第46話 家族写真

 全員で話し合いをした結果。野口さんの言葉に甘え、家に留まらせてもらうことに決まった。

 時間が経過すれば、屍怪はいなくなる。脱出の機会が訪れる、そのときまでの間だ。


「妻と息子は安静にさせたいからね。和室には近づかないでくれるかな」


 リビング隣にある仏間の座布団に座り、野口さんは理解を求めるよう言った。

 仏間の奥にある、襖が閉ざされた和室。今は野口さんの妻と息子。二人が体調を崩し、眠っているらしい。


「俺たちとしては、避難させてもらっている立場ですから。協力するのは当然ですよ」


 野口さんの妻や息子のことを考えれば、余計なストレスなど与えぬよう配慮する。

 今は身を隠せているだけでも、ありがたい話。協力できる部分は、当然しなくてはならないだろう。


「和室にさえ近づかなければ、あとは自由に過ごして良いからっ! あっ! そうだっ! 飲み物でもいるかいっ!?」


 客人というわけでもないのに、厚遇してくれる野口さん。


「そんな! 気を遣わなくても大丈夫ですよっ!」


 遠慮をしようとも、お茶やコーヒー。ペットボトル飲料を、全員に振る舞ってくれた。


「運が良かったよな! 良い人に助けられて!」

「……そうね」


 お茶を飲みつつ言うも、浮かない表情のハルノ。どこか上の空といった感じで、何か考え事をしているようだった。


「休憩も一段落したし。俺は二階に上がって、外の様子を見てくるよ」

「それならコレを使うと良いよ。ベランダからよく見えるんだ」


 野口さんは差し当たって、双眼鏡を貸してくれた。


「ありがとうございます。本当。何からなにまで」

「いいよ! いいよ! 気にしないで!」


 ニコニコと笑顔を浮かべ、返事をする野口さん。

 野口さんという人間の、優しさと親切心。温かき人間性が、垣間見える一幕だった。



 ***



「しっかしよー。全く数が減らないじゃん」


 ベランダから双眼鏡を覗き、外の様子を見る啓太。

 斜め前にある民家は、最初に逃げた場所。今では敷地外まで屍怪が溢れ、どうにも収拾がつかない状況となっている。


「そうだな。でも時間が経てば、屍怪はいなくなるだろ」


 最初に避難したビルでも、時間経過で屍怪は去っていった。

 気づかれなければ、諦める道理。静かに待つ。それが今できる、最善の策だった。


「それはまぁ、たしかに。にしても、表側。野口さんはたくさんいるって言ってたけど。そこまでの数じゃなくね? 見える範囲で、二・三体程度じゃん」


 啓太はベランダから寝室へ移動し、窓越しに外を確認して言う。

 野口さん宅前に、位置する道路。多くの車が残されているも、屍怪の数はそこまで確認できない。


「たくさんいるって話は、少し前のことだったんだろ。それなら今のタイミングでいなくても、おかしくないはずだ」


 屍怪がいたとしても、それは訪れる前から。斜め前にある民家と比較しては、騒動も早く去るのは当然に思えた。


 でも表に屍怪がいないとなれば、問題なく進めそうだな。


「現状をみんなに、伝えに行こうぜ。この状況なら、すぐにでも出発できそうだしな」


 進むべき道があるとなれば、知らせに一階へ戻る決断。


「ガンッ!」


 急いで戻ろうとしたため、棚に膝をぶつけてしまった。


「バタンッ!」


 衝撃に、倒れて落ちる写真立て。


「イケねっ」


 床に落ちた写真立てを、拾うため手を伸ばす。持ち上げた写真には、仲睦ましそうな五人の姿が映っていた。

 今より少し若く、痩せて見える野口さん。写真の中央には、Vサインをする男の子。傍らには中年の女性と、眼鏡を掛けた面長な老人。さらにはふっくらとした、白髪の老婆もいる。


 年配の二人はどことなく、野口さんに似ているな。

 多分。野口さんの親ってところか。


 写真が撮影されている場所は、野口さん宅の庭先。家族全員が揃っての、集合写真と言ったところだろう。

 青空が映る穏やかな天気の中、全員が笑顔でとても幸せそうに見える。


 こんな風にまた、笑顔で過ごせる日が来るんだろうか? 

 今はまだ簡単には、考えられないけど。いつかは――。


「きゃあああ――――ッ!!」


 写真立てを元の位置へ戻したところで、一階から叫び声が響いてきた。

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