第38話 防火扉

 後方からは背を追い、廊下へ流れてくる屍怪。

 一階と三階の屍怪が合流してか。その数は目算で計れないほど、多く止めどないものになっていた。


「おいおい。ヤバいじゃん! これっ!?」


 足を止めた啓太は、左右を見渡して言う。

 屍怪との距離は離れ、速度もこちらが上。逃げ道さえあれば、容易に追いつかれない。余裕ある状況だと、展開から思っていた。


「……マジかよ」


 右方の廊下に、左方の階段。両方ともに現れたのは、机や椅子が積まれたバリケード。


「どっちも進めないじゃん!」


 逃げ道を失ったとあっては、啓太はかなり慌てた様子だ。

 バリケードを形成する机や椅子は、天井に届きそうな高さで奥行あり数も多い。無理に突破しようにも撤去しようにも、即座には難しいレベルであった。


「私は上を見てきますっ!」


 一階へ向かう階段は塞がれているため、やむなく三階へ駆けていく美月。今の状況下においては、新たな逃げ道が必要だった。


「上もダメです! その、防火扉が閉まっていて!」


 階段を下りながら美月が告げるのは、逃げ道なしとの悲報。


「完全に行き止まりってことかよ。ならもう、覚悟を決めて戦うしかねぇ!!」


 迫ってくる屍怪の数は、目算で計れないほど多い。

 しかし逃げ道なき、行き止まり。抗う術は、戦闘のみ。背負う刀を抜刀して、立ち向かう他なかった。


 屍怪の数は多いし。明らかに不利な場所だ。 

 戦闘は避けたかったのに。なんとか、ならないのかよ。


 刀を構えて臨戦態勢に入るも、望まぬ場所での無理ある戦闘。時間の許すギリギリまで、思考を止めるわけにはいかなかった。


 廊下と階段には、バリケード。目の前には屍怪。三階は防火扉で塞がれて……。

 いや、待てよ。防火扉。その手があるじゃねぇか!!


「二階の防火扉を閉めよう!」


 刀を鞘に納め、身を翻し提言。背後にある防火扉を示し、閉じるべきと判断を下す。


「ちょっと蓮夜! そんなことをしたら、私たちが閉じ込められちゃうじゃない!?」


 ハルノの言うことも、もちろん理解できる。


「どっちにしたってジリ貧だっ! 前を見ろよ! あの数の屍怪を、相手することになるんだぞっ!」


 しかし屍怪との戦闘を避けるに、他の手段など存在しなかった。


「たしかに。あの数の狂人。いや、屍怪か。を相手をするのは、どう考えても厳しそうだ」


 南郷さんも屍怪との戦闘には、賛同的ではない様子。


「防火扉を閉めるなら、時間稼ぎはできそうだし。その間に脱出方法を考えたらどうかな? 最悪の手段としてだが、防火扉はまた開けられるからね」


 南郷さんの意見には説得力あり、全員が異論や反論なく納得。


「よしっ! 決まりだな!」


 防火扉を閉めるということで、一つ話は決まった。


「みんな階段側にっ! 防火扉を閉めるぞっ!」


 全員を階段前の空間に誘導し、壁に埋もれる防火扉を引く。


「ガタンッ!」


 音を立てて動き出す、鉄製の防火扉。重たく厚みあり、耐久性は高い。

 火災の熱を受けようとも、基本的に消失しないもの。屍怪が多くで襲って来ようとも、簡単に破られはしないだろう。


「事態が好転したとは、言い難いけど。暫くはこれで、大丈夫だろ」


 徐々に加速をして、閉ざされていく防火扉。屍怪との戦闘を避けられ、一安心というところ。


「なんだ!? なんだよ!? 止まってんじゃん!」


 しかし防火扉は閉じきる前に動きを止め、予想外の展開に啓太は困惑している。

 人が通れるほどの隙間を残し、動きを止めた防火扉。今のままでは、穴の空いたザル。何者をも通す、フリーパス。ハッキリ言って、役に立つ状態にないだろう。


「閉まらない原因が、何かあるはずだっ!」


 防火扉に異常はないか。上から下まで隅々と、全体を見て原因を探す。


「これが原因かよ。下に何か挟まっているみたいだっ! 引き抜くから、手を貸してくれっ!」


 防火扉下の隙間には、異物が挟まっていた。

 異物がストッパーの役割を果たし、閉じることを妨げていたのだ。


「んなの! 聞いてないじゃん!」


 呼応した啓太とともに、異物の排除作業へ。防火扉の下に挟まっていたのは、黒い持ち手がある学生鞄。


「まだ取れないのかよっ! 急げ! 蓮夜!」


 防火扉を押してサポートする啓太は、苦戦に焦りを露わにしている。

 持ち手を掴み力任せに引くも、なかなか抜けぬ学生鞄。どうにも固く嵌っているようで、今のアプローチでは無理そうであった。


「この場所からじゃあ無理だっ! 廊下側に回って、引き抜くしかないっ!」


 学生鞄を排除する作業中も、屍怪が足を止めることはない。互いの距離は確実に詰まり、刻一刻と猶予はなくなっていた。

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