番外編 南郷剛5
しかし校内がこうも静かだと、なんだか……気味が悪いな。
本来なら教鞭を執る教師の声に、生徒たちがペンを走らせる音。休み時間となっては、明るい声が響いていた校内。
しかし今となっては、物音一つなき静寂。虫の音すら聞こえない。そんな状態であった。
「なぁ? あそこに……誰かいねぇ?」
伊東君は前方を指差し、足を止めて訴えた。
校舎中央付近となる、玄関前の廊下。そこには肩を揺らし、一人の男が立っていた。
「むむむっ! あの青いジャージは、見たことがあるような。あっ! 体育の
青いジャージが特徴的だったため、一ノ瀬は自信を持って断言した。前方に佇むその姿は、たしかに河田先生に酷似する。
接近すると、確信へ変わる。角刈りの頭に、肩幅の広い体格。本人には決して言うことできない、彫りの深いゴリラのような顔。人物は間違いなく、体育の河田先生。その人だった。
「でも、なんだか……様子がおかしくない?」
いつもと異なる雰囲気に、葛西は少し畏怖している様子。
肩をユラユラと揺らすだけではなく、生気を失ったかのよう虚ろな目。血の気が引いたかのよう顔色は青白く、青いジャージもかなり汚れて見える。
「こんな事態だ。河田先生も、大変な目に合ったのだろうね」
二週間振りの再会。電話は不通となり、体育館も損壊。外でも大変な事態になっているのは、当然に予想できた。
とりあえず今は、互いの無事を喜ぶべきだ。
それに河田先生なら……事態の詳細を、説明してくれるかもしれない。
「河田先生っ! 無事だったんですね! いやぁ、お互い大変だったと思いますが。とりえず無事で、何よりです」
二週間振りの再会に喜び、近づいて話しかける。しかし河田先生の反応は、とても薄かった。
「ウウゥゥゥ……」
そして河田先生が漏らす声は、動物が唸り声を上げる姿を彷彿させた。
「先生。あれ、明らかに……おかしいですよ」
いつもと異なる行動に、田北君も違和感を覚えたようだ。
たしかに、ちょっとおかしいかな。
首振り人形のよう、頭を動かせ始めたし。どことなくだが、正気を失っているようにも見える。
足元から全身を確認して見ると、赤く汚れた手。青いジャージにも、赤い斑点模様が付着している。
「河田先生。それ、血ですよね? どこか怪我でもしているんですか?」
赤は血にしか、見えなかった。
そのため心配して問いかけるも、河田先生に応えはなかった。
「ウアゥ!!」
唐突に奇声を上げる、河田先生。威嚇するよう凄みを増し、浮かべるのはまさに鬼の形相。
「みんなっ! 逃げるんだっ!!」
脳が『危険だっ!』という信号を発令し、警告とともに足を動かせた。
迫りくる、河田先生。さらに玄関前にも、類似の存在があった。
「上しかねぇって!」
異常を察知した伊東君は、身を翻して反転。階段を駆け上り、生徒たちも続いていく。
そんな中でも、後方を警戒。生徒たちの背を見つつ、最後尾であとを追った。
***
「なんだよっ! あれ!? ゼッテーおかしいって!」
歩調を緩め振り向く伊東君は、荒々しい口調で憤慨している。
「今は論じている場合じゃないだろっ! 早く上に行けよっ!」
二番手で続く田北君は、速度を落とすことを許さず。伊東君の背を、強く押している。
河田先生は、追ってこないのか?
玄関前では言葉なく、迫ってきた河田先生。振り向き背後を確認するも、その姿は見当たらない。
そのまま階段を上って、校舎の三階。先頭をいく伊東君は、近場の教室へ入っていった。
なんだ。これは……。
生徒たちが進んだ方向とは、逆の位置となる廊下。そこには机や椅子が幾重にも積まれ、バリケードが築かれていた。
「うおぁあああっ!!」
先の教室から響く、伊東君の叫び。急を知らせる事態に、生徒たちの元へ駆ける。
「掃除用具入れから、いきなり出てきたんですっ!」
廊下に逃れてきた葛西は、迅速に状況説明をしてくれた。そして教室では伊東君が倒され、何者かが馬乗りになっている。
「なんなんだよっ! 一体!?」
伊東君は左腕を前にして、白シャツ男に抵抗している。
対する白シャツ男は、伊東君の左腕を噛む凶行。ヨダレを散らし狂気の様で、狂ったよう襲い続けていた。
「離れろよっ! コイツっ!」
田北君は伊東君を救出しようと、白シャツ男の腕を掴んでいる。しかしそれでも、引き離すことはできないようだ。
「何をやっているんだっ!! 君はっ!!」
事態を見兼ね、引き離しに加勢。一喝しては肩を掴み、実力行使に打って出る。
それでも離れぬ、白シャツ男。なんとか二人を立たせるも、腕を離そうとは一切しなかった。
狂気的な行動。狂人だ。
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