番外編 どれだけ愛しく思っているか《ノア》(書籍発売記念SS)

婚約中の夏のお話です。


*****



「ノアって酔わないの?」


 あまりりす亭の帰り道、繋いだ手を揺らしながらアリシアがそんな事を口にしたものだから、ノアの口元は弧を描いた。アリシアは少し酔っているのか、頬に赤みが差している。


「酔ってないわけじゃないぞ。そんなに顔には出ねぇけどな」

「酔い潰れた事は?」

「騎士団に入ったばかりの時に何度か。歓迎会と称して、休みの前日は毎度飲み会だったんだ」

「ふふ、楽しそう」


 アリシアの声が弾む。夜風に遊ばれた若菜色の髪を軽く直してやれば、恥ずかしそうに笑っている。そんな姿も可愛らしい。

 大きな月が、石畳に二人の影を伸ばしている。影は寄り添って、まるでひとつの影になってしまったかのようだった。


「楽しかったが次の日は寝込む羽目になったからな。最近じゃ加減も分かって、そこまで飲む事もなくなったけど」

「寝込むノアが想像出来ないわ。今だって全然酔っていないように見えるし」

「結婚したら酔い潰れるくらいに付き合ってくれ」

「ええ、もちろん」


 繋ぐ手に力が籠もったのを感じて、ノアは応えるように自分からも強く握った。絡まる指の先端まで火が灯ったかのように熱い。お互いの温度が重なって、熱を帯びていく感覚が好きだった。


「俺が酔い潰れたら抱き枕になってくれるか? 朝まで離せそうにねぇけど」

「二人でお寝坊するのも気持ちよさそうね。たまにはそんな怠惰な朝もいいんじゃないかしら。でもお休みの日だけにしないとね」


 軽い口調で紡いだ言葉に、アリシアはくすくすと肩を揺らす。夜を共に過ごす事に何の違和感も持っていない様子が可愛らしいが、危うくも思う。彼女の隣にいるのは、愛しい人に恋焦がれるただの男だというのに。


 でもそのままで居てほしいとも思うのだから、ノアは内心で自嘲に苦笑いをするしかなかった。アリシアは知らなくてもいいのだ。自分がどれだけ彼女を愛しく思って──出来る事なら自分の腕の中に閉じ込めておきたいと願っている事なんて。こんな仄暗い感情は表に出さなくていい。


「ねぇノア」

「ん?」

「結婚するのが楽しみね」


 花開くようにアリシアが笑う。つられるようにノアの笑みも深くなるばかりで、大きく頷いた。


「そうだな。だけど準備するのも多くて大変だろ」

「大変だけど楽しいからいいの。ドレスやアクセサリーを選ぶのだって、わたしだけじゃなくて皆が楽しそうにしてくれているのも嬉しいし」

「ドレスを合わせる時は俺も参加させてくれ」

「もちろん。ドレス姿を褒めて貰いたいのは他の誰でもなくてあなたにだから。ノアの衣装は騎士団の正装だものね。見るのが楽しみだわ」


 ノアは騎士だから、式典用の騎士服を着用する事になっている。

 揃いの花婿衣装でも良かったが、アリシアが楽しみにしていると聞いて迷いなく騎士服を着る事に決めた。

 

「なんだ、正装姿の俺が好みならいくらでも着てやるぞ」


 冗談めかして口にすると、楽しそうな笑い声が返ってくる。金色の瞳が星のように煌めいていた。


「ノアはどんな姿でも素敵よ」


 ああ、勝てない。

 勝負をしているわけでもないのだが、いつだって彼女には勝てないと思い知らされてしまう。


「……そりゃどーも」


 何だか無性に気恥ずかしくなって、ただ一言を返すだけで精いっぱいだった。ノアの様子にまたアリシアが楽しそうに笑う。そんな彼女が可愛くて、身を屈めて掠めるように唇を奪った。一瞬で真っ赤になるアリシアに今度はノアが低く笑った。



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本日9/2書籍版【隠れ星は心を繋いで】の発売日です!

どうぞ宜しくお願い致します。

(特典については近況ノートでまとめていますので、そちらをご確認下さい)

https://kakuyomu.jp/users/rainless/news/16817139558191151516

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