チックな格好をした男が立っていた。胸には『公』をモチーフにしたと思われるエンブレム。役所というお堅い機関においてそれは異彩を放っていた。
「私の名は公務員仮面! 国のために働く公務員に理不尽な要求を為すものを成敗するために現れた!」
状況からして職員にとってはクレーマーから解放してくれる救いの神なのだろうが、なぜか一部を除いて周囲の職員は微妙な顔をしている。
どこからどう見ても不審者の登場に男は面食らったが、怯まず矛先を変えて恫喝してきた。
「なんだ、てめえ! この女が汚い文書を送ってきたのを改善要求しているだけだ!」
「フッ、この役所の母体である省は予算が他に比べて格段に低い。なおかつ、ここは末端の出張所だ。パソコンは十五人に一人という少ない割り当て! 常に誰か使用しているため、清書する余裕などない。苦肉の策で手書きにしたのがわからぬのか!」
「んな事情知るかよっ! パソコンくらい買えよ!」
「さらにマスコミの公務員叩きの弊害により人員削減の嵐! 予算カットに次ぐカット! 給料にボーナス削減! それによりかつてない人員不足! 入札制のためハイスペックパソコンなど買えぬ! 当然職員の負担が増しているから一から十まで書類作成などできん! 公務員は公共の福祉のために働くが、国民の下僕ではない!」
「それもそっちの都合だろ!」
公務員仮面と男の不毛なやりとりは平行線のままだ。
「フッ、ならば仕方ない。口で言ってわからないならば力で解決するまでだ」
そう言って公務員仮面は奇妙な構えを見せた。
「お、お客様、逃げてくださいっ!」
カウンターにいた職員の悲痛な叫びが響く。しかし、男は先ほどからの異様な展開に逃げ惑う。柚月は初めての経験に固まるしかなかった。
(先輩から話は聞いてたけど、本当に出るんだ)
「貴様のような奴には必殺! 『懲戒免職パ~ンチッ!!』」
『ドゴォォォ!』
強烈なパンチは男に炸裂し、マッハの勢いで吹き飛ばされ、天井にマンガのような人型の穴が空いていた。その穴から空が見え、男ははるか彼方に飛び、キラッと光って見えなくなった。
呆然とする職員達に公務員仮面は爽やかに言い放つ。
「フッ、言わなくてもわかってる。君たち公務員は人事評価があるから、賛辞することによって評価が不当に下げられてしまう理不尽さを。だから私への賛辞は心の中にしかと受け取ったぞっ! さらばだっ!」
そうして公務員仮面は疾風の如く去って言った。
行け! 公務員仮面! 次なる行政暴力に立ち向かうのだ!
「何あれ……。あと、何かナレーションが聞こえたような?」
「川口さん、深く考えちゃダメ。とりあえず、本局の会計課に空いた穴の修繕依頼して上申書を作成しましょ」
先輩の松原が柚月を席に戻らせて仕事を促した。
「え、松原先輩。また仕事が増えるのですか?!」
「そうなのよ。最初はスカッとするけど、結局アイツは仕事増やしてるのよ。まあ、不審者による公務災害扱いになるのだろうけど」
そうか、だから皆は微妙な顔をしていたのか。
この不況の中でつかんだ公務員というお仕事。柚月はこの先やっていけるのか不安になるのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます