第4話 探偵 遊泳
「貴方は弟のセイジさんですよね……?」
名探偵が実業家カタベ ユウジを指差して言った。名探偵はそのまま暖炉の周りを歩いて、パイプに火を灯すとそれをふかして、ユウジに眼をやった。
「…ほら、ボロが出た。」
その場にいた全員が息を呑んだ。携帯電話の通じない雪山のロッジのロビーで、誰もが固唾を呑んでその様子を見ていた。そこに集まった人間は全部で六人、その全員が資産家 犀墺 克信の親類だった。犀墺 克信が死に、遺言の通りに個人の所有していたロッジに親類全員が集まっているさなかの出来事だった。
その克信の孫に当たるカタベ セイジが死んだのだ。しかもそれは首を滅多刺しにされた姿での、惨殺死体だったのだ。
「そ、そんな、セイジ君なのかい?君のほうが」
ここに集まった人間のうちの一人、犀墺 隆一が口を挟んだ。彼は車のディーラーをしていた。際墺家の人間の中では一番欲の無い人間だ。彼は犀墺の長男であった。
「まさか…そんな」
更にそこに湯峰 麗佳が口を挟んだ。彼女は隆一の異母子に当たる。まだ肌は若々しく、その眼には荒々しい類の強さが見え隠れする、そんな女だった。
「待ってくれよ、探偵さん。俺がセイジだなんてどこに証拠があるんだい?」
「あるわ……セイジさん、タバコよ」
はっとセイジが息を呑んだ。明らかに挙動に変化が現れた。探偵はにやりと笑うと、ふぅー…と煙を吐き出して「失礼」と一言言った。
口を挟んだ女性の名は犀墺 美弥子、犀墺の孫娘にして隆一の愛娘だった。
「ユウジさんは、タバコが大嫌いなのに…平気そうに喋っていたわよね?」
「いいや、俺はユウジだよ。」
美弥子が顔を伏せていた。あの優しいユウジを殺したこの男のことを憎んでいるだ。
「大体、どこに俺がセイジだって言う理由があるんだい?」
ユウジだと尚名乗るこの男は、余裕そうな顔で笑った。ユウジとセイジは一卵性の双子だった。兄のユウジは心根の優しい男だった。誰からも好かれ、誰からも愛される男だった。反対にセイジは暴力的な男だった。借金を重ね、遊びに明け暮れるタイプだったのだ。まるで正反対の二人だった。
名探偵は、にやりと笑うと手袋をつけてぱちん、と手を鳴らした。一緒に来ていた助手がビニール袋を持ってきて手渡す。
「貴方がセイジさんであるという理由はありませんよ……」
「ほらな、そうだろう!?変な言いがかりは止めてもらおうか!」
ユウジと名乗る男は食って掛かった。誰の眼にも彼がユウジでないことは明らかだった、しかし、それは証明できないことには何もならないのだ。
探偵はその袋を掲げた。
「これがセイジさん、いやユウジさん殺害事件の本当の凶器ですよ。」
袋の中に入っていたのは何かのコードらしかった、いや、コードはコードでも、電話線のコードだ。この狭いロッジのなかで起こった殺人事件の全容は、こうだ。
ことの始まりは犀墺 克信の急死から始まった。彼の途方も無い財産の相続について、犀墺は一つだけ条件を出した。何でもいい、この山荘のロッジで全員が何かで勝負を行い、それの勝敗をもとに財産を分配する。
そしてその監査役として探偵 関東時 遊泳が選ばれた。
かくしてそのロッジには五人の親類縁者と、探偵とその助手が集まったのだ。勝負の内容は簡単だった。一人千点持ってのポーカー。それは真夜中の午前零時きっかりに初められるはずだった。しかし…
カタベ セイジの死によって、それは根底から覆された。部屋での惨殺死体が発見されたのだ。すぐさま警察に連絡を取ろうとしたものの、電話線は切られていた。ただ切られていたわけではない。修理できないように長く切り取られていた。夜になると天気は荒れた。ロッジは大きな密室となったのだ。
そしてその場での殺人事件…
「このコードはトイレの換気扇の裏に隠してありました…セイジさん、貴方はこれでユウジさんを絞め殺したんですよね?食事の後、貴方達は二人で部屋で飲むといっていた。あの時気がつくべきだったんだ。
セイジさん…ユウジさんは貴方に担がれて自分の部屋に戻った、でもそれは間違いだったんだ。そのときにはセイジさん、貴方はユウジさんを殺していた。ただ死体を運んだだけだった。」
「だからそれの証拠がどこにある?」
セイジは憤って答えた。遊泳はビニール袋を掲げてよく見えるように持った。
「ここですよ。首を絞めたときにくっついたんですね。オレンジ色の、糸がついている。確かめてもいいが、今日オレンジ色のセーターを着ていたのは…ユウジさんだけだ。
ここにこれがついている理由はこれでユウジさんが殺されたからに他ならない。こんなものを彼が切り取る理由も何も無いからね…」
「…………」
皆、唖然としていた。
「そしてユウジさんを部屋に戻すと、彼の首についたコードの跡を消すために、仕方なく彼の首を滅多刺しにした。」
「ち、違う…」
もはやユウジの振りをすることもままならなくなっているセイジに追い討ちをかけるように、遊泳は詰め寄った。
「いいや、違わないね。入れ替わった理由だって簡単だ。死人から金は取れない。あんたは自分の借金を帳消しにするつもりだったんだ。そして入れ替わって金を得て後はどこへでも逃げる。
分かりやすいパターンだよ。セイジさん…」
セイジは頭抱えていた、ぶるぶると震えながら何度も何度もぶつぶつと呟いていた。
「畜生…畜生…畜生………………」
「さあ、皆さん。今晩はこれ以上どうしようもありません。セイジさんをどこかに隔離して、勝負を始めましょう。」
遊泳はそういうとにっこりと人のいい笑顔を浮かべるとカードを取り出した。
っていうのが、昨日のことなのに、可愛そうに…」
隆一が震えながら言った。その横で美弥子が頷いた。
「まったく、自分の寝る部屋の窓が開いてて、ストーブが消えて凍死してしまうなんて、哀しいわね。」
麗佳が合いの手を入れる。三人の目の前には凍り付いて固くなった名探偵と助手の死体があった。
「ところで、これ以上もめると事だから、財産は均等に分けましょう。」
「そうだな、」
「ええ」
名探偵の活躍もむなしく、そういうことになった。
人生にはそういうことも、ある。
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