第14話
玄関に置きっぱなしにしていた荷物を取りに行こうと廊下へ出たときのこと。
ふと、お風呂場からなんの音もしない事に気がついた。
「ドア閉めててもお湯を溜めてる音は聞こえたのに……。おかしいな」
身体も洗わず湯船に入る人ではなさそうだというのを短い間の交流でも感じている。
だからもしかして倒れてるんじゃないかと心配になってお風呂場に向かうことにした。
「雅さん?」
「え、あ……律歌……?」
幸い雅さんは倒れてなかった。
脱衣室でただぼーっと立っていた。
「お風呂、入らないんですか?」
「……入る」
「一人で入れますか?」
「…………大丈夫」
到底大丈夫そうに見えない。
私は仕方ないなあと軽く笑いかけると、ささっと自分の服と下着を脱いで全裸になった。
「一緒にはいりましょう?」
「……うん」
おぼつかない手つきの雅さんを手伝って服を脱がしていく。
二人して生まれたままの姿になると、雅さんを導いて浴室に入った。
小さな椅子に座らせて丁寧に雅さんの身体にお湯をかける。
「……ほんとうに綺麗。真っ白で、雪とかお餅みたい」
無駄なお肉がどこにもついてない、すらっと美しい雅さんの身体。
私もスタイルいいと自負してはいるけれど、どこか負けた気持ちになるくらい素敵だ。
服の上からだとよく分からなかった雅さんの胸は、かなり大きい部類に入っているとおもう。
「シャンプー、これで合ってますか?」
「うん」
長い髪の毛を、泡で丁寧に包んでいく。
綺麗な髪を傷つけないように、そっと、優しく。
泡を洗い流してコンディショナーを付けると、そのまま今度はボディーソープをスポンジにプッシュして身体を洗う。
……ほんとに柔らかい。
正面の鏡に映る雅さんは、しっとり濡れた髪の毛と、真っ白な肌に浮かび上がるほんのり上気した朱色がとても扇情的だ。
家族以外では誰も見たことがない、私がはじめての、私だけが知っている、雅さんの生まれたままの姿。
星花という同性間の恋愛が盛んな環境に身をおいていれば、経験はないとはいえ知識はあるし私もそういう気分になることはある。
高校一年という年齢的な面もあるのかもしれない。
端的に言えば、私は雅さんに対して欲情していた。
世界一の美人で私の尊敬する好きな人が、私に生まれたままの姿でされるがまま身体を洗われているのだ。
そしてその人は私をリードして守ろうとする立場でありながら混乱に巻き込んでしまって、私に負い目を覚えているときた。
……そこにつけ入ることは最低だって自覚してる。
「でも、食べちゃいたいかも」
思わず口にしてしまってハッと鏡越しの雅さんを伺う。
幸い聞こえていなかったみたいだ。聞こえてたとしても、なんの事かはわからないはず。
でも一気に肝が冷えた私は、雑念を振り払って雅さんを洗うことに集中することにした。
雅さんを洗い終わって湯船に浸からせた私は、ぱぱっと自分の髪と身体を洗うと雅さんと向き合うような形で大きな湯船に浸かる。
「……さっきのこと、話してほしいです」
「……わかった」
ぽつりぽつりと雅さんが語り始める。
「囲まれたとき、気を抜いていて『雨野みやび』としていつもあしらっていたことを出来なかった」
「雅さんのままだったから、どうすればいいか分からなかったってことですか?」
「そう。今日一日、ずっとそんな調子だった。『わたし』としてデートしているはずなのに、いつのまにかわたしになってた。意識して戻しても、気付いたらわたしのまま」
雅さんはますます落ち込んだ様子を見せる。
「『わたし』でいなきゃいけないのに……」
「私は雅さんと一緒にいれてよかったです」
「でも『雨野みやび』としていないと……。そういう設定だったでしょう?」
なんだか雅さんは勘違いしてるみたいだ。
「私は嬉しいですよ? 本当の雅さんとデートすることができて。演技じゃなくて、ありのままの雅さんが私といたいって思ってくれたって事ですから」
「…………」
黙り込む雅さん。私は言葉を続ける。
「それに私言いましたよね。雅さんに雅さん自身のことを知ってほしいって。……今日分かったじゃないですか。演技を忘れて私と遊ぶのを楽しんでくれていた雅さんこそ、本当の雅さんなんですよ」
「あれが、本当のわたし?」
「そうですよ」
私はずいっと雅さんの目の前に移動する。
雅さんの足の間に身体を入れ、膝立ちになりながら雅さんの肩に手を置く。
「……雅さん、私のこと嫌いですか?」
「そんなわけない」
「じゃあ、好き?」
「……よくわからないよ」
「私は雅さんのこと好きですよ」
戸惑った表情。私はそっと目を覗き込む。
「昔から大好きでした。同じ芸能人として、すごく尊敬している憧れで目標の人」
「そうだったんだ」
「はい。その想いは今も変わりません。……でも、最近雅さんとたくさんお話するようになって、雅さんのことを知って、もっともっと好きになったんです」
肩にあった手を首に回し、より距離を縮める。鼻と鼻が触れ合いそうな距離。
雅さんは嫌がる様子を見せない。
「……好きって、やっぱりよくわからない」
今の言葉で確信する。
雅さんは私の言う「好き」の意味が恋愛的なことだときちんと理解してくれている。
それでも雅さんは拒むことなく、むしろ自分の中にある不思議な状態に戸惑っているのだと思う。
「好きです、雅さん」
「律歌……わたし……」
「よくわからないですか?」
こくん、と小さく頷かれる。
「……じゃあ私の『好き』を教えてあげます。目を瞑って?」
言われるがまま雅さんが目を閉じる。
私はほんの少しだけ顔を近づけると、雅さんの唇にキスをした。
「これが私の『好き』。雅さんとたくさんお話をしたい。遊びに行きたい。キスだけじゃなくてもっと色んなことをしたい。……伝わりましたか?」
どこか潤んだ瞳で私を見つめてくる雅さん。
「伝わった……と思う。きっとわたしも同じ気持ちなんだとも思う。……でも、これが本当にわたし自身の気持ちなのか、自身がない。もし自分じゃなかったらと思うと怖いの」
わたしじゃなくて、『わたし』の気持ちだったら……。そう雅さんは言った。
「雅さんは雅さんですよ。どの仮面を被っていたって、どんな演技をしていたって」
「わたしは、わたし?」
「はい。……演技って偽物の自分をつくるんじゃなくて、新しい自分の一面を産むことだと思うんです。自分の中にあるあやふやな知識とか経験を感情に昇華させること。つまり人は自分の中にあるものでしか演技は出来ないんです」
「自分の中にあるもの……」
思い返しているのか雅さんの視線が宙を彷徨う。
「だから私に優しくしてくれる雅さんも、カメラに向かって演技する雅さんも、麗ちゃんを大切に想う雅さんも。……全部雅さん、あなた自身なんですよ」
それでも自身が無さそうな雅さんを抱きしめながら私は言う。
「もしあなたがあなた自身のことがわからないなら、私が雅さんがどんな人なのかずっと教え続けてあげます。私と一緒にいる雅さんが本当の雅さんでいれるように、ずっと傍にいます」
それでも雅さんはまだ『好き』が怖いですか?
そう聞く。
「……正直、まだ分からない。でも、律歌が一緒に居てくれるなら大丈夫そうって思う」
だから……。と雅さん。
「だから、ずっと傍にいてほしい。ずっと傍にいて、この気持ちを忘れさせないでほしい」
その言葉とともに、今度は雅さんから啄むような口づけをされた。
それに私は、痛いくらいのハグと、長い長いベーゼで返した。
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