第5話 反省してくださいよ本当にもう


「あ、ありがとアルメリアお兄さん……」


 その後コロンちゃんの怪我の有無を確認し終えた僕らは、一段落と息を落ち着けていた。


「ううん、気にしないでコロンちゃん。むしろ巻き込んだのは僕らの方だから。……ね、行商人さん?」


「えぇはい、そうですねその通りです。全面的に俺が原因だとは分かっているので、そんな顔でこっち見ないでください。お詫びの品も後日お持ちしますから、どうかもう許していただけませんか……」


 ヤケクソ気味な反応ではあるが、しかし反省している様子は見て取れる。僕としてはコロンちゃんが許すのであれば、それ以上何かを言うつもりは無かった。

 レナは知らん……というか、そもそもレナ本人が気にしてない可能性が高いし。


 僕はコロンちゃんに目を向けて問い掛ける。


「あはは、お詫びの品だってさコロンちゃん。何か欲しいのある?」


「……え?お、お肉……とか?お父さんが食べたがってた」


 その言葉を聞いて、コロンちゃんは本当に良い子だなぁと僕は思う。まだ十にも満たない少女が、自身の欲よりも父親のそれを優先するとは中々出来ることでもあるまいに。

 オドオドさが抜けきらないながらも、優しさを含んだその性格を見ていると、きっと将来はお淑やかな女性に育つのだろう、なんて想像が脳裏に浮かぶ。


「お肉ですか?そのくらいならお安い御用です。家族全員が当分は肉を見たくないと思えるほど、どっさりと用意しましょう」


 コロンちゃんの言葉を聞いて、行商のお兄さんは自信ありげに胸を張り、笑顔で答える。


 しかし。


「あ、あ、……待って。忘れてた。もっと欲しいもの、あった」


――その要望が変更されたことにより、行商人さんは間の抜けた表情を作ることになった。


「まだ、変えても平気?」


「……?ええ、勿論です」


 僕ら三人は首を傾げながらコロンちゃんに目を向けて、その続くセリフを待つ。


「ふふっ、何が欲しいのですかコロンさん。折角のチャンスですし、我慢はしない方が良いですよ?」


 これはレナの発言だが、その考えには僕も同意せざるを得なかった。意味もなく命の危険に晒されたのだから、遠慮するようなタイミングでも無い。


 しかし純粋無垢なコロンちゃんのこと、きっと可愛らしい要望が飛んでくるのだろうなと僕は推測する。

 お菓子か、或いは可愛らしい洋服か。もしかすると、両親へのプレゼントとして、もっと適当なものを思いついたのかもしれない。


 僕は優しく微笑みながら、コロンちゃんの「もっと欲しいもの」とやらの正体を楽しみに――


「おっぱいが大きくなる薬、欲しい」


――純粋無垢はどこいった。


 この年齢にして胸部への意識が高いとは恐れ入る。というかどんな教育してんだよコロンちゃんの親は。


「コ、コロンちゃん?どうしておっぱいなの?」


 取り敢えず僕は、笑顔を維持したままコロンちゃんの真意を確認する。何か理由があるのか、もしくは天性の才能なのかを知らないことには適切な反応も難しい。


「前にね、お父さんとお母さんが喧嘩してたの。そのとき、お父さんが『女の価値の九割は胸のサイズで決まんだよこの貧乳が!!!』って……」


「なんてことを」


「そしたらお母さん泣いちゃって」


「ぶっ殺してくる」


「止めなさいアル。家庭の事情にまで首を突っ込むのは止めてください」


 僕は一瞬我を忘れそうになるが、レナの声で目を覚ます。


「あ、でもそのあとはちゃんとお父さんが謝って、二人ともちゃんと仲直りしてくれたよ?……だけどお父さんがおっきいおっぱいが好きなのは本当みたいで、お母さんも少し気にしてるの」


「なる、ほど。それでおっぱいを大きくする薬ですか」


 なんとも面倒な話である。

 そもそもそんな薬が存在するとも思えない。


 一応聞いてはみるが――


「……で、その薬は手に入るんですか?行商人さん」


「無理に決まってるじゃないですか」


――やはり回答は想像通り。


 コロンちゃんに配慮してか行商人さんの声は抑え目だったが、しかし僅かに聞こえてしまったのかコロンちゃんは悲しげに俯いてしまう。


「……実はコロンがこんな場所に居たのも、薬の材料になる草があるかもしれないって探してたからなの」


「ざ、材料になる草……?」


 子供の発想の自由さに感慨を覚えつつも、僕はその可能性の薄さに言葉に詰まる。ゼロではないのかもしれないが、難しいのは間違いない。


「……レナ、この辺にあるか調べてみてよ」


「え?あ、はい。えーと……。……無さそう、ですね」


 レナはキョロキョロと周りを見渡し『鑑定眼』を発動させるが、しかしその回答もまた想像通りだった。

 コロンちゃんには申し訳ないが、この件に関しては諦めてもらうしかあるまい。


 僕はコロンちゃんをなんて慰めるか悩みつつ、しゃがみ込みコロンちゃんと目線の高さを合わせ――


「あ、でもち〇ちんを大きくする為の草ならありました」


「少し静かにしてて貰える?」


 マジで空気読めよお前。コロン母のおっぱいの代わりに、コロン父のちん〇ん大きくすれば解決するとか思ってるの?


 僕はあまりにも唖然とさせられ、コロンちゃんに掛ける言葉も思いつかなくなる。

 だがコロンちゃんは僕らが思っていた以上に大人で、且つ理解が早い子だったらしい。


「大丈夫。コロンも無茶なのは分かってた。……でももしかしたらって我儘言った。ごめんなさい」


「あぁ、いや……。俺の方こそ力不足で、なんと言っていいのやら」


「ううん、コロン気にしてない。おいしいお肉、お願いします」


「はい、そちらでしたら問題なく。楽しみに待っていてください」


 コロンちゃんは、全くもってレナとは大違いだなと僕は思う。まだ九歳なのにも関わらず、既に淑女の片鱗が見えていた。


 マジでレナは見習えよ。


「どうしたんです?そんな目で私を見て」


「いや、コロンちゃんは将来良いお嫁さんになるんだろうなって」


「あの言いたいことがあるならハッキリ言って貰えます?それとも拳で語り合いますか?あらかじめ言っておきますけど、徹底的に股間狙いますからね。――お婿に行けない身体にしてやる」

 

「やめろやめろやめろ」


 僕が子種を失ってレナの何のメリットがあるというのか。心の底から勘弁して欲しい。


「あはは、レナリーさんも冗談を言うんですね」


「冗談?いやいやこの人ガチですって。だってほら、見てくださいよこの超低姿勢からのアッパーの構え。これで股間以外のどこ狙うって言うんですか」


「安心してくださいアル。不能でも気にしない女の子が一人、アルの身近に居ますから。とても可愛い女の子ですよ」


「え、僕の身近に可愛い女の子なんて居たっけ?」


「さよならばいばいアッパーカット!!!」


「ちょ危な!?なんで急に振り抜いたの!?」


 余りにも躊躇の無い一撃に、僕の股間に寒気が走る。というか何とさよならばいばいさせる気だお前。普通に考えてナニか。いやそういう話じゃなくて。


 これは早めに話を変えるべきだと判断した僕は、慌てて周囲を見渡し話題を探す。もうこの際、僕の股間さえ守れればどんなに些細な一言でも構わなかった。


「……あれ?」


 と、まぁ僕は些細な話題を探していた筈なのだが、しかして重要な事実に気づく。


小鬼ゴブリンの死体……どこ?」


 それは僕が倒した筈の、小鬼ゴブリンの死体が消えていた、ということである。


 魔獣の死体は、ある程度の日数を置くと塵となって消えていく。それは人間や他動物との大きな違いとされる点の一つで、世間一般でも常識とされる知識だ。


 だから勝手に消えていく、という現象自体におかしな事など一つも無い。

 しかし目を離した数瞬で消え失せるなど、幾らなんでも早すぎた。


「俺たちがアルメリアさんに駆け寄ったときにはもう、死体なんてありませんでしたよ?俺はてっきり、アルメリアさんの神雫シーダで燃やし尽くしたのかと思っていましたが」


「い、いや……。僕の『羽織火ハオリビ』にそこまでの火力は無いですよ」


 『羽織火』の効果のメインは、「火の概念の付与」にある。例えば武器に火を纏わせたり、或いは火そのものに近い存在に変えてみたり……といった具合である。自分の身体や「空気」に付与することも可能で、実際に今回はその二つへの付与を行った。


 つまりは何を言いたいかと言えば、攻撃的に焼き尽くすことを主軸にした神雫シーダと比べると、火力自体は低いのである。


「あ、もしかして『哀哭鏡あいこくきょう』の影響では?アルってばとんでもない程強くなってましたし。『羽織火』の威力が上がっていてもおかしくないですよ」


「まぁ……、それは有り得るけどさ。というか当然のように僕の神雫シーダを把握してるのなんなの?『鑑定眼』使うの、もう少し遠慮してよ」


 正直なところ、『哀哭鏡』に関しては僕にも未知数な部分が大きすぎた。

 想定よりも遥かに素早く動けたのは事実であるが、どういった条件でどこまで効果が発揮されるのか、未だに把握しきれていないのだ。


 レナの『鑑定眼』でも神雫シーダに関する詳細だけは調べられる範囲に制限があるらしく、お手上げなのが現状。

 誰かの負感情を必要とする以上、積極的に調べるつもりなど微塵も無いが、しかしよく分からないものが己の中に眠っているというのもなんだが不気味な気分である。


 果たして小鬼ゴブリンの死体は、本当に燃え尽きたのだろうか。


「俺も少し気にはなりますが、とはいえ今さら確認のしようもありませんからね。……それよりもすっかり忘れてましたが、俺の荷物が放りっぱなしなんです。早く戻りませんか?」


「……そうですね。私たちはコロンちゃんをお家まで送らなくてはいけませんし。そろそろ引き上げましょうか」


 僕は二人の言葉に頷き、帰路の先へと目を向ける。納得した訳では無いが、しかし行商人さんの言う通り確認方法など存在しないのもまた事実。


 夕暮れに近づいた空の色に、時間の経過を知らされながら、僕らは駆けた道のりを戻っていくのだった。


「……レナリーさん、そういえばあの男は何処に?」


「アルが小鬼ゴブリンを倒した直後、何かに気づいたみたいで慌てて走って行きましたよ」


「何だったんですかね……?」


「さぁ?」


 






☆彡 ☆彡 ☆彡 ☆彡








――『鑑定眼』という神雫シーダは、全てを親切に教えてくれるような万能な能力ではない。


 どんなことでも知ることは出来るが、しかし何もかもを知れる訳では無いのだ。

 即ち『鑑定眼』とは、能力なのである。


 『偽体』。偽物の身体を作り上げる能力。


――レナは小鬼ゴブリンだと生物の正体など、調べてはいなかった。

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