番外編 南郷剛9

 とりあえずは無事に、保健室へたどり着けて良かった。


 床には割れたガラス瓶に、落下したプラスチックボトル。錠剤が一面に散乱し、ベッド上には赤い染み。

 狂人の姿こそないものの、保健室には争いの痕跡が多く残されていた。


「保健室も酷い状況のようだが。とりあえず、狂人もいないようだし。薬や包帯を探そうか」


 生徒会室で待つ伊東君と葛西のため、すぐさま薬など必要な物を探し始める。

 一ノ瀬は保健医が座る机回り。田北君は薬品庫を。そして自身は、その他の収納部分。


 必要な物は、消毒液。それに包帯と解熱剤。

 伊東君はあの傷だ。痛み止めもあったほうが良いだろう。


「あっ! あったよ! 救急箱の中にっ! ほらっ!」


 最初に吉報をもたらしたのは、机回りを担当していた一ノ瀬。

 十字マークが入った救急箱には、体温計や絆創膏に包帯。各種内服薬となる錠剤に粉薬と、期待できる物が入っていた。


「おおっ! でかした! 一ノ瀬!」


 期待に感情を高ぶらせつつ、救急箱から必要な物を探す。


 消毒液と包帯はある。

 あとは解熱剤と、痛み止め。この二つが欲しいところだ。


 しかし内服薬としてあったのは、酔い止めに漢方薬。肝心要となる解熱剤と痛み止めは、どこにも見つからなかった。


 欲しい二つが見つからないとは。

 保健室に薬がなければ、外へ探しに行くしかなくなるぞ。


「先生っ!」


 続けて声を上げたのは、薬品庫を探していた田北君。その手には、白い箱が握られている。


「それは、まさか……」


 CMでもよく広告される、市販薬のベフェリン。解熱鎮痛剤としても有名で、今一番に欲しかった物だ。


「はい。ベフェリンです。これなら解熱と鎮痛の作用。両方あるはずです」


 田北君が発見したベフェリンは、まさに一石二鳥の代物。一つ事態は好転し、外へ行く必要はなくなった。


 ベフェリンの半分は温かみ。CMのフレーズでそう謳っているが、今はありがたみでしかない。


「必要ならば、外へ探しに。とも思っていたからね。ベフェリンは値千金の代物だ。物が揃ったとなれば、生徒会室まで戻ろうか」


 救急箱の中に、ベフェリンを追加。


「救急箱はっ! あたしが持つよっ!」


 救急箱を掴み、大切そうに持つ一ノ瀬。その姿はさながら、宝箱を抱えているようだった。


 持ってくれるのは、正直ありがたい。


 救急箱を持てば少なくとも、片手の自由は利かなくなる。それは緊急時において、打てる手を一つ失うことに他ならない。


 代わり一ノ瀬の手は、塞がってしまうが。私は教師だ。

 教師として。いや、人として。身を挺してでも、二人を守る気概だ。言ってはいないが、そこは信用して欲しい。


「では、生徒会へ戻ろうか」


 必要としていた物は、全て無事に入手した。

 物事は何もかも、上手く運んでいる。そう言った事実から、気が緩んでしまったのかもしれない。


「ガラガラガラッ」


 不用意にも通常と変わらぬ感じで、保健室の引き戸を開けてしまった。


 なっ……!!


「バンッ!」


 気づいたと同時に、引き戸を閉める。


「どうかしたの? モジャ先生?」


 強く引き戸を閉めたため、一ノ瀬は不思議そうに首を傾げている。


「ガンッ!!」


 引き戸の窓に、手形がついた。

 それは血に汚れしもので、何者かが叩いた証明である。


 気づかれてしまったのか。


「モジャ先生っ! 今の音って――――」

「静かに。二人とも落ち着くんだ。保健室へは、入って来られない。安全なはずだ」


 動揺を露わにする一ノ瀬に対し、促して後ろに下がる。

 

「二人とも奥へ行こう。ベッドの後ろに」


 引き戸を開けた先には、教頭がいたのだ。職員室を歩き回り、どうやら出てきてしまったらしい。


 教頭。私の考えが正しければ、保健室には入って来られないはず。


 伊東君を襲った狂人は、引き戸を開けようとしなかった。

 さらに今回は、鍵まで閉めている。教頭が無理矢理にも侵入したいとなれば、それはもう引き戸を破壊するしかない。


 狂人化すると、知能がなくなるのか?


 引き戸を開けようとするなら、まずは引き手に触れることが常識。

 しかし教頭は引き手を触る気配なく、何度も引き戸を叩き続けるだけ。


「いなくなったのかな? 音はしなくなったけど」


 引き戸を叩く音が消えたことにより、一ノ瀬は教頭がいたほうを見つめ言う。


「念のため、もう少し待ってみようか。近くにはまだ、教頭がいるかもしれないからね」


 教頭の存在を危惧し、保健室で暫しの待機。

 そして、五分後。引き戸の窓から見える範囲に、教頭の姿は無くなっていた。


 開けられず、諦めたのか。それとも、いないと判断したのか。

 まあ今とりあえず、どうやって生徒会室へ戻るか。それを考えなければ。


「保健室から廊下へ出て、生徒会室へ戻るルート。もしくは窓から外に出て、校舎の周囲を迂回するルート。思いつくのは、この二つなのだが。何か案があったら、二人も遠慮なく言ってくれ」


 自身の考えを述べつつ、二人にも意見を募る。


「他の案は、ともかく。どちらにもリスクがありますね」


 冷静に意見する田北君は、リスクを考慮していた。


「保健室から廊下へ出れば、教頭や河田先生に狂人。誰かと鉢合わせになる可能性があります」


 田北君の説明するリスクは、当然に考慮すべきもの。今の今まで、保健室前には教頭がいた。姿が見えなくとも、近くにいるのは間違いない。

 それに河田先生や、他の狂人と思われる人々。この短時間で去ったかはわからず、校内での遭遇リスクはゼロにできないだろう。


「窓から外へ出ても、狂人がいるかもしれませんし。仮にも遭遇したとなれば、戻ってくることが難しくなるかもしれません」


 田北君が説明するリスクは、どちらも理解できる。

 しかし生徒会へ戻るには、どちらかを選択。もしくは代替え案を、捻り出さなくてはならない。


「それなら、いっそ。試してみるのも良いかもしれませんね」


 田北君が思い切った提案をし、話の決め手となった。

 二者択一と思いつつも、揃って代替え案を検討。狂人における今までの行動を説明し、理解できぬと深まる疑問。


「故意に注意を引く。少し怖い気もするが。しかし狂人の行動が読めれば、相応の対処ができるというものか」


 保健室から廊下へ出て、教頭や河田先生に狂人。その中の誰かがいれば、音を立てて動向を探る。

 上手く注意を逸らせれば、そのまま生徒会室へ。寄ってくるようなら、外へ脱出して迂回。一つ実験することとなり、話は決まった。

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