第47話 狂気の鎖
―*―*―美月視点 ―*―*―
「野口さん。何かお手伝いできることとか、ありませんか? お世話になるばかりでは、申し訳ないので」
窮地を助けてもらっただけではなく、至れり尽くせりの対応。こちらとしても何か、役に立てることがしたかった。
「大丈夫! 大丈夫! 気にしないでよっ! 困っている人を見かけたら、助けるのは当然さっ!」
キッチンでコーヒーを入れる野口さんは、気遣い不要との立場を崩さなかった。
蓮夜さんと啓太さんは二階へ行き、残るは野口さんと女性陣のみ。互いの理解を深めるため、事情や経緯など詳細を語らっていた。
「シェルターと備蓄倉庫で二週間。それに中心部を進んできたなんて。君たちも大変だったんだね」
野口さんは興味深そうに話しを聞き、とても感心している様子だった。
「看病を続ける野口さんも、十分に凄いですよ。食事とかは、どうなさっているんですか?」
家に留まり続け、長いだろう。食生活が気になった。
「こう見えても料理は得意なんだよ。たくさん食べそうだけど、料理はしなさそうだって? まぁこの体型だからね。ハハハッ!」
野口さんは己が体型を引き合いに、自虐的に笑顔を見せていた。
「野口さんの奥さまと息子さんは、体調を崩されているのでしたよね? それなら看病で何か、お手伝いできませんか?」
役に立てる場所を探すも、食事の面では空振り。他に力になれそうな所といえば、看病くらいしか思いつかなかった。
しかし発言してから一瞬にして、野口さんの笑顔は消えた。表情豊かであったものから、一転。口角が落ちては口を噤み、感情を失ったかのよう無機質。まるで氷のように、冷たい眼差しを向けている。
「いやぁ。ありがたい話だけど。妻と息子は人見知りなところがあってね。それに風邪を移しでもしたら、帰るのに大変だろっ!? 看病はボク一人でできていたし。助けがなくても大丈夫さっ!」
豹変したかと思った表情も一瞬、野口さんは再び笑顔を見せて言った。
「そうですか。なら、仕方がありませんね」
こちらを配慮する言葉を受けては、他にできることなど浮かびはしなかった。
***
「ちょっと申し訳ない! ボクはトイレに!」
仏間の座布団から立ち上がり、退出していく野口さん。
「私たちから野口さんにできることって、本当に何もないのでしょうか?」
役に立ちたいと思うも、一人では浮かばず。別のアイディアはないかと、全員に意見を募る。
「野口さんの家族は体調を崩して、傍を離れられないんですよね? なら代わりに、助けを求めに行くのはどうでしょう?」
新たなアイディアを出してくれたのは、南郷さんの件で口数が少なくなっていた真弥ちゃん。
「あっ! それいいかも!」
彩加ちゃんも同調したようで、透かさず賛同の意志を示している。
助けを求めに行く。どうしてその発想が、出なかったのでしょうか。
野口さんも言ってましたね。避難したくても、できなかったと。
「うーん。私はあの野口って人。どうにも胡散臭く見えるのよね」
ハルノさんは野口さんに、不信感がある様子。
「言っちゃなんだけど。野口さん。私たちに対して、優し過ぎるのよ」
ハルノさんは野口さんの対応に、違和感を覚えたようだ。
「でも野口さんは……困っている人を見かけたら、助けるのは当然と言っていましたけど」
人を助ける行為。それは善良な心を持っていなければ、簡単に行えるものではないだろう。
それが今のような非常時となれば、尚更である。
「助けてくれたことは、それはもちろん。ありがたいわよ。でも、いつまでだって居ていいって。かなりおかしいと思わない?」
腑に落ちない部分へ、疑問を投げかけるハルノさん。
「留まり続けるなら、食料が必要になるでしょ? 私たちの持つ分には、そこまで余裕はないし。野口さんの食料に手を付ける事態になれば、結構な痛手じゃないっ!?」
ハルノさんの言い分には、納得できる部分も多かった。屍怪が徘徊する世界では、食料の入手も困難。メリットなき他者へ提供することは、デメリットしかない行為。
一時となれば、人情あり理解できる。しかし家族がいるのに長期となれば、より腑に落ちない行動となるだろう。
「バンッ!! バンッ!!」
和室の方から不意に、壁を叩く音が響いた。
「何かあったのでしょうか?」
不安気な顔をして、問いかける真弥ちゃん。
仏間の隣に位置する和室には、野口さんの妻と息子が眠っている。壁を叩くということは、異変を訴えている可能性もあった。
「あの、大丈夫ですか?」
野口さんはまだ戻っておらず、恐る恐るに問いかける。
しかし二人からは、返事一つ。なんのアクションも返ってこなかった。
「どうしましょう? 開けて見たほうが、良いですかね?」
体調を崩していると話していたので、急変となっている可能性もゼロではない。
それには何を置いても、襖を開けて確認。野口さんの言いつけに、反する必要があった。
「そうね。開けて見ましょうか」
ハルノさんも賛同し、やむなく開ける決断を下す。
えっ!!
襖を開けた瞬間。飛び込んできた光景に、我が目を疑った。
カーテンが閉ざされ、薄暗くなっている和室。畳や壁には、飛び散る血痕。鼻を突く異臭が漂い、床には人らしきものが転がっている。
「和室には奥さまと息子さんがいると、おっしゃっていたのに」
殺人現場のような惨状に、全員が言葉を失い絶句。
床に転がっていたのは、まごうことなき人の死体。多くのパーツに分解されているようで、上半身から下半身。腕や脚の部分と、大小様々であった。
「ねぇ。あの辺。何か動いてない?」
和室内の異変に気づき、訴える彩加ちゃん。
先ほど和室からは、壁を叩く音がした。アクションを起こした者がいるのは、当然の話である。
「あれって、屍怪よね?」
和室の隅で動く影に、確認するよう言うハルノさん。
和室の隅にいる者は、何度も手を口元に。ムシャムシャと咀嚼し、何かを食べている様子だ。
「なんで野口さんの家に、屍怪が……」
和室の隅にいたのは、屍怪と化した女性。長いボサボサ髪に、血に汚れた衣服。不潔極まりない姿のまま、一心不乱に何かを食べ続けている。
「なんで野口さんの家に、屍怪がいるのかな?」
当然に同じ疑問を抱き、顔を向け問う彩加ちゃん。
するとそのタイミングで、屍怪の動きは制止。ゆっくりと体を動かし、こちらに顔を向けた。
「ぐぁああう!!」
叫び声を発して、迫りくる屍怪。
「きゃあああ――――ッ!!」
突然の行動に驚き、悲鳴を上げる真弥ちゃん。
しかし屍怪は和室を越える寸前で、動きを止めた。どうやら前へ進めないようで、必死に手を伸ばし続けている。
……どうして??
考える間もなく。前へ進めなかった理由は、すぐに判明した。
屍怪と化した女性の首には、銀の首輪が付いている。鎖は家の柱に固定され、一定の範囲しか動けないようだ。
鎖の長さが足りず、これ以上は進めないみたいですね。
おかげで助かりましたけど。でも、どうして。こんなことを。
「もう一人。誰かいない?」
和室の方を見て、ハルノさんは告げた。
和室奥となる場所。そこにはもう一体。部屋の隅で蹲る、小さな屍怪の姿があった。
子ども? それって、もしかして。
「いやぁ。バレちゃったか。できればもう少し。気づかないで……ほしかったなぁ」
振り向くとリビングには、野口さんが立っていた。手にはギラギラと鈍い光を放つ、大きな中華包丁を持って。
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