第5話

 校舎の一階から五階まで一通り案内して貰ったわたし達は、続けて旧校舎に向かっていた。


 正直なところただ校舎を歩き回って位置関係を頭に叩き込む事務的な記憶をしようと思っていたし最初はそうしていたけど、五行姉妹による絶妙な星花トークのせいでそこらへんの生徒より星花に詳しくなった気がするくらい楽しく回れた。


「どう? 気になるところとか、わからないところとかあったかしら?」

「……知らないほうがいいんじゃないかって事まで教えてもらって興味深かったですけど、同時に普段から違った視線で見てしまいそうで怖いです」

「雅、正直に最初の想像よりも面白くて変なことを思い出さないようにするのが大変、っていいなよ」

「れ、麗……! わざと言葉を濁しているんだから」


 わたし達の言葉に、五行姉妹がお互いの顔を見合わせてクスッと笑う。


「雅ちゃんありがとう! そう言って貰えて嬉しいよ。ね、お姉ちゃん」

「そうね! なかなか込み入った事を話したくても話せる相手も少ないし、久々に母校の様子を見れて嬉しいわ」

「お姉ちゃん、家でも暇さえあればあれこれ語り出すもんね。……今日はそうでもなかったけど大抵えっちなことばかりだし」

「つ、椿姫! お客様のまえでそういう事は言わないの」


 なんというか、説明をしてもらうときにも薄々感じていたんだけど姫奏さんも椿姫ちゃんも、その……そういうことに詳しいのかな?


「女子校だとやっぱり女の子同士の恋愛も他より多いの? 二人には恋人居るって言ってたけどやっぱり女の子?」

「そうね、私にも椿姫にも恋人が居るわ。どっちもこの学校で出会ったの。雅ちゃんと麗ちゃんは恋人いる?」

「ウチはいないかな。ウチ今までずっと共学だったけど、女の子も男の子もみんな子供っぽくて。雅と無意識に比べてるのかも」

「わたしもいない。お仕事で忙しいのはもちろんだけど、麗を守るために必要の無いことだから」


 ずっと学校に通っていた麗と違ってわたしは自分の恋愛について考えたことがない。

 ドラマとか映画で女性の恋人、男性の恋人の役柄を演じたことはあっても、それは『わたし』であって漫画やアニメを見るのと同じような感覚なのだ。

 中学生という恋や性に貪欲になり始めると言われる時期に、同年代の同性にも異性にも関わることがなかったから上辺だけの知識しかない。

 いくらわたし自身が恋愛や恋人を作るつもりが無いとはいえ、これからの役作りや純粋な興味として”本物の恋愛”が気になるのは当然のことだと思う。


 わたしはわたしの言葉で麗の表情が曇ったことにも、麗の様子をみて姫奏さんと椿姫ちゃんが視線だけのコミュニケーションを交わしていることに気付かなかった。


「……きっと雅ちゃんにも、雅ちゃんを守りたいって思ってくれる子がきっと出来ると思うわ」

「それは、どういう……」

「ねぇねぇ麗ちゃん、共学ってどんな感じなの? 私達ずっと女子校だからさ、共学の雰囲気教えてほしいな!」


 姫奏さんの言葉はまるで未来が見えているかのよう。わたしが疑問を挟もうとしたところで椿姫ちゃんが被せてきた。

 椿姫ちゃんの質問に対する答えはわたしも気になる事だったから、そのことには何も言わず麗の言葉を待つことにした。


「比較対象がないけど、共学は騒がしいところだったよ〜。一年でみんな友達作りを頑張るんだけど、二年になると女の子も男の子もほとんどみんな恋人を作るために奔走してた。男の子は分からないけど、女の子は同性異性問わず好きな人によく見られようと表でも裏でも頑張ってた」

「共学だとやっぱり同性を好きな人より異性が好きな人のほうが多いのかしら?」

「ううん、姫奏さん。そんなことは無かったよ。女の子が好きな女の子も、男の子が好きな女の子もその逆も、男の子が好きな男の子も大体同じくらいの割合だったと思う」

「へえ〜! 星花だと恋愛に興味ある大体の子は女の子が好きだからね。他校とか実家の意向で異性の恋人がいる子もいるけど」


 じ、実家の意向とかもあるんだ……。お嬢様学校、恐るべし。


「でもさっき聞いたような校内でいちゃいちゃするカップルは少なかったかな。ちょっと厳しい学校だったから」

「なるほど……星花だとむしろ隠れた伝統的に校内で堂々と行為に及んだりもするから、そういうところも違うのね」

「こ、校内でえっちなことしてるの!?」

「それが伝統になってるの!?」


 わたしと麗の驚きの声が揃う。


「そうだね、一応校則でな行為は禁止されてはいるけれど先生方もここの卒業生が多いし。よっぽど風紀を乱さなければ黙認されることがほとんどかな。教室とか廊下でキスすることとか、空き教室とか保健室でえっちをしたり。寮生は自室でしてたりね」

「……ウチの想像の遥か上を進んでるんだね」


 あまりの生々しい話に顔が真っ赤になるのを実感する。

 姫奏さんと椿姫さんはどうしてそんなにあっけらかんとしてるの……!?

 わたしは聞いているだけでも恥ずかしい内容に黙り込むしかなかった。


「代々の生徒会長だけが知ってる隠し部屋とか、これから行く旧校舎の立ち入り禁止の階とか、あちこちの体育倉庫とか準備室だったりね。カップルにおあつらえ向きの環境が整ってるのよ。正門出てすぐの天寿が女子学生向けにやってるクリニックにフィンガーゴムとかが置いてあって、学校からも買うのを推奨されてるくらいだし」


 後で波奈さんに聞いたところによれば、ネット通販とかお店で安全かわからないグッズを買われるよりも、きちんとした学校で教育をした上で安心して使ってもらおうという理由があるらしい。

 卒業生のカウンセラーや婦人科の先生に相談できるし、薬の処方や他にも色々必要な物を売っててみんな気軽に買ってるから、今まで恥ずかしがって対策を怠った結果、後に無用なトラブルに発展するようなことが無くなったとか。


「じゃあ姫奏さんも椿姫先輩も普通にしてるんですか?」

「!? (ちょっと麗!?)」

「そうね、今は清歌……私の恋人と二人暮らしをしてるから場所の心配はないんだけど、実家から通ってた時はよく学校とかでしてたわね」

「私はまだ恋人になってすぐだからそんなに経験ないけれど、確かに大体学校でするかな。シャワーも自由に使えるし、みんなの理解もあるからしやすいし」

「えっと、具体的な内容じゃなくてそういうことをするのかなってことだけを聞きたかったんですけど……」


 あっ、と同じタイミングで気まずそうな表情を見せる五行姉妹。

 麗に思わず、なんてこと聞くの! と声が出かかったけど、ずっと固唾を呑んでいたせいで声になる前に喉にひっかかった。

 そして恥ずかしげもなく自分たちの性事情を明かす五行姉妹が恐ろしくなった。


 ……もしかして、ここの生徒みんなこんな感じなのかな? ひょっとしなくてもとんでもない学校に入ってしまったのかもしれない。

 わたしはそう思えて仕方がなかった。


 今まで経験したどの現場よりも緊張の連続だった校舎見学を終えて理事長室へ向かう。


 理事長室の目の前まで来ると、扉越しに何やら聞き覚えのある二人の女性の甘い声が聞こえてきた気がした。


「……波奈さんたち、久々の学校で盛り上がってるみたいね。ここで待つのも寒いから上の生徒会室で待ちましょうか」


 どうやらわたしの聞き間違いでは無かったらしい。

 本当に、こういうときどういう顔をすればいいの……?


 というか、波奈さんと結唯さんのそういう話をよく聞いているのだから、当然お二人が出会った母校がこういう状況であってもおかしくはない。という想像に今更辿り着いた。


 *


 生徒会の役員ではないという話だったのに何故か椿姫ちゃんが持っていたスペアキーを使って生徒会室に入り、波奈さんと結唯さんを待つ。

 お二人にはメッセージを送っていた。


 この間に会長用仮眠室と言う名の会長室の隅からしか入れない隠し部屋を見せてもらったりもした。

 ……今の生徒会長の私物らしきおもちゃが棚とかベッドに置いてあって、顔も名前も知らない生徒会長の趣味や性癖を覗き見てしまったことに罪悪感を覚えたのは別の話。


 わたし、つまり雨野みやびが編入すると知ればきっと関わることになるであろう見ず知らずの先輩に、一体どういう顔をして会ったら良いのだろうか。

 今見たことについて何も思わずに接する自信はさすがのわたしでも持てない。


 一方の麗はわたしと対照的に姫奏さんと椿姫ちゃんと楽しそうにおしゃべりをしていた。

 わたしもなんとか表面だけを取り繕って振られた会話に参加してはいるが、わたしの内心を知ってか知らずかありがたい事にあんまり話を振られることは無かった。


「おまたせ、みんな待たせたわね」


 程なくして入ってきた波奈さんと結唯さんは、二時間ほど前に分かれた時と全く変わりないように見えた。

 衣服の乱れもなく、表情も、メイクも同じ。

 何も知らなければただ事情があって遅れたんだなと流せるけれど、わたし達は情事があったことを知っている。

 だからこそ何の変化も感じさせないお二人の様子が恐ろしかった。


「波奈さんたち、随分お楽しみだったんですね」

「あはは、ごめんなさい。結唯と学校に来るの久しぶりだったから、昔を思い出してつい夢中になっちゃった」

「空の宮に戻ってきても学校まで足を伸ばすことは滅多にないからね。随分懐かしい気持ちになれたよ」


 直接的なからかいにお二人もお楽しみだったことを否定せず、むしろ姫奏さんに向かって分かるでしょ? と返答して姫奏さんも頷いている。

 ……わたしの感覚がおかしいのかな? 世間ではこれが普通なの? 麗も平然としているし、もしかしてわたしが遅れているだけ?


 わたしはますます自分のことがよく分からなくなっていた。

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