3-10.謝罪
翌朝、宿に届いたのはヨハンさんからの手紙だった。
ジェイド殿下が王弟殿下に謁見する時に同席させてくれる事になったそうだ。わたし達が来ていると、マスターに伝えてくれたのだろう。
マスターに会える。
それにほっとしながら支度をしたわたし達は、先日門前払いをされたばかりの王城へと向かう事にした。
王城の大きな門の前ではヨハンさんが待っていてくれた。
今日も髪を一つに束ね、大きな丸い眼鏡をかけたヨハンさんは元気に両手を振っている。緊張していたはずなのに、その姿を見たら何だかほっと気が抜けてしまった。
「おはようございます、ヨハンさん」
「おはようございます! まずはジェイド様の元へお連れしたいのですが、よろしいですか?」
「ああ、こちらからも挨拶をさせていただきたいと思っていた」
わたし達のやりとりに、門を守る兵士達が何とも言えない顔をしている。
そんな兵士に目を向けていると、ヨハンさんがぴらりと一枚の紙を見せてくれた。
それはわたしとノアの入城を認めるというものだった。署名は【リガス・ヴィス・ラ・エストラーダ】となっているから、この許可証を出してくれたのはマスターなのだろう。
これからマスターに会うのだ。
エマさんの手紙も渡せる。わたしは手紙の入っているバッグをぎゅっと胸元に抱き寄せていた。
ヨハンさんに案内されたのは、王城の中にある応接室だった。
この応接室一帯をアンハイムで借りているらしく、すれ違う文官や侍女達はアンハイムの衣装を着ている。
何となく懐かしいような不思議な気持ちになりながら応接室のソファーに座り、紅茶をいただきながらヨハンさんとお喋りをしている時だった。
ノックの音がして、ヨハンさんが扉に向かう。
廊下にいる人物を確認したらしいヨハンさんがこちらを振り返って、「いらっしゃいました」と告げる。
わたしとノアがソファーから立ち上がったのを見計らって、ヨハンさんは扉を開けた。
入室したのは、ジェイド王子と──カミラ王女。
予想外の人物にわたしが息を飲んでいると、ノアがわたしの前に腕を出した。わたしを守るようなその仕草に、強張っていた体から力が抜ける。
カミラ王女は数歩こちらに近付くと、ドレスの裾をつまみ深く頭を下げた。
「アインハルト卿、アリシア夫人。ルガリザンドではご迷惑をお掛けして、大変申し訳ありませんでした」
静かな声で紡がれる謝罪の言葉に、目を瞠った。
以前のカミラ王女とは明らかに雰囲気が違う。どうしていいか分からずに隣のノアを見上げると、ノアも困ったように眉を下げていた。
そんなわたし達にジェイド王子が近付いてくる。
「カミラはあの一件以来、離宮で幽閉されていたんだが……今までの生活を改め、教育を全て受け直している。今は私の下で外交について学んでいる最中だ」
離宮から出られるのは、いつになるか分からないとジェイド王子が言っていた事を思い出す。
その幽閉が解かれ、カミラ王女に厳しかったジェイド王子が同行を許しているのだから、カミラ王女はきっと努力を重ねたのだろう。
「無論、この謝罪は受け入れなくていい。一つのけじめだが、それはこちらの都合にしか過ぎんからな」
ジェイド王子の言葉に、わたしとノアは顔を見合わせた。
その瞳が、わたしの好きにしていいと言っているように細められた。
「……いえ、謝罪を受け入れます。もう終わった事ですし、カミラ殿下がお元気そうでよかったです」
そう思っているのは本当だ。
あの時、確かに辛かった。ノアを物のように扱われるのも、わたしの事を蔑まされるのも嫌だった。
怖い思いもしたし、不安だって沢山あった。
それでも、もう終わった事だといえるのは……今が、幸せだから。
わたしの言葉にゆっくりと顔を上げたカミラ王女の顔は、やっぱり以前と違うように見える。
凛とした、誇りを持った顔をしていた。
「ありがとうございます。夫人の寛大さに、心からの感謝を」
そう言って微笑むカミラ王女は、やっぱりとても美しかった。
「カミラ、下がっていい」
「はい。失礼いたします」
ジェイド王子が声を掛けると、侍女と共にカミラ王女は部屋を後にした。
その侍女も、以前ルガリザンドで付き従っていた人とは違った。側近を入れ替えたというのは本当なのだろう。
「すまなかったな。先に伝える事もなくカミラに会わせてしまって」
「いえ、お気になさらず」
答えるノアに少し微笑んで見せたジェイド王子に促され、わたしとノアはまたソファーに腰を下ろした。
テーブルを挟んで向かい合うソファーにはジェイド王子が座り、一人掛けの椅子にはヨハンさんが腰を下ろした。
「さて、リガス殿下には話をしてある。この後に案内しよう」
「この度はお力添えいただき、ありがとうございます」
「これで罪滅ぼしになるとは思わんが、少しでも君達の力になれたのならこちらの気も晴れるというものさ」
ルガリザンドでお会いしたのは、ほんの一時だけだった。
あの時は表情もなく、カミラ王女に向ける眼差しもひどく冷たいものだった。だけど今はあの時よりも穏やかな人に見える。
「あれも変わってきていてね。今までの我儘は鳴りを潜めて、真面目にやっているよ。甘やかされたあの我儘な妹が、私は嫌いでね。距離を置いていたんだが……もっと早くにちゃんと向き合っていれば良かったのかもしれないと思っているところだ」
「カミラ様は良くも悪くも素直ですからねぇ」
ヨハンさんの言葉にジェイド王子は苦笑いをしている。
笑っていいのか分からずに、曖昧な表情をしていたのはわたしだけじゃなくて、きっとノアもだ。
「まだしばらくはこの国に滞在する予定故、何かあれば頼ってくれ」
「ありがとうございます」
「ではリガス殿下の執務室には、僕がご案内しましょう。行ってきます」
「寄り道しないで戻ってくるように」
勢いよく立ち上がったヨハンさんだけど、ジェイド王子の一言でしょんぼりと肩を落としてしまう。
ルガリザンドでも図書館に入り浸っていたヨハンさんだもの。
きっとエストラーダでも本に埋もれて過ごしているのだろう。
それを思い出して少し笑ってしまった。
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