第6話
五行姉妹が天野姉妹の学校見学を案内した翌日。
朝のうちに早くも前日四人を目撃していた生徒から情報が広がって、学校に有名人が来ていたらしいという噂が全校に広まっていた。
具体的に誰が来ていたのかまでは特定されていなかったが、あの五行姫奏元生徒会長さまが現役の裏ボス・椿姫を伴って姉妹に負け劣らない雰囲気の謎の美人二人を伴っていたこと、そして理事長と滅多に顔を出さない結唯が来校していたことからも、相当重要な人物が来ていたのだと推測されていた(今後社交界に進出するお嬢様が多いこともあり、この程度の情報戦と推測は日常的に行われている)。
そして何より、噂の張本人である椿姫が肯定も否定もしていないことが決め手となった。
沈黙は是なりという言葉があるように、星花の生徒たちは沈黙の意味を正しく理解していた。
ある生徒は友人と和気あいあいと噂の美人について語り合い、ある部活の生徒はスクープを求めて聞き込み調査をしていた。
別の生徒は五行姉妹と二人の関係を妄想し、また別の生徒はどうやって件の美人を美味しくいただくか計画を立てていた。
教員の中には知識とネットを駆使して誰が来たのか探し当てようとする猛者もいた。
学園中の噂の的になっているとはつゆ知らず、雅は東京にとんぼ返りして学校生活のために仕事の量を減らす方針を決めた以前に引き受けたものをなるべく春休み期間中に片付けようと頑張っていた。
雅、麗、波奈と結唯を交えた昨年末の話し合いで、麗が大学を卒業するまでは仕事をしつつも空の宮に生活の拠点を移すことに決めていた。
在来線と新幹線を乗り継げば二時間程度で東京に出れるとはいえ、あちこちのメディアから引っ張りだこの雅が仕事のたびに往復していては大変な負担になる。
そこで波奈はあらゆる業界に影響をもつ債権者・投資家として、更に雨野みやびが所属している事務所の方針として毎月、月末の一週間だけ集中して仕事を入れることを各所に通達した。
当然反対の声も上がったが、「学業に専念するため」という理由には誰も文句を付けることはできなかったし、反対を押し切って撮影や収録のスケジュールを調整させるだけの知名度と影響力が雨野みやびという名前にはあるのだ。
あとは雨野みやびの知名度や魅力が他の人に負けたりしないように頑張るだけだ。
そして雅は毎月、月末の一週間だけ学校を休んで東京に滞在し、それ以外は空の宮で学生生活を送ることになった。
この方針が決まったのは年末だったが、その時既にゴールデンウィーク頃までスケジュールが一杯で、数年先の出演も打診されている中での変更はさすがに無理があった。
しかしあらゆる仕事の日程を短縮してもらい、どうにか三月中に仕事を完了させられる予定だ。
あとは雅がスケジュール通りに進行するだけ。
一方麗は、一人でいると広すぎて落ち着かない家を飛び出して、雅の不在中に新しい街のお店や娯楽施設を頭に叩き込んでいた。雅が来月、空の宮に戻ってきたときにはすぐ学校が始まってしまうから、代わりに街のことを調べて案内してあげるつもりなのだ。
住宅街やオフィス街などあらゆるところに散らばっている東京と違って、ある程度駅の周辺や大きな道路沿いにお店が固まっている空の宮ではスマホ片手に歩けば苦労はしなかった。
ただいくら地方都市とはいえ政令指定都市になっているほどには大きな空の宮市。周辺の大きな街を含めて何日かかけて探検しようと考えていた。
麗は雅に似て努力家であり、ひとつひとつの事を丁寧に進めることが得意だ。
雅には麗を守るという使命がある一方で、麗と常に一緒でなくても大丈夫だという信頼があるから別々の生活を歩むことができている。
そして麗にも雅を支えるという目的がある一方で、雅は自分の限界を見極めて無理をしないという信頼があるから仕事に口出しをせずにいる。
でも、信頼しているからこそ必要以上にお互いのことを考えてしまう。
今はギリギリの均衡を保っているかもしれないが、ただでさえ家族について重い過去をかかえているのだ。何らかの拍子に依存や過保護といった状態に陥るかもしれない。
それを察して以前から雅と麗の二人を守ろうと波奈や結唯は奔走してきた。
雅と麗が助けを借りながら間近に迫った新生活に向けて着実に向かっている一方で、誰にも悩みを打ち明けられずどんどんモヤモヤが膨れ上がっている一人の少女がいた。
次は、そんな少女のお話。
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