2-28.戯言
アンハイムの第二王子だというその人の後ろにはヨハンさんが控えている。
『僕は別にカミラ様の臣下じゃないので大丈夫です』
以前にヨハンさんが口にしていた言葉が蘇る。
その時は深く考えなかったけれど……いま、繋がった。ヨハンさんは第二王子の臣下だったんだ。
さっき言っていた『もう少し』も、第二王子がいらっしゃる事を待っていたのかもしれない。
「お兄様、どうしてここに……」
「お前を連れ戻しに来た。だから私はお前が外に出るのは反対だったんだ。今更何を言っても遅いがな」
第二王子は冷たい眼差しをカミラ王女に向けている。二人は兄妹なだけあってよく似ているのだけど、その間に親しみはあまり感じられなかった。
「お前達は下がれ。今すぐに帰国の準備をしろ」
「はっ!」
わたし達を囲んでいた兵の一団が、姿勢を正して敬礼をしている。先程までよりもその表情は真剣で、綺麗な隊列を組んだかと思えばカミラ王女には目もくれずに王宮の方へと去っていってしまった。
残っているのはカミラ王女と、付き従う侍女。
ジーク殿下とラジーネ団長、ラルスさんを含む騎士達。第二王子とヨハンさん、それから第二王子の後ろに控える兵士が数人。そしてわたしとノアだけだった。
「連れ戻すも何も、わたくしは理由があって残っていたのよ。アインハルトが頷けば、すぐにでもアンハイムに帰ったもの」
「お前は馬鹿か。外遊先の騎士に惚れ込んで、連れて帰ろうとするなんて正気の沙汰ではないぞ」
「あら、わたくしはアインハルトに邪な想いを抱いているわけではなくってよ。お気に入りを手元に置きたい事の、何がいけないのかしら」
ほっそりとした手を自分の頬に当てながら、困ったようにカミラ王女は溜息をつく。
それよりも大きな溜息をついた第二王子は、こちらに──というより、ノアに目を向けた。
「アインハルトという騎士は君だな。うちの愚妹が迷惑を掛けた。君にはアンハイムより正式な謝罪をさせてもらう。もちろん、婚約者殿にもな」
ノアは何も言わずにいたけれど、第二王子は気を悪くする様子もなく背後の兵達へ顔を向けると顎をくいっと動かした。それに応えるように兵達がカミラ王女を取り囲む。
「話が通じないのがこれほど厄介だとは。放っておいた私と兄の責任でもあるな。カミラ、お前がモンブロワ王国に嫁ぐ話はなくなった。お前を国外に出せばどんな災いを引き起こすか分かったものではないからな」
「……どういう事ですの。わたくしはモンブロワの希望で嫁ぐ事が決まったのではないですか」
「モンブロワがお前を望んだのは、姻戚関係でのアンハイムからの支援を求めての事だ。別にお前じゃなくてもいい」
カミラ王女の顔が不愉快そうに歪んだ。
閉じた羽扇をぎゅっと握り締めたかと思えば、それを足元に叩きつける。思ったよりも響いたその音に肩を竦ませると、ノアが大丈夫だとばかりに肩を引き寄せてくれた。
バラバラに壊れてしまった扇の欠片が、夕焼けに照らされる石畳に散らばっている。飾られていた宝石が光を映してぎらりと光った。
「お前は離宮に幽閉される事が決まった。今後、国外どころか王宮の外に出る事も叶わない。侍女も兵士も全て入れ替えるから、お前の我儘が今後叶えられる事は一切ないと思え」
「そんな……」
「お前の我儘がどれだけの迷惑を掛けているのか、少しは考える事だな」
「……お父様が許しませんわ、そんな横暴」
カミラ王女と第二王子のやり取りに、誰も口を挟めない。
幽閉、と聞いて少し思う所もあるけれど……アンハイムが決めた事に、わたしが何かを思う事も烏滸がましいのかもしれない。
「これは父上の承認を得ている事だ。お前がこの国でやっていた事は全て報告されている。お前を甘やかしていた者達を納得させるのに時間が掛かって、更にこの国に迷惑を掛ける事になったがな。これからは我儘も贅沢も許されない」
「……嘘よ……そんなの」
カミラ王女の視線が第二王子からジーク殿下、それからノアに向かう。
蒼褪めて、ふらりとよろけるカミラ王女を侍女が支えた。震える呼吸がわたしの元まで聞こえてくる。
「わたくしは、ただ……欲しいものを欲しいと言っただけではないですか」
「兵を私情で使っておいて、よくそんな事を言えたものだな。使節団として入国した兵が、王宮で武力を使うなど開戦行為とみなされてもおかしくないぞ」
「そんなつもりは……! わたくしはアインハルトを説得する場を設けたかっただけですわ」
「もういい、黙れ。馬鹿と話すのはこちらが疲れる」
その声を合図としたようにカミラ王女と侍女の事を兵が引き離す。そのまま大人しく連れていかれる侍女とは反対に、カミラ王女は動かなかった。
「ジークお兄様! わたくしがした事はそんなに恐ろしい事ですの? 幽閉される程の罪ではないですよわね?」
「アンハイムが決めた事に私が口を出す事もない。だが……アンハイムには何度も抗議文を送っている。お前がもう国外に出る事はないだろうが、それでもお前はこの国に立ち入る事は許されない」
疲れが滲んでいながらも、きっぱりと紡がれるのは拒絶の言葉。
カミラ王女は幼子のように首を横に振る事を繰り返している。
そしてその視線がノアへと向かった。溢れる涙が頬を濡らしている。
「あなたが……素直にわたくしと来ていてくれたら、こんな事にならなかったのに」
その言葉にこの場の空気が凍った。
第二王子もジーク殿下も、信じられないものを見るように目を見開いている。きっとそれはわたしも同じだったけれど、舌打ちをするノアは無表情だ。悪態をつかないだけ、まだ耐えているのかもしれない。
「あなたが何度もそんな戯言を口にしなければ、こんな事にはならなかったのでしょうね」
ノアの言葉に、カミラ王女の顔が歪む。
青い瞳が仄暗く濁り、その視線が次に向けられたのは──わたしだった。
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