第6話 山小屋での怪事
タカシとエミとヨウタは吹雪の山の中にある山小屋で体を寄せ合っていた。三人は学生時代からの友人同士であり、久々の休暇を利用してスキーに来ていたのだった。
しかし山は吹雪に見舞われ、彼らは山の中で道に迷い、帰れなくなった―――平板に言うなれば遭難したのだった。
「寒いな…」
「ああ、火を絶やすなよ。この状況で火が消えたら、死ぬぞ。」
「そうね…幸いにも、薪はたくさんあるのだから、三人で話をしながら朝を待ちましょう。」
ヨウタの言葉に後の二人も続いた。エミはタカシの手をとっていた。そう、彼女とタカシは恋人同士だった。ぱちん、と小さく火がはぜる。タカシが薪を足した。火が暗い山小屋の中を赤く照らしていた。三人はお互いに様々な話をし始めた。ふと、ヨウタが思い出したように、口を開いた。
「そういえば、この山には、雪女伝説があるんだよ…」
ヨウタはそっと呟くように、語り始めた…
ある親子が雪山で立ち往生を食らったときのことだった。彼らは雪山で火を焚いて暖を取っていた。しかし火の番を任された子供の不注意で火が消えてしまった。子供がどうしようかと考えていると、急に冷たい風が山小屋の中に吹き荒れ、それは美しい女の姿をとった。
雪女だった。彼女は子供の父親のもとに近づくと、口付けをした。父親は氷付けにされ、殺された。雪女は子供と誰にも話さないことを約束に助けてやった。
「よくある怪談話よね。」
エミが言った。その通りだ、とタカシは続けた。うん、とヨウタも頷く。またもや、ぱちんと火が爆ぜた。ヨウタがそれに薪を加えたそのとき、
ひゅうう、と山小屋の中に風が吹き込んだ。
「ひゃぁっ!」「何だ、何だ?」「寒い!」
口々に三人はいった。それでも風は止むことはなく、部屋の中に吹き荒れ続けた。燃えていた火が消え、薪の灰が空中を舞った。雪の結晶がまるで宝石のように美しく降り注いだ。それは小屋の入り口で人の形を取った。
「あああああああ!」
「雪女だ!」
雪女は真っ白の着物を振り揺らしてあるいた。歩くたびに小袖から雪の結晶が零れては消えた。
透き通るように白い肌、切れ長の眼、そして滴るように赤い血の色の唇。それは美しくも人外のものであることを物語っていた。
「おまえ、話したね?」
雪女はそういうとヨウタを指差した。ひっとヨウタが小さく叫んだ。タカシはエミを抱きしめて庇った。ヨウタのもとに向かって雪女は音もなく歩いていった。雪女に触れられたヨウタはまるで凍りついたように動かなくなっていった。そして雪女がヨウタに口付けると、完全に動かなくなった。そのままごとん、と音を立ててヨウタは床に転がった。青白くなったヨウタは悲痛な面持ちで固まっていた。
「あれ、そなたらは愛し合っているのかね…」
雪女はエミとタカシを見ると、にんまりと笑ってそう言った。すっと、エミとタカシを指差した。そしてそのまま戸口に向かって歩き出して、さびしそうな声で言った。
「私にも愛した男がいたものよ……いかにあるかな」
彼女は戸口の前で踊るように雪の粉を撒き散らして消えた。
不意の消失だった。あれは夢だったのかとエミとタカシはお互いを抱きしめあって確かめた。しかし火は消え去り、ヨウタは死んだままだった。あれは現実だったのだ。
「よかった…エミ、よかった…」
タカシはエミの体を抱き寄せて言った。私もよ、エミがそうかえした。二人が固く抱き合っているときのことだった。
ひゅうう、と風が吹き込んできた。二人は顔を上げた。先ほどと同じように風が吹き荒れる。雪の結晶が飛び散って、きらきらと輝いた。
ごおお、と風は集束して人の形を形作った。
「これは美しい……」
雪男だった。やはり音もなく歩いた。高く抱き合った二人に近づくと、にんまりと笑って言った。
「愛するものから奪うのがまた良い。」
二人は動けなくなっていた。雪男は美しい顔を楽しそうにゆがめて、エミの腕を取ると、タカシの腕から奪い去った。
「嫌ああああ、タカシイイイイイ!!!助けてええええ!!!」
エミが叫んだ。タカシは妖術な何かでもかけられたように動けなかった。
「エミイイイイイイ!!!!やめてくれ!それだけは、エミだけは、止めてくれ!!」
雪男は物凄い力でエミを引きずっていった。眼には凶暴そうな色が浮かび、今にも引き裂かんばかりといった気色だった。戸口まで行くと、エミを外へ放り出して戸とぴしゃりと閉めた。
くるりと向き直ると、タカシに向かって舌なめずりして言った。
「今宵は壊れるほど愛してやろう。」
外にいるエミの耳に、タカシの絹を裂くような悲鳴が響いた。
Fin.
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