番外編 南郷剛12

 ―*―*― 田北視点 ―*―*―



 伊東がまさか、こんな事になるなんて。


 二週間前。日曜日ということもあり、人も少ない静かな図書室。多くの本たちに囲まれ、机に向かい自習をしていた。


「午後から完全下校なんだっ! 久しぶりによっ! どこか遊びに行こうぜ!」


 廊下に呼び出してきたのは、同級生で幼馴染の伊東。

 伊東との付き合いは、小学校から現在に至るまで。学部は違っても同じ高校と、まさに腐れ縁と言った感じである。


「なんで僕が。サッカー部の仲間とか。クラスの友人を誘えば良いだろ」


 納得できないことが嫌いで、融通が効かない性格。素直になれない性分も相まって、人間関係には苦労していた。

 そのため友人も、元から多くない。今のクラスメイトにも、友と呼べる存在はいなかった。


「たまにはいいだろっ! 十二時には終わるからっ! 部室棟に来てくれよっ!」


 それでも誘い続ける伊東に、拒絶することはしなかった。

 伊東という人間は、まさに正反対。コミュニケーション能力は高く、誰とでもすぐに打ち解けられる性格。明るく友好的で、友人も多くいた。


「悪い! 悪い! もう行くからっ! ちょっと待ってくれ!」


 時間にはルーズな部分がある、マイペースな伊東。

 『悪い! 悪い!』という言葉は、謝るとき定番となる常套句。それはミスをしたときや、イタズラをしたとき。どんな場面においても、多用されていた。


 さっきの伊東は、いつもの言葉を言わなかった。

 あれは伊東であって、伊東ではない。それが僕の結論だ。


 教頭や河田先生に狂人を見て、異常な事態なのは想像がつく。そしてそれは、伊東にも起きた。

 それでも唯一の友人と呼べる伊東を、学校で置き去りにして行く。後ろめたい気持ちや未練は、当然に存在した。


 時間が経てば、正気に戻るんじゃないのか?

 今は無理だとしても、一緒に連れて行けば。治療できるんじゃないのか?


 未練という楔が胸に突き刺さって、後ろが気になり足が進まない。 

 背後から迫ってくるのは、どこからか集まってきた狂人。見える範囲の三人に、伊東の姿を探してしまう。


 このままではダメだ。前を向かないと。


 揺らぐ自身に言い聞かせ、歯を食いしばって前を向く。するとそのタイミングで、被っていたヘルメットが落下した。


 振り向けと、言っているみたいだ。

 やっぱり僕はまだ、伊東のことを……諦めきれていないのか。まさか、こんな気持ちになるなんて。


 ヘルメットは首の後ろに掛かり、後方へ引き寄せられる感覚。

 それは後ろを気にする、気持ちの表れ。断ち切れぬ未練。全てが重くのしかかり、思いの外にも強く感じた。


 ――――えっ!?


 ヘルメットを支える紐を通じ、首筋に走る感覚。それは気持ちなど曖昧なものではなく、間違いなく物理的な力だった。

 次の瞬間。引っ張られる力を全身に感じ、体は後ろへ引き戻された。



 ―*―*― 南郷視点 ―*―*―



「みんなっ! 私のあとに付いて来るんだっ!」

「了解!」


 前方を警戒しつつ言うと、一ノ瀬は声を張って応える。

 余裕がないのか。田北君と葛西には、返答がなかった。


 早く外に出なくては。


「モジャ先生!!」


 逸る気持ちで廊下を進む中、一ノ瀬は大きな声で叫んだ。

 今の校内には、狂人がいる。大きな声や音などは、とてつもないリスク。間違いなく、避けなくてはならなかった。


「一ノ瀬。声が大き過ぎ――――」


 注意しようと顔を向けたとき、見える光景に言葉を失った。

 後ろに続いていた生徒たちの隊列は、バラバラとなり崩壊。離れた位置で立ち止まる、一ノ瀬と葛西。最も遠くの田北君に至っては、何者かと取っ組み合いになっている。


 ――――狂人。すぐに助けなければっ!!


 田北君が取っ組み合う相手は、間違いなく狂人。抵抗を続けるその様は、昨日の伊東君を彷彿させた。


 田北君の後ろには、迫る三人の姿。

 これもおそらく、助けに来た。というわけでは、なさそうだ。


「先生っ!!」


 救出へ向かうべく身を翻したとき、葛西は尋常ならざる叫びを発した。指を差して見ろと訴えるのは、進行方向としていた後方。


 ――――これは、まずいんじゃないのか?


 顔を向ける間もなく、何者かの迫る圧を感じた。

 不意を突かれ、抵抗する力もなく。体はそのまま、廊下に倒されてしまった。

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