第39話 役目

「俺が出ていくから、啓太は扉を支えていてくれっ!」

「正気かよっ! 屍怪はもう間近じゃん!」


 啓太の言う通り、迫る屍怪は数メートル手前。今や廊下側に回ることは、リスクの高い行動であった。


「誰かがやるしないっ! 隙間があるままじゃあ、屍怪が入ってきちまうだろっ!」


 屍怪が大挙して迫れば、防火扉が開けられること必死。そうなれば侵入を許し、全てが水の泡。

 今はある程度のリスクを飲んでも、防火扉を閉める必要性があった。


「でも、危ないよっ! 本当に戻ってこられるの!?」


 廊下側へ回る前に、声を荒げ制止する彩加。

 行けば戻れない。その可能性は否定できないものの、今は差し迫った状況。何を置いても覚悟を決め、行動する他なかった。


「防火扉を、閉める役目。その役目は、私に任せてくれないか」

 

 代わりに廊下側へ回ると主張したのは、同心北高校の教師である南郷さん。


「お兄ちゃんもっ! モジャ先生もっ! 廊下側に回るなんて、危ないよっ!」


 誰であろうと廊下側に回ることは、リスク高く彩加は否定的な様子だった。


「屍怪が入ってきたら、危ないなんてものじゃない。それにこれは、俺が言い出したことだ。その責任を持って、俺が行ってきますよっ!」


 誰かが行かねば、解決できない問題。それなら口火を切った者が、率先して行くべきに思えた。


「リスクある行動だ。だから大人である私が、教師としても最後に。行く必要があるんだ」


 譲らぬ意志を示しつつ、含みある言葉で言う南郷さん。何を思ってか、唐突に袖を捲り始める。


「南郷さん。それって……」

「合流する前に、一悶着あってね。これが今の、私の状態なんだ」


 南郷さんの右腕には、クッキリとした歯形痕があった。


「モジャ先生! いつ噛まれたのっ!?」


 一瞬に行動していた彩加ですら、噛まれた事実を知らなかったらしい。


「いいか二人とも。落ち着いて聞いてくれ。どうにも噛まれた人間は、助からないらしい。となればこの役目は、私が適任なんだ」


 彩加と葛西さんを呼び寄せ、事実を告白する南郷さん。


「そんな……嘘だよ」

「っ……先生」


 屍怪に噛まれた事実を、彩加と葛西さんの二人。受け止めるには大きく、涙を浮かべていた。


「私たちも僅かだが。屍怪と対峙して、知ったことがある。それはあとで、二人から聞いてくれ」

「くっ……。わかりました」


 情報あると言い残し、南郷さんは廊下側へ抜けていく。


「それと、二人をよろしく頼みます」


 振り返り南郷さんが言った言葉は、最後まで二人を気にかけるもの。


「そちらからもっ! 扉を引いてくれっ!」


 南郷さんは防火扉を閉めるため、学生鞄の排除に動き始めた。それに伴い助力を求められては、啓太とともに引いて応える。


「ガタンッ!」


 ストッパーとなっていた学生鞄が外れ、自然と動き出す防火扉。


「南郷さん! 早く戻ってくれ!」


 防火扉を両手で押し返し、南郷さんの帰還を待つ。


「きゃあ!!」


 隙間から伸びてきた手に、葛西さんは驚きの声を上げた。


「屍怪っ!! もう追いついてきたのかよっ!?」


 伸びてきた血に汚れし悪魔の手は、後ろを追ってきた屍怪のもの。防火扉が閉まり始めたタイミングで、どうにも追いつかれてしまったらしい。


「おいおい! このままだと、屍怪が入ってきちまうじゃん!!」


 獲物を求めて動く屍怪の手に、啓太はかなり余裕を失っている。

 追ってきた屍怪は、一体ではない。このまま後続が到着すれば、防火扉は無理やりにも開かれてしまうだろう。


「クソっ! みんなっ! 離れてろっ!!」


 防火扉を閉めるためには、屍怪の腕を退かす必要がある。


「防火扉を開かせるわけにはいかない! 南郷さんが身を挺し、作ってくれたチャンスだっ! 無駄にはできねぇ!!」


 背負う刀を抜刀して、決意の一斬。振り下ろす刃で、屍怪の腕を切断した。


「バタンっ!」


 屍怪の腕が地に落ち、閉ざされた防火扉。南郷さんを廊下側に残し、場の収束となった。


 またこんなのかよ。外に出て、ほんの二日程度だって言うのに。


 南郷さんを失ったショックに、彩加と葛西さんは肩を震わせ泣いている。

 二人をよろしく頼みます。最期に南郷さんが言った言葉と、凛々しい表情が脳裏に浮かぶ。


 ………………ッ!!


 額から頭の深部へかけて、激しい痛みが襲った。

 意識が朦朧としては、映る全てがぼやけて霞む。耐えるというには凄まじく、足元すら定まらないレベルだった。


 ……なんだよ。一体。今は休んでいる、場合じゃねぇのに。


 立っていることさえ困難になり、自然と地に膝をつく。

 目蓋は重くのしかかり、気づいたときには暗闇の世界。耐えようもない激しい頭痛に、完全に意識を失ってしまった。



 ***



 目の前にあったのは、薄暗く埃っぽい空間。折れ曲がった鉄骨に、飛び出す鉄線。至る所で瓦礫が転がり、見える四方を囲っていた。


 どこだ? ここは? 

 っつーか、体が全く動かねぇ。


 薄暗い中で状況の確認に努めるも、仰向けの状態で動かぬ体。なんとか動かせるのは、首くらいのものだった。


「だっ……」


 助けを求めようにも、なぜか全く声は出ない。


「――――――――」


 隣には女性が一人いて、何かを言っている。

 口元の動きは見えるも、聞こえぬ声。女性の顔には強い逆光が当たり、人物の特定はできない。


 何を言ってるんだ?

 それに、この人は――。


「大丈夫!? 蓮夜っ!!」


 朧な世界にあった意識は、ハルノの呼びかけにより現実へ戻された。

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