番外編 南郷剛4
偏った食事に、制限された空間。二週間という期間は、大いに疲労を蓄積。生徒たちの顔はやつれ、口数も少なくなってしまった。
大人の男である私で、このツラさだ。
高校生。特に女の子ともなれば、ストレスは比でないだろう。弱音も吐かず、よく耐えているものだ。
備蓄倉庫には、水や非常食が常備。カップ麺や缶詰にレトルト食品と、種類豊富で食料に困ることはなかった。
しかし食料の話は、一つの問題に過ぎない。一番の問題と思えるのは、ストレス。二週間に及ぶ共同生活は、尋常ならざる我慢との勝負になっていた。
「もおぉぉっ! 今日もダメだよっ! このスマートフォン! 壊れているんじゃないのっ!?」
繋がらぬスマートフォンに、一ノ瀬は不満を爆発させている。
外への電話は、毎日している。相手を変え、時間帯を変えて。しかし誰が何度かけようとも、繋がることは一度もなかった。
「モバイルバッテリー。空かよ。もう充電できないな」
「先生。今日で二週間ですね。まだこのまま、待ち続ける気ですか?」
スマートフォンを置く伊東君に、質問を飛ばす田北君。
初日から二日目において、話し合いをした結果。連絡が叶うか救助が来るまで、備蓄倉庫に留まろうという話に決まった。
今日で二週間か。もうこの辺りで、決断をしなければならないようだ。
「備蓄倉庫に避難して、今日で二週間。私としては、外に出るのもアリだと思うのだが。私一人で判断するには、重たい案件だからね。みんなの意見を、聞かせてくれないか」
最悪を想定すれば、外は汚染されている。出た瞬間に、被爆する可能性だってあるだろう。
「もう限界だよ。これ以上は」
「私も無理。外に出たい」
覇気を失いつつある一ノ瀬に、同様の状態にある葛西。
「僕も異論はないです」
発言する田北君の疲労も色濃く、全員すでに限界は近かった。
「よし。私が先行するから。合図があるまで、みんなは待機していてくれ」
外気が入らぬよう用心し、扉を固めていたガムテープ。外へ出るために、二週間振りに剥がす。
光が差す一階に、上がっていく階段。しかし何よりもまず、やるべき作業があった。
まずは、測定しなければ。
スマートフォンを取り出し、画面をタッチしてアプリを起動。
起動させたのは、放射線量測定アプリ。画面に円形のメーターが表示され、【測定中】の文字が浮上する。
0.034マイクロシーベルト。問題ない数値だ。
世界平均で人体は年間およそ、2.4ミリシーベルト。自然放射線を受けるとされる。
マイクロシーベルトというのは、ミリシーベルトの約千分の一。病院で受ける胸部X線検査が、約0.05ミリシーベルト。今回の数値は平常時と変わりなく、実害ないものと言える。
「大気汚染は大丈夫だったんですね」
備蓄倉庫に戻って結果を説明すると、田北君は安堵した様子だった。
「アプリで計測した結果はね」
結果が安全であったことに伴い、荷を詰め外へ出る準備を始めた。
そして備蓄倉庫に別れを告げ、階段を上って体育館へ。そこには今までになく、衝撃的な光景が広がっていた。
崩れた場所が五十メートルも違っていたら、私たちは……生き埋めになっていたかもしれないな。
体育館の天井は崩れ、床には瓦礫が転がっている。
光景を目の当たりにした生徒たちは、驚きに言葉を失って呆然。伊東君は口を開けたまま、完全に固まってしまった。
「まあ、ここで立ち尽くしていても……仕方がないし。とりあえず、外に出ようか」
いつまでも留まっている理由はないため、早々に体育館からの移動を提案。呼応した生徒たちの硬直は解け、止まった時が動き始める。
足元に注意を払いつつ、瓦礫を避けて外へ。渡り廊下から校舎へ戻ると、廊下にはプリントや書類が散らばっていた。
「先生。僕たちは、どこに向かっているんですか?」
周囲を気にしつつ廊下を進んでいると、後ろに続く田北君は問うてきた。
「職員室だ。職員室に行けば、車の鍵がある。それに避難所が記された、ハザードマップもあるからね」
物音一つしない、静まり返った廊下。目指すべき場所は、教員が集う職員室。
「モジャ先生。ハザードマップって何?」
スーツの袖を引き、問うのは一ノ瀬。
「あー。ハザードマップというのはね。地震や台風と言った災害時に、避難できる場所が記された地図だ。それさえあれば、どこに行けば良いか。迷わずわかるってことだね」
自然災害による被害を予測し、被害範囲や危険度を地図化したハザードマップ。
ハザードマップさえあれば、被害想定地区や避難経路に避難場所。その全てがわかる。今この時において、最も必要となる物だろう。
「なるほどっ!」
「へぇ〜」
理解して返事をする一ノ瀬に、感慨深そうに頷く伊東君。
問うてきた一ノ瀬を含め、伊東君もハザードマップを知らなかったようだ。
「説明も終わったようですし。先を急ぎましょう」
説明の終わりを待っていた田北君に促され、一同は一直線に職員室へ向かった。
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