番外編 南郷剛11

「どうしようっ!? 伊東君。全然良くならないよっ!」


 伊東君の容態が快方に向かわないことから、一ノ瀬はかなり焦っている様子だ。


「落ち着くんだ。一ノ瀬。時間はまだ朝だし。もう少し様子を見よう。これから良くなるかもしれないし」


 一夜を越え、翌日の朝。伊東君の容態は今も好転せず、口元をガタガタと震わせる状態。

 呂律が回らなくなっては、まともに会話もできず。どうやら意識に障害も、出始めているようだった。


「先生。僕は、外に。病院に。助けを求めに行ったほうが良いと思いますっ!」


 打つ手なしのまま十四時を過ぎ、救助を求めるべきと田北君。

 時間が経過するにつれ、伊東君の容態は暗転。呼吸が浅くなっては、目を覚ますことなく昏睡。今では死線を彷徨う、危険な状態となってしまった。


「伊東君は動けないんだよっ! 置いて行くってことっ!?」


 一ノ瀬は田北君の発言に、苦言を呈している。伊東君は自力で動けないため、移動も困難。背負って行こうにも、校内には狂人が徘徊。

 リスクを鑑みれば、伊東君を連れていくのは難しい。となれば残し、行くしかなかった。


「仕方ないじゃないか! 今の僕たちに、何ができるって言うんだっ! 助けを呼びに行く! それ以外に、方法はないだろうっ!」


 常に冷静さを保っていた、優等生の田北君。ここ伊東君に窮地が迫っては、余裕なく感情的になっていた。


「二人とも落ち着いてっ!」


 ヒートアップする二人の言い合いに、間に入って自制を求める葛西。


 生徒の中から誰かを残し、助けを呼びに行く手はある。

 しかし、校内には狂人がいる。それに街の状況は、全くわからない。遠くへ行くに、人数の分散は避けたいところだ。


 校内に狂人が徘徊する状況で、街にいないとは考え難かった。

 そもそも治安が正常に維持されていれば、校内に狂人などいるはずがない。となれば札幌の街にも、当然にいる。そう考えるほうが、至って普通に思えた。


「おい。……伊東」


 伊東君の方を見て、呼びかける田北君。

 そこには今まで身動き取れなかったはずの、伊東君が立っていた。


 雰囲気が、いつもの伊東君と違う。顔色も悪いままだし。どこか昨日の教頭や河田先生。狂人に、酷似するようだ。


「待つんだ。田北君。伊東君。調子は大丈夫か? 問題ないなら、右手を上げてくれないか?」


 前へ進む田北君の肩を掴み、制止させて伊東君に問う。


 聞こえなかった。はずもないが。

 しかし、もう一度だけ聞いてみるか。


「伊東くっ――――」

「ウガァァァアアア!!」


 反応の薄い伊東君に再び呼びかけるも、返ってきたのは常軌を逸した奇声。


 嫌な予感は、していた。


 教頭や河田先生も、二週間前までは普通の人間だった。ならばなぜ、あのような狂人になったのか。

 根本的な原因は、わからない。しかし狂人に噛まれると、感染して同種の存在になる。そう考えると、全ての辻褄が合った。


「避けるんだっ! 田北君っ!」


 両手を伸ばし、迫りくる伊東君。呆気に取られる田北君を突き飛ばし、自身も回避のため身を反らす。


 …………伊東君。


「ガシャァン!!」


 ブレーキを知らない伊東君は、勢いそのまま窓へ激突。生徒会室の窓を割り、上半身が投げ出される格好となった。


「何をやってるんだよっ!? 伊東!!」


 突然の凶行に、意図を問う田北君。呆然と立ち尽くす、二人の女子生徒。事態はとてつもなく、悪い方へと移行したのだ。


 伊東君と私たちとの違いは、狂人に噛まれたか否か。

 となれば、血液や唾液が原因か。感染した人は時間を経て、狂人化。新たに襲う存在となって、数を増やしていく。まさに、パンデミックというわけだ。


「しっかりしろよっ! 悪ふざけにしては、やり過ぎだぞっ!」


 田北君の懸命な呼びかけにも、伊東君が応じることはない。きっとその声は、もう届いていないのだろう。


 ……まずい。


「みんな。すぐに逃げられるよう、準備をするんだ」


 伊東君が生徒会室へ戻ろうとしていることから、危険と考え避難の準備を指示。即座に荷物をまとめ始める、一ノ瀬と葛西。


 現在において確実なのは、伊東君が襲ってくること。

 それに、かなりの音を立てた。このままでは他の狂人も、集まってくるかもしれない。一刻も早く、避難をしなければ。


「田北君。今はどうしようもない。気持ちはわかるが。避難をしなければ」


 指示に対して、田北君だけは動けずにいた。きっと友人である伊東君の変化を、受け止めきれずにいるのだろう。


「……わかりました」


 それでも唇を噛み締め、指示に従う田北君。ヘルメットを深く被り、再びフライパンを持った。


「いいか! みんなっ! 学校を出るぞっ! 何を置いても、話はそれからだっ!」


 学校に留まる理由は、何一つなくなった。となれば廊下へ出て、一目散に外を目指す。

 職員専用の出入口へ向かい、隊列は昨日と同様。先頭を自身。次点に一ノ瀬と葛西。最後尾を田北君。全員が同じ方向を向いて、急ぎ駆け始めた。

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