第10話

 あんなデクスター見たことない。

 だっていつもは温和で優しくて笑顔で。

 それなのに今日見たデクスターはまるで知らない人のようで、急に、浮き足立ってしまった自分自身が恥ずかしく思った。

 もう帰ろう。

 デクスターの顔を見れただけでよかった。

 元気そうでよかった

 デクスターをみると心があったかくなる。

 もう一度目に刻みつけておこうと振り返るとそこにはデクスターも男の人も誰もいなかった。

 もう少しだけ見たかったな。と靴の先を見ていると誰かが来たような気がしてクラウスだと顔を上げた先にいたのは、デクスターだった。

「……トリシア様?」

「う、わぁ」

 言葉にならない声が漏れて思わず走り出した。

「トリシア様」大人と子供では圧倒的にちがう歩幅に行く手を塞がれる。

「どうして逃げるんですか」

「逃げてない、ただちょっとデクスターに会いたくないだけで」

「それを逃げているって言うんですよ」

「は、離して」

「嫌です」

「どうしたんですか。こんな所に」

 デクスターに会いたかった。

 その伝えたいのにデクスターの顔を見たら泣いてしまって言葉にできなかった。

「なにか怖いことでもありましたか」

 頭を振る。






「落ち着きましたか?」

 頷く。

 デクスターの煎れる紅茶はとても美味しかった。

「なにがあったか話してくれますか?」

 どう伝えたらいいのかわからなかった。

「トリシア様。そのままお話しください」デクスターがふわりと笑った。

「デクスターに、酷いことを言ったから謝りたいの。デクスターはいつもそばにいてくれたのにデクスターに酷いことを言ったから」

「そんなこと私は気にしていませんよ」

「デクスターはあたしのことが嫌いになったの? だからあたしのそばから離れたの?」

「そんなことありません」

「トリシア様。私があなたを嫌うことは決してありませんしそれが理由で私があなたから離れることもありませんよ」

「でも、」

「トリシア様」

 デクスターが目の前に来て膝をついた。

 デクスターはいつも目を見て話す。

 その中でこうして目をあわせて対等に話をしようとするのはなにか大切な話をする時だとトリシアは知っていた。

「デクスターはあたしが嫌いじゃないの?」

「いいえ」

「じゃあどうして?」

「……これは私のわがままです」

「わがまま?」

「はい。未来ある若者に師事をするのも国のためになりますから。もしあなたが大きくなられた時に少しでもいい国になっているようにと私は今ここにいるのです」

「……あたしの為?」

「そうなりますね。だから私はトリシア様の専属をはなれました」

「…………っ、よかったぁ。デクスターに嫌われてなくて。会えなくて寂しかった」

 泣かないでください。と手を伸ばして涙を拭ったデクスターはいつものあたしの知っているデクスターに見えた。

「ですがトリシア様、あなたは一国の王女という立場にあらせられます。いいですか、いついかなる時も」

「あたし、デクスターと結婚する」

「……トリシア様、話を聞いておられましたか?」

「あたしはお姉様たちとちがって三女だもん。それに結婚は好きな人同士でするものだってお姉様が話してくれたの。つまりあたしとデクスターは結婚できるはずよ」

「トリシア様、それは無理でございます」

「どうして? デクスターはあたしが嫌いなの?」

「……そうではありません。私とあなたとでは立場もちがいます」

「あたしはそんなの気にしないわ」

「……私は気にします」

「じゃあもしあたしが大人になってもあなたが結婚してなかったらあたしと結婚してくれる?」

「わかりました、いいでしょう」

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